第40話~口上に興味が有る方は、ベルフェゴール素数で検索!~


 周囲に居たはずの人々の姿はいつの間にか消えていた。つまり誰かが人除けの結界を張ったのだろう。


 そして、先程の攻撃の主とその結界を張った存在は、屋宮やみやにとって予想外の人物だった。


「……路手みちて先輩!?」


「ロデリーコ先輩って呼んで欲しいよ」


 そこには度々屋宮を助けてくれたはずの、理子りこの姿があった。


 柄付きのシャツにジーンズ姿にキャップを被り、ボーイッシュで動きやすそうな恰好だったが、屋宮が目を引かれたのは、背中に広がるコウモリのような羽とジーンズのベルトの隙間から伸びる黒い尻尾だった。そして、屋宮を受け止めたのは、この黒い尻尾を網の様に広げたものだった。


「あ、悪魔!?」


「そうだね。実は私ね、つるぎ君の彼女さんと同じ、七魔王の娘なんだよ」


 理子はお昼寝商事の連中が言っていた、もう一人の魔王の娘だった。そんな偶然あるのかと屋宮が驚いていると、その内心を見透かしたように言葉を続ける。


「驚いたよね。でも私はもっと驚いたんだよ。まさか私以外にも人間の世界に魔王の娘が来てるなんて、しかも同じ大学に通って、人間の男の子と仲睦まじく歩いてたら、悪い事も考えちゃうよね」


「悪い事?」


「例えば、仲を引き裂いてやろうとか、彼氏さんをたぶらかしてやろうとか、人質にすれば簡単にライバルを消せるんじゃないかとか」


 そう言うと理子の尻尾はシュルシュルと形を変え、屋宮の手足と口元を縛り上げる。その弾みで、真央の腕を落としてしまう。


「っ!」


「ごめんね剣君。ちょっと私のために命をかけてもらうからね」


 床に落ちた真央まおの腕が黒いもやに包まれたかと思うと、形が変わり真央が攻撃に使用していた光の球に変化する。


 すぐさま光の球からレーザーが理子めがけて放たれる。理子は身を翻してそれを避ける。


 先程の爆心地から、土煙を割いて真央が姿を表す。欠損した片腕からは黒いもやが立ち込め、目に見える速度で修復されていた。


 こういう姿を見ると、やはり真央は人間ではないのだと、少し悲しい気持ちがこみ上げてくる。


「はじめまして、かしらね。死にたがりやさん。お望み通り殺してあげるから、屋宮君を離して首を差し出しなさい」


「はじめまして、なんて悲しいよ。魔界で会ったことあるのだけど、覚えてないのね」


 挑発的な態度の理子に、真央は光の球を手から生み出し、レーザーを差し向ける。


「うぉ!」


「っ!」


 しかし、理子は尻尾を器用に手繰り、レーザーの射線上に捕らわれの屋宮を移動させる。真央は屋宮が盾として使われた事にいち早く気付き、レーザーの角度をズラして見当違いの方向へ飛ばす。


「おっと、危ないよ。彼氏さんが怪我しちゃったらどうするんだろうね?」


「……名前ぐらいは聞いておこうかしら?」


「自分から名乗らないなんて、礼儀を教わってこなかったんだね。まあ、いいよ。13と13の無に666の心臓を持つ素数の魔王、ベルフェゴールの娘、この世界のあざなは路手理子。よろしくね、ルシファーの娘さん」


「……夕星ゆうつづの堕天使、ルシファーの娘、この世界のあざな常野とこの真央よ。おめでとう、貴方は私がこの世界に来てから最も怒りを抱いた存在に選ばれたわ。じっくりと苦しみを与えてから殺してあげるから、ありがたく思いなさい」


 真央がニッと不適な笑みを浮かべる。それは自身の計略が成就する目前の笑みだった。


 理子の背後からキラリと光る刃が繰り出される。それは気配を消し、密かに理子との距離を詰めていた鈴瀬すずせによるものだった。真央は鈴瀬の考えを読み、理子の注意を自分に向けるべく、会話を続けていたのだった。


「てい!」


「わぁお、危ない」


 無数の斬撃を繰り出すも理子は刃を寸前で避ける。しかし、もとより鈴瀬の狙いは理子本人ではなく、尻尾の拘束だった。


「っな!」


「ひぃ!」


 理子は驚きの声を、屋宮は短い悲鳴をあげる。当然だ。自分の周囲を凄まじいスピードで刃物が行き交うのだから。


 尻尾の拘束は解かれたが、理子も黙って屋宮を離さない。屋宮の救出に気を向けていた鈴瀬に炸裂する光の球を放つ。鈴瀬は咄嗟に防御姿勢を取るが、勢い良く吹き飛ばされ、背後の巨大な水槽に叩きつけられた。


「ふん、やっぱり人間は使えないわね」


 腕の修復が完了した真央が、宙に浮く光の球から無数のレーザーを放つ。しかし、理子は軽やかにそれらを避けつつ屋宮の襟首を掴み、翼を広げて宙へと舞う。


「いいのかな、私に攻撃して。彼氏さんに当たっちゃうかもね」


 屋宮は首を吊る形で宙吊りになり、苦しみのあまりもがいていた。


「……離しなさいよ。苦しそうじゃない」


「うーん、私の要求を受け入れてくれるなら、剣君は解放してあげようかな」


「要求?」


「そう。例えば、この場で自害するとか」


「っ!」


 理子の言葉に真央は一瞬迷ってみせる。屋宮は、それだけは絶対にダメだと声を上げようとするが、首が締め付けられてうまく言葉を出せずにいた。


「……私の死がお望みなの?」


「あらあら、冗談のつもりだったのに、感触良いね。そこまで剣君が好きだとは思わなかったよ」


 人が困っている様子が可笑しくて仕方がないらしい理子が、けらけら笑いながら羽ばたく。そこに、螺旋階段の上から雨のように弾丸が降り注ぐ。


 視線を上に移すと、芦屋あしや土御門つちみかどが複数の仲間を引き連れ、並んでサブマシンガンを撃ち放っていた。


 お昼寝商事の連中が雁首を揃える中、そこに真央がレーザーを撃つ。真っ直ぐに伸びた光のエネルギーは、足場と天井の一部を破壊した。


 被害こそ無かったものの、思わぬ攻撃を受けた面々は驚きの表情を浮かべる。


「てめぇ、何しやがる!」


「そっちこそ! 屋宮君に当たったらどうするのよ!!」


 お昼寝商事と真央が言い合っている間に、理子は大きく羽ばたいて、そのまま滑空する形で奥の通路へと逃げる。


 慌てて真央はレーザーを放つが、狙いが定まらず壁や水槽を破壊するだけだった。


「待ちなさい!!」


 真央は逃げる理子を追って、翼で空気を力強く蹴りつけた。

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