第26話~車移動中の電話はなんか気まずい~
「……
「……気まずければ、私が出ましょうか?」
「いや、大丈夫です」
「や、屋宮君! 今どこにいるの!? というか無事?」
「真央……」
彼女のが心配してくれた事に、屋宮は罪悪感を感じる。自分は拉致された訳ではなく、自分から捕まりに行ったのだから。
「メッセージを貰ったんだよな? 今、家から連中と一緒にお昼寝商事の本社に向かっているから、お前も来てくれ。鈴瀬ってヤツが、交通費とお茶ぐらいは出すって言ってるぞ」
「いや、言ってない……悪魔に交通費とか、絶対に費用申請通らない……」
散々迷惑をかけたんだから、それぐらい自腹切れと屋宮は心の中でツッコミを入れる。
「今、車乗ってる?」
「ん、ああ、そうだけど……」
「分かった。今すぐ助けに行くわ。怖い思いするかもしれないけど、ちょっとだけ我慢してね」
真央は不穏な言葉を言い残して、通話を切った。
「……彼女さん、なんて言ってました?」
鈴瀬が不安そうな声色で聞く。
「今すぐ助けに行くって……本社に来てくれるんじゃないですかね?」
「他に何か聞かれただろ。何について肯定した?」
「え、えっと……車乗ってるのかって……」
「ああ、なるほど。じゃあ、魔王の娘はこっちに来ますね。残念ですが、最悪です」
「大丈夫ですかね? 応援、呼びますか?」
「……人員を揃えるだけじゃ、相手にマナを奪われるだけだ。その対策に、少数精鋭でこのガキを護送してるんだろうが」
不安そうな物言いの鈴瀬を芦屋がたしなめる。しかし、その声からも緊張が感じられる。
「なあ、真央ってそんなに怖いのか?」
屋宮は何の気なしに聞く。確かにある意味、真央は怖い女だし、鈴瀬が一方的に肉弾戦であしらわれているのは目の当たりにしていたが、大の大人……しかも魔法などという謎の技術を持った人たちが怯える相手とは思えなかった。
屋宮の問いに答えたのは、車を運転する土御門だった。
「怖いかと聞かれれば、まあ怖いですね。魔界を統べる七魔王の血を引く存在ですから、我々ごときの力では総力を挙げても戦いになるかどうか。本来なら各国の白夜機関傘下組織が手を組んで、何年もかけて対策してようやく対等に渡り合える相手が、いつの間にかこっちの世界に来て人間の振りをして、あまつさえ普通の人間と恋人ごっこをしているなんて、何を考えているのか分からなくて怖いですよ」
「……七魔王って何ですか?」
なんだか屋宮に対する当てつけのような物言いに、少しだけイラっとする。しかし、感情的になっても仕方がない。今屋宮がするべきは少しでも多く情報を集める事。悪魔や魔法について右も左も知らぬ屋宮にとって、有識者に囲まれて誰に聞かれる心配も無く質問できるというのは、願っても無い状況だった。
「古より人類や天界と度々衝突してきた、魔界最古参の悪魔達ですよ。たった一体で人間の国一つを滅ぼす程の力を持っていると言われています。七魔王の中でも序列があるらしく、数百年に一度、魔王同士で戦って序列を決め直すのだとか。その戦いが苛烈すぎて、力の弱い悪魔が人間界に逃げて来る事があるので、私たちとしては困ったものですが」
鈴瀬は自身の緊張を紛らわすかのように、饒舌に語る。屋宮としては国を滅ぼすだとか数百年に一度だとか、スケールの大きすぎる話で正直現実味を感じられずにいた。
「でも、真央はその七魔王本人じゃないんだろ?」
「ええ、アナタの彼女さんは七魔王ではなく、七魔王の娘と思われます。まあ、あくまでもそのマナの
「……マナの残滓?」
「魔法を使うと、使った場所の周辺や術を受けた本人から、術者のマナが検出できるんです。芦屋さんと土御門さんが追っていた、横岸市近辺で頻出する謎の昏倒事件で、被害者の身体から検出されたマナが魔王の子息と近かったんです。目撃証言から犯人の悪魔は少女だったという事で、我々は魔王の娘が人間を襲ってマナを奪っていると考えました」
「……俺も土御門も何度か戦ってるが、とても太刀打ちできねぇ。人数を揃えても、全員マナを吸い取られて昏倒しちまう。命を取られないのは幸いだが、一般人の集団昏睡は人間社会に甚大な影響を及ぼす。倒せない上に迷惑なヤツ。お前の彼女は俺たちの頭痛の種って事だ」
「はぁ」
鈴瀬の講釈と芦屋の嫌味を聞いていると、土御門の運転する車は湾岸に架けられた橋に差し掛かる。
「……来ましたね」
土御門が言うと周囲で異変が起こり始めた。
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