第34話~学食でぼっち飯って言うほど抵抗ないよね?~


「……どうすればいいんだ?」


 屋宮やみやは一人、食堂でため息を漏らす。お昼寝商事の連中に真央を説得すると言った日曜日から、既にまるまる二日が経過し、今日は平日の中間にあたる水曜日だった。


 月曜日、大学に登校した屋宮は、授業終わりに真央まおが履修している講義の講堂を覗いてみた。しかし、そこに真央の姿は見当たらなかった。


 同じ講義を取っている、別の友人に声をかけたが、どうやら真央は大学に来ていないらしい。当然と言えば当然だ。一週間後には魔界に帰るというのに、どうして面倒な講義に出なければならないというのだろう。


 すぐさま真央に電話を掛ける。もちろん、着信音だけがむなしく響く。メッセージも送ってみたが、ブロックされているのか既読すらつかない。


 完全に手詰まりの状態で、時間だけが過ぎ、もう水曜日になってしまったのだ。


 昼休みの長蛇の列を回避するべく、時間をずらしたおかげで広い食堂には人の姿がまばらだった。三限目の授業を取っていない屋宮の役得だ。


「やーみやクン! よっ!」


 後ろから肩を叩かれ振り返ると、真央の知り合いである女子生徒の姿があった。


 淡い茶色のショートボブ。ぱっちりとした大きな瞳。小柄だがメリハリのある体付き。真央や路手先輩ほどではないが、魅力的な同級生だ。


弥生やよいさん、三限は?」


「サボリ!」


 屋宮は思わず苦笑してしまう。弥生は屋宮と真央が初めて出会った、ボランティアサークルの新歓コンパの参加者だった。屋宮も真央もサークルには入らなかったが、彼女は朝方に地域の人とゴミ拾いをしている姿を見かけたので、おそらく入会したのだろう。


「単位は大丈夫なのかよ?」


「ヘーキヘーキ、何とかなるって。それより、常野とこのさん見つかった?」


 屋宮はかぶりを振る。常野とは真央の姓であり、月曜日に声をかけた共通の知り合いとは弥生の事で、故に彼女は屋宮が真央を探していることを知っていた。


「いや……メッセージも送ってるんだけど、既読すらつかなくて……」


「そっかー。まあ、常野さんとは挨拶するぐらいの仲でしかないし、アタシが気にする事でも無いんだけどさ。もし屋宮君があの子の事を困らせるようなら、アタシたちは屋宮君の敵になるからね?」


 顔色を変えずに言うが、その言葉は恫喝そのものだった。ファンの多い真央に厄介な男がしつこく関わろうとしている所を度々見てきて、屋宮もその手合いだと勘違いしたのだろう。


「……俺の方が迷惑を被ってるから探してるんだけどな。でも肝に銘じておくよ」


「うん、よろしい。それじゃあアタシは友達と約束あるから、バイバイ―」


 弥生はひらひらと手を振りながら、食堂の出口へと向かって行った。


 屋宮自身は変な疑いを掛けられたままだろうが、こうして悪い虫がつかないよう行動してくれる友達が真央にも居る事が何となく嬉しかった。挨拶する程度の仲でしかないと言っていたが、果たして真央がこの世界から消えたら、弥生はどう思うのだろうか。


「今のが彼女さんかな?」


 再び背後から声がして振り返ると、そこには理子りこの姿があった。屋宮と同じように昼食の時間をずらしたらしく、トレーの上にはカレーライスとミニサラダが乗っていた。


「……最近の女性は背後から忍び寄るのがトレンドなんですか?」


「何の話か分かるように言ってよ?」


 理子は軽い身のこなしで屋宮の向かいに座り、トレーに乗ったカレーライスを食べ始めた。


「いえ、何でもないです。あと、あの子はただの顔見知りで、彼女とは絶賛別れ話中です」


「え? 私が変な事言っちゃったのが原因だったりしないよね?」


 理子はなぜか嬉しそうな表情を浮かべる。


「いえ、関係ないです。なんか地元に帰るかもしれないみたいで……なんとか引き留めたいんですけど、連絡しても無視されてて……」


 まさか理子に魔界や悪魔の話をする訳にもいかず、屋宮は言葉を濁す。地元に帰ると言うのも、嘘ではない。


「ふぅん。彼女さんはいつ帰っちゃうのかな?」


「……今週末の日曜日です」


「へぇ、急だね。普通はそういうのって、一か月ぐらいかけて帰り支度するものだと思うんだけどね」


「まあ、普通はそうですよね」


 真央の場合は、何もかもが普通ではないのだけれど。


「お見送りに行く友達とか居ないのかな?」


「……友達じゃないですけど、バイト先の人は見送り行くみたいですね」


 これはお昼寝商事の鈴瀬すずせの事。便宜上、お昼寝商事の事は真央のバイト先という事にさせてもらう。


「それじゃあ、その人にお願いして、お見送りの場で引き留めるしかないね。まあ、私がそれされたらロマンチック過ぎて正直引くけど、剣君的にはそこでもう一回振られた方が心の整理がつくと思うよ」


「あー、やっぱりそれしかないのかなぁ」


 連絡手段も本人に会う算段もつかない以上、お昼寝商事が”門”とやらを開く時にしか真央と言葉を交わすチャンスは無いだろう。連中の様子だと、本当に真央を魔界に送り届けられるか不安だが、嘘でも”門”を開くと言えば真央は姿を現すはずだ。


「ありがとうございます。ちょっと電話してきますね」


 屋宮は理子に礼を言ってその場を後にする。残った理子は屋宮の姿が見えなくなったことを確認し、手帳を取り出す。


 そして日曜日の欄に”つるぎ君をストーカーする”と書き込んで、一人ほくそ笑んでいた。

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