第30話~別れの言葉は恨み言~


 海風が涼しく吹き抜ける。周囲には崩壊した橋と鉄くずと化した車。まるでSF映画で描かれる崩壊した世界のような光景。いや、黒く染まった天使の翼を風になびかせる少女が居るのだから、ファンタジー映画だろうか。


「……どういう事だ?」


「だから、別れましょう。私が正体を隠し通せれば良かったのだけれど、この姿と力を見られてしまったからには仕方がないわ。これ以上一緒に居ても屋宮やみや君を怖がらせてしまうだけだしね」


「いや……俺は……」


 屋宮は否定しようとするが、二の句が継げず口ごもる。この惨状を作り出した力が、屋宮に向けられることは無いと分かっていても、隣人がその力を持っているだけで恐怖は付きまとう。


 真央まおはあの力を簡単に人に向けて使っていた。屋宮が捕らわれたものだと勘違いしたというのも理由としてあるだろうが、今後何かの拍子で屋宮に関わった人間に力を使う場面があるかもしれない。その時が来たとして、屋宮は真央を……いや、自分自身を責めずにいられるだろうか?


 屋宮が返答に窮していると、真央の治癒魔法で傷が癒えた面々が苦痛の表情を浮かべながらも身を起こす。


「……クソ、一体何がどうなってやがる」


「……魔王の娘が我々を助けた?」


 起き上がった芦屋あしや土御門つちみかどは苦しそうに傷のあった箇所を押さえながら真央を睨む。まだ息があった様子の芦屋はまだしも、全身を一刀両断された土御門まで息を吹き返したのは、魔法について無知の屋宮でも規格外の力だと感じてしまう。


「ただで蘇らせたわけじゃないわ。あんた達、滅しきれない悪魔を捕らえて魔界に送り返してるでしょ? 魔界からこっちの世界に来るのは容易ではないけれど、こっちから向こうに送るのは割と容易だからね」


「ええ、まあその時の事情によりますが……」


 土御門が肯定すると真央は言葉を続ける。


「なら私を魔界に送り返しなさい。自前で”門”を開くことはできるけれど、それをすると向こうの敵対勢力に魔界に戻った事を感づかれるの。あんた達のお粗末な”門”ならば、人間に捕まる低級な悪魔だと勘違いされて、きっと誰も気に留められず戻れそうだしね」


 屋宮は真央の言葉に血の気が引く。魔界という所がどういう場所なのかは分からないが、真央の口ぶりからすると簡単にこちらへ帰ってくることはできないらしい。それに、何やら真央にとっても危険な場所のようだ。


 一方的に別れを切り出された上に、もう二度と会えないかもしれない場所に帰るという事だろうか。屋宮は恐怖心をかき消すように熱を帯びた怒りが込み上げてくるの感じた。


「真央! お前は何を勝手な事を……」


「分かりました。我々が”門”を開いてアナタを魔界に送り届けましょう」


 屋宮の言葉を遮るように、土御門が慇懃いんぎんな態度で真央に応じた。


「ちょ、ちょっと土御門さん! 計画が違うじゃないですか!」


 異を唱えたのはいつの間にか起き上がっていた鈴瀬すずせだった。スーツはボロボロで原型を留めず、白かったシャツも土埃で汚れ攻撃を受けた場所が破れている。何ともあられもない姿になりながらも、強い意志を宿した表情の鈴瀬を、真央は水を差す邪魔者として睨みつける。


「何? また痛い目に遭いたいの? 愚かなのね」


「……悪魔の脅しなんかに屈しませんよ?」


 鈴瀬は再び刀を取り出し構える。真央も呆れた様子でため息をつきつつ、光の珠を出現さる。


「止めろ鈴瀬。俺は土御門の考えに賛成だ」


 仲裁に入ったのは芦屋だった。それでも鈴瀬は刀を構え続ける。


「何言ってるんですか。悪魔が自ら魔界に帰るなんて提案、絶対に裏がありますよ。ここは当初の計画通りに進めるべきです」


「裏があろうが無かろうが、今の俺たちの戦力じゃあコイツをどうにかする事はできねぇ。穏便に済ませる道があるのなら、今は乗るべきだ」


「そうですよ。私たちはこの悪魔以外にも大きな問題を抱えているんです。一つの難題を解決する糸口を敵から提案されたのに、乗らない手はありません」


 芦屋と土御門に言いくるめられ、鈴瀬は苦虫を噛み潰したような表情で刀を仕舞う。


「満場一致ね。それじゃあ、早速……」


「待って下さい。私たち人間の技術では、アナタのような非常識なレベルの悪魔を送り出すには時間がかかります」


「はぁ……低級な人間なら仕方がないのかしら。どれぐらい時間が欲しいの?」


「……一ヶ月ほど」


 土御門の言葉に真央は怒りの表情を浮かべ、鈴瀬に向けるハズだった光の球から熱線を繰り出す。直撃すれば再び絶命するであろう力は、土御門の後頭部スレスレをかすめ、背後にそびえるビル群を倒壊させた。


「冗談じゃないわ。一週間で間に合わせなさい」


「……善処します」


 土御門は額に玉のような汗を浮かばせ、頷いた。


「おい、ちょっと待てよ! 俺は納得してないぞ!」


 完全に蚊帳の外だった屋宮は叫ぶように意見する。真央は表情を一変させ、申し訳なさそうな様子で屋宮の方を向く。


「屋宮くん……ごめんね。でも、もう決めたから」


「勝手に決めるな。ちゃんと話を聞いてくれ!」


「バイバイ。短い間だったけど、楽しかったよ」


 真央は翼を羽ばたかせ宙に浮いたかと思うと、屋宮に急接近して目隠しするように手をかざす。


 屋宮はショッピングモールでされた事を思い浮かべる。そして、次の瞬間に自分がどうなるかは分かっていた。


「くそ……都合が悪くなると、すぐこれか……」


 最後の力を振り絞って出た言葉は宙に消え、全身のマナを奪われた屋宮は意識は深い海に沈んでいくように、ゆっくりと遠退いていった。

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