もちもちクッションな恋人 (完)

(さてと、今日もフェリシアのところへお茶しに……じゃなかった、明日の打ち合わせをしに行こう)


 ミラン第三王子は、魔法師団団長室の扉をノックした。


 返事はない。


 もう一度ノックしても、やはり返事はなかった。いつもなら、恋人であるフェリシアが自分を迎えてくれるのに。


「フェリシア殿? 入るよ?」


 団長室のドアは開いていた。ということは、フェリシアは部屋にいるということだ。もっとも、彼女はしっかりしているようでうっかりしたところがあり、わりとよく団長室に鍵を掛け忘れるのだが。

 ミランはそっとドアを開けて、中を窺った。そして部屋の中を見るなり思わず声を上げた。


「フェリシア!?」


 フェリシアは、魔法師団の制服のまま、部屋の中央のソファに横になって眠っていた。ぐっすり眠っているようで、ミランの声にも起きる気配がない。


(前にもこんなことあったけど……フェリシアって案外無防備だなあ)


 ミランは音を立てないようにそっとフェリシアに近づいて、彼女の寝顔を覗き込んだ。


(よだれが垂れてるよ、フェリシア殿。貴族の女性が聞いてあきれるね)


 ミランは笑いを押し殺しながら、フェリシアの頬をつついたり、長い金の髪を弄んだりした。


「うう……ん」


 フェリシアはミランが悪戯するたびに身をよじって呻いたが、結局また体を丸めて寝息を立て始めた。

 魔法師団の制服を着て、男装していても、その仕草は恋人であるミランにとってはとっても可愛く、愛しく思えた。


(全然起きないや。疲れてるのかな。明日の打ち合わせはもういいか、どうせ大した内容じゃないし……今日のところは退散しよう)


 ミランは諦めて、部屋を出ようとした。


(あ、そうだ。ソファじゃなくて、ちゃんと自室のベッドに寝かせてあげよう)


 ミランはフェリシアを抱き上げようとした。すると、フェリシアが薄目を開けて、呟いた。


「ミラン殿下……?」


「あ、フェリシア起きた?」


 ミランが問いかけると、フェリシアはおもむろにミランの背に腕を伸ばし、そのままミランを自分の方へ抱き寄せた。


「わーーーー!!」


 驚いたのはミランである。フェリシアを抱き起そうとしたのに、自分がフェリシアに抱きとめられる形になってしまった。


「ちょっと、フェリシア、どうしたんだよ、放してよ」


 ミランはフェリシアの腕の中でもがいたが、逃れることはできなかった。驚異的な力でフェリシアはミランをがっちりと抱きしめていた。


「フェリシア、もしかして魔力で僕を押さえてる?」


 ミランはフェリシアに問うた。しかし当のフェリシアはまた眠ってしまった。


「……ミラ……ン殿下、甘いものを食べすぎちゃ……ダメですよ……」


 むにゃむにゃと寝言を言っている。


「もしかして、僕の夢を見てるのか? 夢の中でも僕は叱られているのか」


 ミランはげんなりした。だけど、すぐ近くにあるフェリシアの顔が、なんだか幸せそうに笑っているので、すっかり脱力して、全てを諦めた。


(フェリシアが目を覚ますまで、このままか)


 ソファに抱き合う形でホールドされた第三王子は観念した。




 ――早朝。


 目を覚ましたフェリシアは、自分の胸の上にミランが乗っかっているのに仰天した。自分の腕が、がっちりとミランを抱きしめているのに気がついて、さらに驚く。


 私、魔力でミラン殿下を捕獲しちゃった……!? 


「ううーん……はっ! フェリシア!?」


 フェリシアがどうしようかと戸惑っている間に、ミランが目を覚ました。フェリシアと至近距離で目が合う。


「なんだ、結局朝になっちゃったのか。おはよう、フェリシア」


 ミランは欠伸しながらのろのろと起き上がると、フェリシアの上から退いた。


「……おはようございます」


 フェリシアはバツが悪そうにソファから起き上がると、はっと気がついて、急いで口元のよだれを拭った。

 そんなフェリシアを見下ろしながら、ミランはどこか面白そうに言い放つ。


「フェリシアってば、全然、僕を放してくれないんだもの。結局一緒に眠っちゃったよ。重かっただろうに」


「いえ、重く……はなかったです」


 無意識に魔法でホールドしていたからか、ミランの重さをフェリシアはあまり感じなかった。ずっと心地いい夢を、彼女は見ていたのだ。


 もちもちで、あったかくて、いい匂いの大きなクッションを抱きしめてる夢を見たけど、まさかミラン殿下だったなんて……。


 思い出すだけで恥ずかしいフェリシアは、恥ずかしさを吹き飛ばすように、すっくと立ちあがると、


「ミラン殿下、朝の訓練に参りましょう!」


 突然、フェリクス・ブライトナーの顔となり、支度を始めた。「眠っている間に魔法を使ってしまうなんて、私もまだまだです」


 ミランは吹き出しそうになるのをこらえて、


「そうだね。今日も張り切って行こう、魔法師団団長殿。僕も準備してくるよ」


 軽快に調子を合わせ、団長室を後にした。


「ああ、体が痛い……。まったく、身動き一つとれなかったよ」


 と、背中をさすりながら、よろよろとミランは王宮の廊下を歩くのだった。



もちもちクッションな恋人   終わり

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