第41話~ショータイムの準備~


 クラゲの蠱惑的なコーナー、深海に関する展示コーナー、そして微笑ましいイラストが飾られたふれあいコーナー。それらの展示は空っぽの水槽になっていた。人除けの結界は、魔力を持たない生物は人間でなくとも弾いてしまうらしい。


 真央まおとゆっくりと見て回るはずだった導線を、屋宮やみや理子りこに連れ去られる形で一瞬にして駆け巡る。首が締め付けられる苦しみと、三半規管が揺さぶられる事による吐き気で、もはや生きた心地ではない。


「うぐぅ。ろ、ロデリーコ……先輩」


 やっとの思いで懇願するように声を出す。すると理子はけらけらと笑って見せた。


つるぎ君には刺激が強かったかね。ちょっと待っててよ」


 理子は何かを背後に投げつける。それが何だったのかを確認する前に、通路が曲がり死角になってしまう。


「これでよし、あのバケモノ相手でも少しは時間を稼げるはずだね」


 そう言って理子は通路の先のカラス扉を炸裂弾で破壊して外へ出る。そこはイルカのショーを行う広々としたステージだった。


 もちろんそこに生き物の気配は無い。人も動物も居ないステージは、ただ潮の香だけが場を支配する不思議な空間に思えた。


 理子はステージに着地して屋宮を下ろす。さざ波で濡れた地面は衣服の隙間から海水が侵入し、冷たく感じられた。


「うぐぅ」


 宙吊りの態勢から解放され、首の締め付けは無くなったが、酔いによる吐き気は健在だ。空中を自在に飛ぶことは誰もが子供の頃、一度は憧れたものだが、実際に飛んでみると決して良いものでは無いと思ってしまう。


「大丈夫かな。ごめんねぇ」


 屋宮の背中をさすりながら、理子が言う。心配をするのなら、初めから手荒な事はやめて欲しい。


「はぁ……ロデリーコ先輩は何でこんなことをするんですか?」


 呼吸を整えながら尋ねる。


「へぇ、質問できる余裕があるなんて、意外と大丈夫そうじゃんね。普通は悪魔に連れ去られる経験なんてしたら、解放された瞬間に逃げると思うんだけど、私が怖くないのかな?」


「怖いっちゃ怖いですけど、うちの彼女も似たようなものなので」


 確かにと言った様子で理子は笑う。その仕草は普通の人間そのものであるがゆえに、背中に生えている翼の異質さを一層引き立たせる。


「私の目的は、この世界に留まる事だね。その為には、剣君の彼女さんが邪魔なんだよ。あの黒いスーツの人たちぐらいの脅威なら怯える心配はないけれど、ルシファーの娘さんが人間の世界に来てるなんて聞いてなかったからね」


「……だから、真央まおを殺すんですか?」


「殺せればいつか魔界に帰った時にも安心だよね。でも、私には難しいんじゃないかな。同じ七魔王の娘だけど、序列六位の私と三位のルシファーの娘じゃあ、実力は天地の差だからね」


 なんというか、妙な既視感だ。似たような話をお昼寝商事の連中もしていた事を思い出す。


「その差を埋めるために、俺を人質にしたんですね。わざわざお昼寝商事の連中から俺を助けるような回りくどい方法を使って近づいて、商店街で魔物をけしかけるような真似までして」


「切っ掛けは確かにそうだね。ルシファーの娘の彼氏を捕まえられれば、交渉の余地ぐらいはありそうだし。でも、逆上されて戦闘になっても簡単には殺されないように、マナを蓄えておく必要もあったよ。おかげで、随分とスーツの人たちには嫌われちゃったみたいだね。商店街での件は、剣君とスーツの女が一緒に居たから、どういう関係か測るつもりでちょっかいをかけてみたの。もしかすると、剣君は連中の仲間で、私たちを捕らえるために芝居してるのかもって疑っちゃったよ」


 とんだ勘違いもあったものだ。しかし、敵対関係にあったヤツとのんきにラーメンなんて食べいたら、変な疑いをしてしまうのも頷けるか。


「そういえば、お昼寝商事の連中は魔王の娘にで人的消失は無かったと言ってたよな。ニュースでも集団昏倒とも言っていたし、マナを集めるために人を殺す事はしていなかったのか?」


「殺すまでマナを搾り取った方が効率はいいんだけどね。ベルフェゴール派閥は基本的に人間の事が好きだし、お父様も元々は供物と引き換えに人々を助ける神様だったからね。こっちに来る時に、絶対に人間を殺さない事を誓わさせられてるのよ」


「悪魔だってに元神様なのか?」


「神様も悪魔も立場が違うだけで、本質は似たようなものだよ。まあ、お父様は娘の私から見ても面倒な性格してるから、こっちの世界では人間嫌いで通ってるみたいだけどね」


 理子は悪戯にウインクすると、天を仰ぐように手をかざす。するとステージの広々とした空間に、無数の光の珠が出現した。それは真央の物とよく似ていたが、少し色が鈍く、代わりにその数は膨大だった。


「これだけ用意すれば、少しは戦えるよね。不殺の誓が無ければ、もっとマナを集められたのだけれど、今更考えても仕方がないよ。さあ、序列六位が三位に勝利する、ジャイアントキリングのショーを特等席で見せてあげるね」


 やはり理子も真央と同じく、その感覚や仕草は年相応の少女の様に思えた。そんな二人が命を懸けて戦わなければならないこの状況が歪なものに思えてならないが、何の力も持たない屋宮にはそれを止める術が無かったのだった。

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