第37話~終わりの始まりは潮風と共に~
「到着しました。後は頑張って下さいね」
「やれるだけのことはやるが、結局
予定時間が過ぎていることに若干の焦りを感じつつ、車から降りる。海が近くということもあり、潮の香りが混ざった風が肌寒い。これで先週のような猛暑日ならば、心地よく感じられただろう。
黒ずくめの無個性な大人たちに囲まれて、モデルのような美女が真っ直ぐに屋宮を見ていたのだ。
「……本当に来ちゃったんだ」
「ああ……なんか久し振りだな」
淡い色のブラウスに白いロングスカート、髪は後ろで束ねて耳元にはピアスが光る。化粧は派手すぎず、近寄ると香水の甘い香りを感じる。しばらく会っていなかった事も手伝って、今日の真央は一段と素敵だった。
「すいません、遅れてしまって!」
鈴瀬が黒服たちに謝る。一団の中には
「ちゃんと屋宮さんを連れてこれて良かったです。魔王の娘が短気を起こせば、文字通り我々の首が飛んでいましたから。それに、周囲の人々に奇異の目で見られて、たまったものじゃありません。まったく、馬子にも衣装とは言いますが、ここまで人々の視線を集めてしまうとは……」
「あら、もう一回ぐらい死んでみる?」
屋宮と鈴瀬の到着に緊張のほどけた土御門が、堰を切ったように饒舌に冗談を飛ばす。その代償に真央から冷ややかな言葉を浴びせられ、土御門は萎縮しつつ「冗談じゃない」といった様子で首を振る。
「それより土御門さん。お二人にチケットを……」
「そ、そうですね。こちらをどうぞ」
土御門から屋宮と真央は入場チケットを受け取る。
「何これ? "門"を開くためには水が必要とは聞いていたけど、それなら建物ごと結界に取り込んでしまえば良いじゃない」
「いえ、我々にも準備がありまして……まだ"門"を開くには時間がかかります。その間、お待たせするのも申し訳ないので、お二人で中を巡っていただければと思いまして」
「聞いてないわよ、そんな話」
語尾を強めて土御門を睨む真央だが、気合いの入った容姿から、こうなる事を予想していたのだろう。
「まあまあ。ここ、来たかったんだろ? この前はこいつ等に邪魔されて行けなかったんだし、ちょっと覗いていこうぜ?」
「……屋宮君がそういうなら」
冷静に考えてみれば、時間を指定して呼び出しておいて、準備が出来ていないというのも変な話だ。その事に気付かないほど、真央も馬鹿ではない。つまり一連のやり取りは、一種のプロレスのようなものだ。
「ったく。何でこんな奴らに気を使わなきゃならねぇんだよ」
「あー、芦屋さん。悪態はもっともですが、お二人が居なくなってからにして下さい。あと、鈴瀬さん。これはあなたの分のチケットです」
鈴瀬が土御門からチケットを受け取る。その様子に屋宮は首を傾げる。
「お前も来るのか?」
「はい、お二人の護衛兼監視役です。安心して下さい、べったりくっ付いて野暮ったい役目は私もごめんですから、離れて様子を伺うことにします」
「ふーん。あなた程度が私の監視だなんて笑わせるわね。つい私が悪い気を起こして、ここに来ている幸せなカップルを皆殺しにしたくなったとして、あなたにそれが止められるのかしら?」
真央の言葉に黒服たちの緊張が高まる。もしも今日、真央が施設の中で問題を起こせば、お昼寝商事が魔王の娘に水族館のチケットを与えた事が白夜機関に知られてしまう。ただでさえ組織の中では力の弱いお昼寝商事が、更にマズい立場に追いやられることだろう。
「真央、こいつ等の前で冗談は止めとけ。絶望的にギャグのセンスが分からない連中なんだ。本気にしちゃうだろ」
「それもそうね。じゃあ、その代わり真面目な話。今日は私は何も悪さをするつもりは無いわ。それと、ここに居る誰よりも強い自負もある。私たちを襲うヤツなんてあなた達しか思い浮かばないし、仮にはぐれ悪魔か何かに襲われたとしても、自分の力で返り討ちにできるわ。だから、もし私たちのお別れに割り込むような真似をしたら……」
真央はぐっと鈴瀬に近寄り、上目遣いに睨み付ける。
「……殺すからね」
「……前にも言ったと思いますが、私は悪魔の脅しに屈しませんよ?」
鈴瀬が挑発するように答える。一触即発の空気が流れ、屋宮は慌てて間に入る。
「ほら、時間の無駄だからとっとと行くぞ」
「……ふん」
屋宮は真央の腕を掴み、そのまま入り口に向けて歩みを進める。鋭い視線を背後から無数に感じるが、気のせいだという事にしておこう。
それよりも、真央がこのデートを別れと言った事に、屋宮の胸が痛む。絶対に引き留める事を決意しつつ、お昼寝商事の面々とのやり取りを思うと、本当に説得する事ができるか不安に思うのであった。
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