第45話~崩壊ステージ~


「ああもう! キリがない!!」


 無数の弾丸を避けつつ、弾を放つ光を破壊してを繰り返す真央まおは、格下相手に状況が膠着こうちゃくしている事に苛立ちを募らせていた。


 そのうえ屋宮やみやが人質として囚われているというのに、捉えた理子と仲睦まじそうに話している様子が耐えられない。どうして屋宮は自分の身が危険に晒されているというのに、平然としていられるのだろうか。


 その苛立ちがピークに達した時、真央は大声で理子りこに語り掛けた。


「ねえ、ベルフェゴールの娘!」


「何かな?」


「アンタを苦しめて殺すって言ったけど、二つの条件を飲んでくれたら、楽に殺してあげる!」


 結局殺すんかい、と屋宮は心の中で呆れる。


「……死にたくはないけど、一応聞くよ」


 理子は真央の妥協点がどこに有るのか気になり、攻撃の手を止める。一つは屋宮の身に関する事と予想していたが、もう一つは一体何だろうか。その答えを知れれば、交渉に持ち込む事もできるかもしれない。そう考えているのだろう。


「一つは何があっても屋宮君の命は守る事。少しでも息があれば、私が蘇らせることが出来るから、全身全霊で即死だけは避けなさい」


 その言葉を聞いて驚いたのは、理子ではなく屋宮だった。もしかして、これから何か自分が痛い目を見る事がおこるのだろうか。


「二つ目だけど……」


 真央は屋宮を見て、目が合うと気恥ずかしそうにその視線を逸らした。


「や、屋宮君を下の名前で呼ぶのを止めなさい。彼女の私だって、名字で呼んでるのにおかしいでしょ!?」


 屋宮の中で高まっていた緊張感が、一瞬にして消え失せる。ギャグマンガならズッコケてる所だと、心の中で突っ込む。


「俺だって真央の事、下の名前で呼んでるんだから、お前も俺の事を好きに呼んでいいんだぞ!」


「べ、別に屋宮君は気を使わなくていいのよ! ただ、そっちのお前は私に遠慮しなさいよ!」


「私がつるぎ君から聞いた話だと、二人は分かれたって聞いたけど? べつに私が気を使う必要はないし、名前を好きに呼んだり、それこそ仮に私と剣君が付き合っても何も問題が無いよね?」


「そうだぞ、真央! それが嫌なら今のうちに寄りを戻しておくか?」


 二人の言葉に真央の怒りは絶頂を迎えた。


「ああもう、何なのよ二人して!! もういいわ、二人とも一度死になさいよ!!!」


 真央は今まで見せた事が無い程の光の珠を同時に出現させ、周囲にレーザーを放つ。それらのほとんどは理子の作る光の珠を破壊するための物だったが、一部は天井へと向かって行った。


「えっ、やば!!」


 目が眩むような光の中、理子は真央が何を考えているのか、一瞬で理解した様子だった。その対策に光の珠を新たに出現させ、真央に攻撃を仕向けるが、即座にレーザーで破壊されてしまう。


 天井が崩れ、大型の照明器具や瓦礫を雨の様に降り注ぐ。それらを真央は空中で器用に蹴り飛ばし、ステージの防御壁へと叩きつける。


 マナを弾くフィールドだが、物理的な防御は万能とは言い難い。お昼寝商事が戦った魔物は鋼の毛並みで物理防御も高めていたが、このステージにはそれが無い。大型の瓦礫が叩き付けられる度に半透明の膜は軋みを上げ、やがてガラスが割れるような音と共に瓦解した。


 屋宮は咄嗟に頭を抱えてその場にしゃがみ込む。真央は防御壁が破壊されても、攻撃の手を緩める事が無かった。


「やばい、やばいよ!」


 理子は屋宮の前に躍り出て、土御門が使用する結界のような防御壁を展開し、瓦礫の猛攻を防ぐ。


 やがて、ステージへの攻撃が止む。その隙にこれ幸いと理子が翼を広げて飛び立つ。


「……マナを回復しなきゃ……あの黒服連中なら、簡単に倒せるよ!」


 理子は導線を逆走する形で、お昼寝商事の集まっていた場所へと戻ろうとする。真央はそれを無視して、屋宮の元へと駆け寄る。


「や、屋宮君……」


 真央の声でおずおずと顔を上げる。すると、先ほどまでの無茶苦茶な戦闘を行っていた張本人とは信じられないような、しおらしく泣き出しそうな真央の姿があった。


「真央……だ、大丈夫か?」


「こっちの言葉だよ、それ」


 真央は翼を広げたままの状態で屈み、屋宮を優しく抱きしめる。あれほど動き回っていたというのに、汗一つかいた様子は無く、未だに香水の香りが残っていた。


「ご、ごめんね、怖い思いさせて。あと、変な事も言っちゃって……ケガは無い?」


「ああ、大丈夫。それよりも、あいつを追いかけなくていいのか?」


「そんな事、どうでもいいわ。屋宮君さえ無事なら、私には関係のない話だから」


 どこか遠くで理子の悲鳴が響き渡る。そのすぐ後、ばたばたと客席で足音が聞こえてきた。


「真央さん、無事ですか!? って、あれ。お邪魔でした?」


 空気を読まない鈴瀬が大声を出し、苛立ちが蘇った真央が八つ当たりにレーザーを数発、鈴瀬に放つ。


「ひぃ!」


「おい、やめとけって。可哀そうだろ」


「当てるつもりは無いわよ。弾が余ってたから捨てただけ」


「いや今の、絶対避けなかったら当たってましたよ!?」


 屋宮は真央と共に立ち上がり、鈴瀬を見る。


「さっき悲鳴が聞こえたような気がするんですけど……」


「もう一人の魔王の娘とばったり出会ったので、すれ違いざまに切り付けてお昼寝してもらってます。ラッキー白星です!」


 鈴瀬は立派なものが付いた胸を張る。その様子に真央が再びイラついたのか、今度は新しい光の珠を取り出してレーザーを撃った。


「ちょ、ちょっと!」


 けらけら笑う真央に呆れながらも、これで戦いは終わったのだと屋宮は肩を落とす。何も問題は解決したわけではないが、今は真央と手を繋いでいられる。これだけの事件が起こった後だ、真央もすぐに魔界に帰る事はできないだろう。


 それだけで十分だと自分を納得させ、崩壊したステージの上で幸せを嚙みしめる事にした。

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