第32話~将棋とチェスと使い魔と~
「使い魔という制度について、
お昼寝商事が開発したという、マナを回復させる点滴を受け、すっかり体調が戻った
地下に建てられた病院だとは聞いていたが、どうやら元々は地下倉庫か駐車場だったスペースを薄い壁で仕切り病室に仕立て上げた場所らしく、廊下の床はむき出しのコンクリートで点々と点く蛍光灯が何とも不気味だった。
「お昼寝商事には悪魔が人間に忠誠を誓う事で、社員として受け入れる制度があるとだけ。同胞と戦う事にはなるものの、悪魔には仲間意識が希薄で、滅せられそうになった悪魔の方から頭を下げて来る事もあるって話ですよね?」
屋宮は鈴瀬から電話で聞いた話を思い出しつつ答える。
「概ねその通りです。これは他の退魔組織にはあまりない制度で、お昼寝商事が何かと上位組織から嫌がらせを受ける理由の一つでもあります」
「へぇ、なんでお昼寝商事だけなんですか? 他の組織も捕まえた悪魔を仲間にしていけば、戦力になって良いじゃないですか」
「確かな所は知りませんが、宗教的な理由ですかね。悪魔は絶対に滅ぼすべき相手だという先入観があるのでしょう。あとは、お昼寝商事が元々、妖怪退治を生業とする陰陽師から派生した事も関係あるのかもしれません。妖怪を式として操ったり、荒ぶる神を鎮めて和魂にしたりといった、従来の術を残す為に随分と苦心したと聞いた事があります。まあ、屋宮さんにこんな話しても、分からないでしょうけど」
「……よくは分からないけど、将棋とチェスの違いみたいですね」
思った事を適当に口走っただけだが、土御門は「ほぉ」と感嘆の声を漏らす。
「面白い事を言いますね。確かに、チェスの文化である西洋では悪魔を使役する術はあまり発展せず、相手の駒を奪う将棋がある日本では妖怪や祟り神をも祀り使役する。案外、我々の気質に寄るところがあるのかもしれません」
日本人の気質だとか他国との違いなんて屋宮にとってはどうでも良かったが、その制度のお陰で
「その使い魔制度ってので、真央の生活はどう変わるんだ?」
「あなたは魔王の娘の味方ですよね? 我々が彼女の処遇を伝えた所で、信用するんですか?」
屋宮は忌々し気に前を歩く細身のスーツ姿の男を睨みつける。
「……お前らを信用する以外に、俺がアイツとキャンパスライフを満喫できる道が無いからな」
「若いですね。私にもかつてそんな青臭い時代があった事が、今となっては信じられませんよ。まあ、良い事ですけど。彼女は我々の監視下に置くため、専用の寮に移り住んで頂きますが、一定の自由は認められるでしょう。大学にも引き続き通ってもらっても構いません。アナタとのデートも許容します。もっとも、悪魔の能力の一部は我々の術で封じさせていただきますし、そのうえで国内の悪魔関係の事件解決には協力していただきます。よろしいですね?」
「その答えに聞く相手、俺じゃなくて真央だけどな」
「……失礼しました」
意趣返しのつもりで正論を吐き、屋宮は留飲を下げる。しかし、土御門の語る提案は屋宮にとって魅力的なものだった。
やがて無機質なコンクリートの冷たい壁に、エレベーターの扉が現れる。土御門がボタンを押し、屋宮を中へと促す。
「どうして我々がアナタ達に譲歩するか分かりますか?」
エレベーターが緩やかに上昇すると、土御門は唐突に言った。
「ん? お前らの組織には悪魔を従えるルールがあるからだろ?」
「絶対のルールではありませよ。悪魔を従えさせる事は我々にとってもリスクです。奴らを完全に服従させる事は不可能ですから、いつ寝首を掻かれるか分かったものではありません。ましてや、魔王の娘ほど強力な悪魔との契約は前例がありませんし。正直言って、いつ爆発するか分からない爆弾を身近に置くようなものです」
「何だよ、やっぱり魔界とやらに帰ってほしいのか?」
「首を跳ねることが出来れば理想です。後腐れが無いですからね」
「てめぇ……」
完全に舐められていると屋宮は怒りと共に情けなさを感じる。もしも真央がこいつらに殺される事があれば、屋宮はどんな手を使ってでも復讐するだろう。きっと土御門もそれを分かっていて「後腐れが無い」と言ったに違いない。つまり、屋宮の報復など恐れることは無く、取るに足らない細事だと考えているのだ。
「けれども、危険を承知で魔王の娘を仲間に引き込む事を検討している裏には、我々が抱えている別の問題が関係してきます」
エレベーターの上昇が止り、扉が開く。そこは広々としたオフィスのエントランスだった。三階部分まで吹き抜けとなった空間を、ダークスーツの男女が行き交う。
「我々がここ数か月の間に追っている集団卒倒事件の犯人は、アナタの恋人……失礼、元恋人の真央さんではありませんでした。魔王の娘はもう一人、この
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