第44話~決戦~


 粉々に割れたガラス扉から外に出た真央まおは、輝く魔法弾で彩られたステージを見た。


 本来であれば、イルカやアシカなど知能の高い海洋生物に芸を披露させる場所だが、水の中に生き物の気配は無く、代わりにステージ上には二人の人型が居る。


「……逃げるのは不可能だと悟って諦めたのかしら。殊勝な心掛けじゃない」


 水槽を挟んで向こう側のステージに向けて、真央は声をかける。屋宮やみや理子りこは緊張した面持ちで真央を見る。それぞれ緊張の理由は違うと真央は知りつつも、これではまるで自分が屋宮を奪いに来た悪者のようだと内心で呆れてしまう。


「追い詰められたんじゃなくて、迎え撃つ準備をしてたんだよ。見て分からないんだね」


「あら、この飾りつけが私を迎え撃つ準備なの? 季節外れだと思ったけれど、てっきり貴方が南半球出身で、夏だからクリスマスパーティーの気分になったのかと思ったわ」


 オーストラリアなど南半球の国では、地球の軸のずれから十二月が真夏に当たるらしい。その事を皮肉に使っているのだろうが、どうして真央は地球が出身ではないのにこっちの世界事情に詳しいのだろうか。


「へぇ、ルシファーの娘は悪魔なのにクリスマスを祝うのね。元天使だからかな?」


「日本人だからよ。クリスマスはパーティーをするし、年末にはお寺に行ってお正月は神社で初もうでをするわ」


「……お前ら、会話成立してるのか?」


 理子の突っ込みにも突っ込みどころがある気がするが、真央は真央で頓珍漢な事を言っているような気がする。屋宮はどこか毒気を抜かれたように肩をすくめる。


「まあ何でもいいわ。屋宮君を返して頂戴」


「嫌だと言ったらどうなるんだろうね」


「嫌だと言って何か変わる訳じゃないわ。ただ貴方が死ぬだけよ。私の手間は少しだけ増えるかもしれないけどね」


 真央は羽ばたいて宙に舞上がると、複数の光の珠を浮かび上がらせる。やはり理子の光の珠よりも輝きが強い。


 そして理子は宙を指でなぞるような仕草をする。すると宙を浮いていた幾つかの鈍い光の珠から弾丸のようなものが真央目掛けて大量に射出される。真央は瞬時に高度を下げ、その弾丸を避けるが、翼と肩に被弾して表情を歪める。すぐに黒いもやが傷を修復するが、やはり痛い事に変わりはないようだ。


「……黙って死になさいよ」


 真央は自分が出現させた光の珠からレーザーを射出させる。それは真っ直ぐに理子へと向けられていた。


 しかし、レーザーはステージ上へと届く寸前に弾かれたように軌道を変えた。その瞬間、青い半透明の膜がステージ一帯を覆っていたように見えた。


「!?」


「さっき遊んでもらってた使い魔にかけていたのと同じ、マナを弾くフィールドだよ。自信作なんだよね」


「ッチ、この程度!」


 真央は複数の光の珠を片手に集めて、巨大な光球を作り出す。そしてその手をステージに向けて掲げ、今まで見た事のない極太のレーザー砲を放つ。


 轟音が辺りを支配する。それでも青い膜は耐えきり、中に居た屋宮は熱すら感じる事が無かった。


「無駄だよ。これを作る為に何百人分のマナを使ったと思ってるのかな? ほら、攻守交替だよ」


 鈍い光の珠が一斉に真央に向けて弾丸を飛ばす。まさしく弾幕という言葉を体現したかのような暴力の嵐が黒い翼の少女を襲う。しかし真央は縦横無尽に宙を舞い、その攻撃を軽やかに避け続ける。


 時折、回避不能な状況に陥っても、致命傷を避ける形で被弾して、即座に傷を回復させる。本当に器用な真似をすると屋宮は思った。


「……つるぎ君、随分と冷静だね」


 真央の曲芸のような動きに見とれていた屋宮は、突然理子に声をかけられ驚く。


「ん? そうですか?」


「こう言っちゃあ何だけど、私が一番警戒してた攻撃って、後ろから剣君に殴られる事なんだよ。もちろん、対策はしてるけどね」


「いやぁ……真央の前で女性を殴ったら、後でどんな言葉でなじられるか分からないんで……」


 二人の会話が聞こえていたのか、真央が屋宮に大声で指示を出す。


「屋宮君! そいつ、後ろからぶん殴ってよ!!」


「……って言ってるけど?」


 屋宮は思わず苦笑して、真央に答えを返す。


「真央―がんばれー!」


「ちょっと、どっち、の、味方なのよ!」


 弾幕を避けつつ、細いレーザーを打ち出す。マナ除けの膜にレーザーは弾かれるが、射線上にある鈍い光の珠はレーザーにより破壊され、連鎖的に爆発が起こる。


「ロデリーコ先輩、今のレーザー俺の事狙ってませんでした?」


「うん。私の位置じゃなさそうだったね」


 屋宮と理子は呆れたように笑い、その様子が真央には我慢ならないといった様子で周囲の鈍い光の珠をレーザーでむやみやたらに破壊する。しかし、理子は光の珠を破壊される度に新しい物を作り出す。


「ふふふ、根競べだよ。たっぷりマナを準備した私の方が有利だけどね」


 余裕の表情を浮かべる理子は、既に勝ちを確信してる様子だった。


「あの……ロデリーコ先輩、さっきの質問の答えですけど」


「ごめんね、ちょっと忙しいから後にしてもらえると嬉しいよ」


 理子の言葉を無視して屋宮は言葉を続ける。


「俺は真央が戦いで負ける事が想像できないんですよ。魔王の娘とか、悪魔だからって事もありますけど、真央の性格からして勝負事において絶対的な信頼を向けてます。ロデリーコ先輩も俺の事を殺そうとかは考えてなさそうですし、だから自分の身は安全だって確信してます。それよりも……」


 屋宮は真央の方を見る。


「この戦いが終わった後の方が心配です。俺もできるだけ頑張りますけど、ロデリーコ先輩……いまのうちに命乞いの方法、考えておいた方がいいですよ?」

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