第9話 若い女の金の髪

 どうして殿下がここにいるんだろうと思っていると、突然、ミランが群がる女性の隙間から、フェリクスに向けて、変な踊りを踊り始めた。

 なんとか顔を出そうとぴょこぴょこジャンプしながら、両腕をクロスさせ、髪を持ち上げたりをくり返している。


「ふっ……あはははは……」


 フェリクスはこらえきれずに、笑い出した。変な踊り……! 何やってるの、殿下は!


「おっ。フェリクス君、いいねーその笑顔! やればできるじゃないか! よーし、そのまま、もう一枚いくよー」


「きゃあああ、フェリクス様が声を立てて笑ってるわー」


「可愛いー」


 ミランは途中で貴族女性に存在を気づかれ、慌てていなくなったが、フェリクスはミランの踊りを思い出すと簡単に笑うことができるようになった。

 ――撮影は滞りなく、順調に終わった。

 そのあとインタビューや貴族女性との写真撮影などがあり、すっかり遅くなってから、フェリクスは魔法師団団長室に戻った。

 ドアのノブに、ユリアンの土産と思われる「城下まんじゅう」が掛けられていた。


 次の日。


「おはよう、フェリクス殿!」


 もしかしたらそろそろ来るかも、と思っていたらやっぱり来た。

 フェリクスは金色の長髪をリボンで束ね、きっちりと着こなした魔法師団の制服で、ノックもせずに部屋に入ってきた第三王子を迎えた。


「おはようございます、ミラン王子殿下。あの、ノックして下さいよ、お願いですから」


「君の部屋に連日通っているのがバレると不思議がられるだろう? 今までろくに接点がなかったのに。だから僕は人目がないときを見計らって、さっと入って来てるんだ。悠長にノックしていられない」


 なんだろう、その理屈は。フェリクスは首を傾げざるをえない。

 ミランはそんなフェリクスの思いをよそに、改まった態度で、


「フェリクス殿、昨日は遅くまでご苦労だった。疲れただろう。いつも国のために尽くしてくれて、感謝する。ありがとう」


 と、微笑んだ。

 やっぱり無駄に整ってるなあ、とフェリクスはミランの顔を見て、感心する。マルガレーテ嬢に対して「自分との結婚は悪い話ではないはずだ」と自信過剰になるのもちょっと納得できてしまう。


「いえ、私の方こそ、昨日は助かりました。どうしても笑顔が作れずに、困っていたんです。だけどミラン殿下が踊りで笑わせてくれたから、無事、写真撮影を終えられました。どうもありがとうござ……」


「違ーう! 踊りじゃなーい!」


「え?」


 ミランは改まった態度が一変、顔を真っ赤にして、抗議した。


「あれは、ジェスチャーだ! 僕は『ダメだった』『若い女の金の髪は手に入らなかった』と、遠くから君に伝えたんだ!」


「ええ……?」


「それなのに君ときたら突然笑い出して、なんだ!」


「そ、そうだったんですか? 私はてっきり私を笑わそうとしてくれたのだとばかり」


 あの両腕のクロスは「ダメだった」、髪を持ち上げる仕草は「若い女の髪は」という意味だったのか。なるほど。


「笑わそうなんて思ってない! 僕は真剣に君に伝えようとしたのに。一体何がおかしかったって言うんだ?」


「どこって……ふふっ」


 そこで、フェリクスは不覚にも前日のミランの「変な踊り」がフラッシュバックしてしまい、失笑してしまった。

 慌てて咳払いで誤魔化す。


「す、すみません、ミラン殿下。ぴょこぴょこジャンプするミラン殿下があまりにも可愛……いや、その」


 王子に対して「可愛い」と言いかけそうになり、フェリクスはあわてて言葉を濁す。しかし、ミランは悔しそうな顔でフェリクスをじとりと見つめる。


「可愛い……だと。ふん。君こそ、笑った顔は結構可愛いじゃないか」


「えっ」


 仕返しのつもりで言ったんだろうが「可愛い」という言葉と無縁なフェリクスは、少しドキリとしてしまった。「可愛げがない女」とは、逆によく言われたが。


「まあいい。君が笑顔を作れるようになったら、アイドル師団としての活動も捗るだろうし、よしとしよう。それより、これからのことで、作戦会議だ。フェリクス殿、座っていいかな」


「もちろんです、どうぞ。今紅茶を淹れますね」


 ミラン殿下の機嫌が直ってよかった。今日も朝の魔法の訓練はパスになりそうだが、どうせ自分一人しか集まらないのだから、別にいいか、とフェリクスは思いながら、紅茶を淹れた。

 お茶請けは「城下まんじゅう」だ。



「誤算だった。まず『王家に認められた若い女』『金の長い髪』に該当する女性が少ない上、彼女たちは髪を切らせてくれない」


 ミランは昨日の午後、フェリクスと別れてから『王家に認められた若い女の金の髪』を求めて、王宮内を探し回った。

 国王にはミランを含め息子ばかり三人しかいないため、王宮に住んでいて、王族である従姉妹たちをあたった。

 しかし、彼女たちは一様に「一体何に使うのか」と気持ち悪がり、髪を切らせてくれなかったのだ。

 一番あてにしていた従姉妹がダメで、ミランは意気消沈していた。フェリクスはストレートに「髪をくれ」と言ったのがそもそも間違いなんじゃないのか、何か別の言い訳を考えるべきではと思ったが、もちろん言わなかった。

 薔薇の件といい、ポエム集の件といい、今回のことといい、どうもこの王子は楽観的で、猪突猛進なところがあるな、とフェリクスは感じていた。

 必ず自分の思うように、うまくいく、と思っているような。

 つくづく呆れる。だが、使い込みの件がある以上、協力しないわけにはいかない。


「ミラン殿下、王家から勲章を授かった女性の方は、どうだったんですか」


「色々調べたけど、勲章を授かる女性はみな高齢だ。しかも金髪となると、六十歳が最年少だ。なあ、フェリクス殿、僕は思ったんだけど『若い』なんて曖昧な表現じゃないか。何をもって『若い』とするのか、それは」


「落ち着いて下さい、ミラン殿下。ほら『城下まんじゅう』を食べて」


 フェリクスはミランにまんじゅうを勧めつつ、改めて「惚れ薬の作り方」に目を通した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る