第43話~着火ファイヤー~


 お昼寝商事による一斉掃射を受け、魔物は煩わしそうに背後に飛んだ。しかし、弾丸は分厚い毛並みを通しておらず、血は一滴たりとも流れていない。


 土御門つちみかどが追撃に何かの札を取り出したのを、鈴瀬すずせが声を上げて止める。

 

「この魔物はマナを使用した攻撃を寄せ付けません」


「……この銃、弾丸は普通の物なんだけどな」


 芦屋あしやが慣れた手つきでマガジンを取り替え、間髪入れずに魔物に発砲する。弾丸は魔物に命中するが、金属音を響かせて弾かれる。


「ッチ。ふざけた毛並みしやがって。これじゃ物理攻撃も効かないじゃねえか」


 再び一同が集まる場所を狙って、魔物が突進する。それを土御門が防ぐが、魔物は腕を振り下ろし、防御陣を破壊した。


 そのまま攻撃に転じようとする魔物を、横から鈴瀬が立て切りに刀を振るう。ダメージこそ無いものの、魔物の攻撃は狙いを逸れ惨事は免れる。


「っと、助かりました」


 面々は一カ所に集まっていると、その場所を集中して狙われると判断し、散り散りに分かれながら銃撃を加える。土御門の防御陣にも札という回数制限が有り、そう何度も攻撃を防げるわけではない。それを皆理解しているからこその行動だ。


 魔物はバラバラに動き回る獲物を狙って攻撃を続ける。しかし、対するお昼寝商事の戦闘員は俊敏な動きで魔物の攻撃を避け、弾丸を食らわし続ける。それでも、魔物はダメージを受けた様子はなく、攻撃の手を緩める事はない。


「クソ、これじゃあ埒が明かない!」


 銃撃は有効な攻撃ではないと理解しつつも、魔物の動きを制限するために止めるわけにはいかない。しかし、弾丸の数に限りがある以上、いつか攻撃の手段を失う事になる。魔物もそれを分かっていて、あえて決定打を撃たずに持久戦へと持ち込もうとしてるらしい。


「このままではじり貧です。芦屋さん達は一点集中で攻撃を続けて、体勢を崩してください。私が突破口を開くので、鈴瀬さんはその隙に一太刀浴びせてください」


 土御門の指示に芦屋は不機嫌そうに、鈴瀬は嬉々として頷いて見せた。


「ッチ、分かったよ」


「了解です!」


 魔物が再三の突進を行うが、土御門が防御陣で防ぐ。そして、散らばった仲間たちが魔物の側面に一斉銃撃を加え、その体制を崩す。


「ほら、これでいいのか?」


「はい、鈴瀬さんは斬撃の準備をお願いします」


 土御門は防御陣を貼る札とは別の札を取り出し、仲間の銃撃を掻い潜りながら魔物の腹部に貼り付け、即座に離脱する。


 札からは火の手が上がり、不思議な事にその炎がみるみる魔物の全身を包む。


「なっ! 魔法は効かないんじゃ!」


「札に大量のガソリンを封じているだけです。毛細現象で全身に行渡らせ、弾丸の摩擦で着火させました。これならマナを使用した攻撃では無いので、有効でしょう」


「……毛細現象って何ですか?」


「今はそれよりもとどめをお願いします」


 その熱にやられ、魔物は悲鳴とも取れる唸り声を上げながら、半ば狂乱した様子で暴れまわる。土御門にたしなめられた鈴瀬は、首を傾げながらも魔物との距離を詰める。


「雨雲一文字・幻斬まぼろしぎり


 鈴瀬は炎の勢いが最もと強い腹部に狙いを定め、居合の形で斬撃を放つ。熱により硬度が落ちた毛並みを貫通して、鈴瀬の刃が僅かに肉を割く。


 通常であれば致命傷には成りえない傷だが、鈴瀬の場合は違う。少しでも傷を付けられれば、そこから特殊なマナが侵入し、瞬時に脳を支配する。魔物の持つ魔法除けの力は外部からの攻撃に特化したものらしく、体内に侵入した魔法は効果を発揮し、魔物は全身の炎が消えると同時にその動きを止めた。


「やったか?」


「芦屋さん、あんまりフラグ立てるような事、言わない方がいいですよ」


 物語では禁句の冗談を飛ばすが、魔物は再び動く様子を見せず、深く眠りについている様子だった。


「無機物や下等生物をベースにした魔物には効果が無い場合が多いですが、今回は高度な知能を有した魔物でした。私の雨雲一文字を逃れられる訳がありません。満腹で冬眠に入る精神状態にしてやりましたから、下手したら来年の春までこのままかもしれませんね」


 鈴瀬は刀を鞘に仕舞いながら、柄にもなく毅然とした態度で言う。


「……このまま結界を貼った悪魔を倒すと、この魔物は現実世界に戻っちまう。今のうちに本部へ運び出しておく必要があるな」


「止む負えません。魔界への門を開く為に用意した術を、本部への転移魔法へ転用しましょう」


 芦屋と土御門の言葉に、戦闘員たちは札や何かの液体を取り出したり、どこかへ電話をしたりと各々の仕事に取り掛かった。


「あのー、私は真央まおさんの後を追ってもよいですか?」


 鈴瀬はおずおずと土御門へと伺い立てる。


「ん? ああ、そうですね。あっちも無視しておくわけにはいきませんし、何か面倒な事にならないよう、見張りをお願いしますね」


「了解です。様子見てきますね」


 鈴瀬は安堵しやように表情をほころばせ、真央が姿を消した方向の通路へと駆け出して行った。その背中を、芦屋は忌々しげに睨みつける。


「なあ、土御門。あいつ、随分あのガキどもに肩入れするよな」


「……同感です。以前はどちらかと言うと白夜機関の思想に近い、悪魔は絶対殺す感じの人だったのに、ここ最近は丸くなりましたよね」


 まあ、別に良いのだけれど。二人はそう心の中で呟きつつ、魔物の後処理の作業へと戻って行った。

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