好きになるなんてありえない～男装魔法師団団長と年下第三王子の惚れ薬作り～

第8話 バレた？

「……お待たせしました、ミラン殿下」

「フェリクス殿、兄貴……兄上は行ったか」

　部屋の奥のカーテンから、ミランがぴょこっと顔だけ出した仕草が可笑しくて、フェリクスはあやうく吹き出しそうになる。

「どうした？　僕は何か変か？」

「い、いえ、なんでもありません。ミラン殿下、ユリアン殿下はミラン殿下を探していたわけではないみたいですよ。ポエム集のことも気がついていない様子です」

「……そうか、それはよかった」

　心なしか、ミラン殿下の様子がおかしい気がするが、気のせいだろうか。

　フェリクスは訝った。

　――もしかして、今のユリアンとの会話が聞こえていて、私が女だということがバレた？

「フェリシアと呼ぶな」と再三ユリアンに言っているのに、ユリアンはろくに聞かず「フェリシア」を連発するし、つい私も口調を女のものにしてしまった。

　フェリクスは、それならそれで、自分が女だと言ってしまってもいいかと思っていた。なんとなく言わずにおいただけで、完全に秘密にしているわけではない。現にユリアンや、前魔法師団団長の王太子はフェリクスが女性であると知っている。

　要は、魔法師団に熱を上げる婦女子……もとい、一般の人々にバレなければいいのだ。

「フェリクス殿」

「は、はい」

　くるまったカーテンから出てきたミランはやや困惑した顔をしている。やはりバレたのかと、無意識にフェリクスは背筋を伸ばした。

　するとミランは、

「ユリアン兄上は、ビアンカ嬢に夢中で、フェリクス殿の名前もろくに覚えていないんだな。フェリシア、では女性のようじゃないか。僕から謝るよ。すまない」

　と、しゅんとした。

　そうきたか、とフェリクスは思った。バレたわけではなかったようだ。

　ミランは一人であははと笑うと、

「君は女性のように綺麗だけれど、性格は違うものな。冷静で、弱いところもない。まさか女性なんてことは天地がひっくり返ってもないよね。この部屋も殺風景で、女性らしさ皆無だし」

　と冗談めかして言った。

　昔から言われてきたことなので、腹は立たないが、なんだかそこまで「女」を否定されると言いだしづらくなってしまう。

　まだ、言わなくてもいいか。

「それに、君が女だったら、さすがに僕も恥ずかしいぞ。女性に女性の心をものにするための薬を作ってくれ、なんて」

　……言わないでおこう。

　男性の心理は分からないが、フェリクスはとりあえずそう思った。

「……さて、薔薇と愛の証がそろった。次は『王家に認められた若い女の金の髪』だな。これは楽勝だ。王家の血筋の女性や、王家から勲章を授かった女性を当たれば、一人くらい髪をくれるだろう」

　能天気にミランが言った。

「だから、今回もフェリクス殿は何もしなくて構わない。午後の予定をこなしてくれ」

　そんなにうまくいくだろうかとフェリクスは訝ったが、午後には月刊誌に載せる写真撮影が待っている。魔法師団全員参加だ。団長である自分が行かないわけにはいかなかった。

　――カメラのフラッシュが眩しい。

　そう思っても、フェリクスは顔をしかめたり、背けたりせずに、カメラの方を向いていた。

　ちなみにカメラとは、レンズで捉えた被写体をそっくりそのまま写真という静止画にする、魔道具である。

　魔道具というのは魔力をエネルギーにして動く道具のことだ。エルドゥ王国だけでなく、この世界中に存在している。

　魔力はエネルギー源として、魔道具以外にも、この世界ではさまざまなことに活用されている。多くの人間は体内に魔力をほとんど持たないが、少数の人間は体内に魔力を持ち、様々な魔法を使える資質を持つ。

　その中でも高い魔力を持つエリート集団が「魔法師団」なのだ。

　エルドゥ王国に忠誠を誓い、いざというときには命をかけて、国のために戦い、国民を守る、屈強な男達で構成された誇り高き一団――。

　のはずが――。

「フェリクス様ー、こっち向いてー！！」

　フェリクスは声の方に向かって、軽く手を振った。途端にその方向から歓喜の悲鳴が上がる。

　午後のフェリクスの仕事。それは、他の団員達と、王宮が発行する女性向け月刊誌「魔法師団通信」の写真撮影をすることだった。

　王宮の中庭でその撮影は行われている。厳正な抽選のもと選ばれた、貴族女性のファンたちが、まわりをぐるりと取り囲み、それぞれが推しの団員に、黄色い声を投げかける。

　去年、男装して魔法師団入りしたときは、魔法師団のアイドル化した実態に驚かされたものだが、もう慣れた。

　それはフェリクスだけじゃない、みんなそうなのだ。新入団員は、その実態に、みんな染まっていく。

　学生だった頃、フェリクスは魔法師団の存在は知っていたものの、興味がなかったので、当時魔法師団団長だった今の王太子が女性たちにもてはやされてモテまくっていたのも知らなかった。

　まさか今自分がその「魔法師団団長」のポストにいるとは。

「フェリクス君、もっと自然に笑ってー。表紙なんだからー」

　カメラを向ける男性が、気さくな声で言った。フェリクスは言われたとおり、口の端を上げた。

「フェリクス君、それじゃガン飛ばしてるよー。もっと優し気に」

「うう……やってるんですけど」

　団長であるフェリクスは、これでちゃんと戦えるのかと思えるほど耽美的でフリルだらけな制服に、長ったらしいマントを付け、片膝ついてポーズを取らされていた。

「団長、スマイルスマイルー」

「日が暮れちゃいますよー」

　フェリクスのまわりを囲むようにして、同じくポーズを決める他の団員が、いつものことだと口々にからかう。

　アイドル活動には慣れたが、笑顔だけはフェリクスは苦手だった。自然に笑おうとすればするほど、妖怪じみた顔になる。

「キャーフェリクス様が困ってるー」

「フェリクス様は、クールだものねえ」

「助けて差し上げたいわー」

　だったら助けてよ、とフェリクスは写真撮影会場を取り囲むファンの女性たちの方を見た。すると、ずっと向こうに、つい三時間ほど前まで見てた顔があった。

　あ、あれは……ミラン殿下？