第38話~東京じゃないのに東京ってつく場所多いよね~


 入り口で係員にチケットを渡すと、ブラックライトに反応して可視化されるスタンプを右手の甲に押される。このスタンプを見せる事で再入場ができる仕組みだ。


 屋宮やみやにとっては慣れたシステムだが、真央まおにとっては新鮮な物だったらしい。入り口のゲートをくぐる際、真央はスタンプを押された右手をまじまじと見ていた。


「これ、大丈夫なのかしら? 手を洗ったら落ちたりしない?」


「水に濡れたぐらいじゃあ大丈夫だよ。というか、真央はこのスタンプ初めてなのか? ライブとか遊園地とかで押されたことあるだろ。ほら、あそことかも同じシステムだったはずだぜ」


 屋宮はネズミのマスコットキャラクターの遊園地の名前を挙げる。


「私、東京行ったことないし。こっちに来てからもあんまり遊んでこなかったのよね」


「……あそこは千葉だけどな」


「え、そうなの? じゃあ何で東京って名前に付いてるのよ。詐欺じゃない」


「知らないけど詐欺じゃねえだろ」


 そんな取り留めもないやり取りの中、導線に従って館内を進む。初めは淡水に棲む生物のエリアだ。


 アロワナや雷魚、ガーなど大型で見応えのある魚から、可愛らしいサイズの魚や爬虫類のコーナーまである。水槽の中のセットや照明も凝っていて、飽きがこない。


 真央もそれらの展示を楽しんではいるが、時折どこか遠くを見るような目で、心ここにあらずといった様子を見せていた。


「おーい、戻ってこーい」


 屋宮は真央の目の前で手を振り、意識を呼び戻す。


「……ごめん、ちょっとぼーっとしてたわ」


「やっぱり帰ることが気掛かりか?」


「まあね」


 真央は悲しそうに笑う。本題をどう切り出すか考えていた屋宮としては、自然な流れで話題を持っていけた事で、心の中でガッツポーズをする。


「屋宮君は私のこと、あいつらから何て聞いてる?」


「悪魔だって事と、その悪魔の中でも最強の魔王の娘だって事ぐらいかな?」


「まあ、ほとんど合ってるわ。私のパパは魔界を支配する七人の魔王の一人なの。知ってるでしょ、堕天使ルシファーって」


「……ソシャゲによくいるレアキャラ? 課金してもなかなか出ないって、誰かが言ってたような」


 真央は屋宮の率直な言葉にクスリと笑みを漏らす。


「そうそれ。私のママは元人間で常野とこのって苗字もママのものよ。壮絶な恋愛劇の末、パパの眷属として悪魔化する事を条件に結ばれて、魔界で私を産んでくれたわ。でも魔界は次期魔王を決める悪魔同士の戦争中で、ルシファーの娘である私は重要なポジションだったから、周りから命を狙われていたの」


「魔王ってのは、七人居るんだろ? 次期魔王っておかしくないか?」


「七魔王の中でも序列があるの。今は魔王サタンが第一位で、二位はベルゼーブブさん。私のパパは第三位よ。魔界で魔王といったら、この序列の一位の事を指すわ。そして、序列の入れ替えの為に定期的に七魔王同士で軍勢を率いて戦争をするの。三つ巴ならぬ、七つ巴の戦争よ」


 歩きながら話をしているうちに、淡水生物のエリアを通り過ぎてしまう。通路の左右には、淡水と海水が交わる、汽水域に生息する魚の展示が並ぶ。


 しかし、その展示を楽しむ余裕は無い。あまりにも屋宮の知る常識からはかけ離れた生い立ちに、開いた口がふさがらずにいた。


「話を戻すわね。物心ついた頃から、生きるために戦っていたわ。パパから受け継がれた力とパパの配下の軍勢があったから、初めは連戦連勝だったけど、他の七魔王から集中して狙われたり、天使達が悪魔の戦争に介入したりして、段々私の派閥の旗色が悪くなってきたの」


「ちょっと待て、スケールがデカすぎてよく分からないけど、お前何歳なんだ?」


 まるで架空の世界の歴史を聞いているようで、嫌な予想をしてしまい思わず質問を挟む。


「あら、女の子に年齢を尋ねるなんて不粋ね。でも屋宮君だから特別に答えてあげる。今年でちょうど千八百歳になるわ」


「嘘だろ……」


 あまりに天井知らずの年齢に屋宮は気を失いそうになる。悪魔と人間では寿命が違うことは予想していたが、桁違いの年齢だ。


「ええ、嘘よ」


「嘘なんかい!」


 心臓に悪い冗談は本気で止めて欲しい。


「こっちの世界の時間換算で、まだ十八年しか生きてないわ。十二歳の時に、もう魔界に安全な場所は無いからって、パパに送られてママと一緒にこっちに来たの。日本を選んだのはママの故郷だったから。戸籍とか必要な物は悪魔の能力で何とかなったから、慣れてしまえばこっちの生活に不自由する事はなかったわ。お昼寝商事みたいな悪魔狩りをしてる連中には、私もママも頭を悩ませてたけどね」


「……どうして真央は魔界に帰るなんて言い出したんだ? 危険だからこっちに逃げて来たんだろ?」


 歩みを進めるうち、広々とした空間に出る。中心の吹き抜け部分に巨大な水槽があり、その周囲の壁沿いに螺旋状の階段が敷かれ、巨大な魚や小魚の群を鑑賞しつつ階段を降りる仕組みになっていた。


 ふと気になって背後を見る。監視の役目を与えられたハズの鈴瀬すずせの姿は見当たらない。気を使って随分と距離を取ってくれているらしい。


「私やママなら大抵の退魔師を退ける事ができるわ。でも屋宮君は違うでしょ。今回は普通の人間のはずの屋宮君が目を付けられてしまったわ。私なら、屋宮君を守りきる自信はある。だけど、それは屋宮君の本意じゃないと思うの」


「本意じゃないって……俺は真央と居られるなら何だっていいけどな」


 屋宮の言葉に、真央は照れたように屋宮を睨み付ける。


「あんまり恥ずかしい事、言わないでくれる? まあ、今の話を聞いた上で、まだ一緒に居たいって言ってくれるのは嬉しいけど。じゃあ、もののついでに聞くけどさ」


 真央は屋宮の右手を両手で握り、狡い上目遣いで懇願するように視線を合わせる。


「私のせいで人類が滅んだとしても、まだ私のことを好きでいてくれる?」

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