第25話~お迎え~


 朝。携帯電話の着信で屋宮やみやは目を覚ました。


 畳みかけるトラブルで精神的にも肉体的にも疲弊していた屋宮は、気怠い体に鞭を打って起き上がり、携帯端末を充電器から取り外して通話ボタンをタップする。


「おはようございます、屋宮さん。もうすぐ迎えに伺いますけど、支度とか大丈夫ですか?」


 電話の相手は鈴瀬すずせだった。昨夜は魔物から屋宮を助けた後、その処理までやっていたハズなので、帰りは相当遅くなっただろう。


 にもかかわらず、今朝も早くから行動しながらも声色一つ変えないところから、彼女のバイタリティーの高さがうかがえた。


「……今起きた」


 まだエンジンのかからない頭で何とか答える。鈴瀬は呆れているのだろうか、苦笑とも取れる声を漏らす。


「アパートの前に車を停めておきます。用意が出来たら出てきて下さい」


 通話が切れると同時に、屋宮は洗面所に向かう。鏡には疲れた自分の顔が映る。


 無理もない。この数日で屋宮は何度となく命の危険に出くわしたのだから。


 顔を洗いタオルで水滴を拭う。整髪料で毛先を軽く調えると、いくらかマシな自分になる。これなら、人前に出ても恥ずかしくないだろう。


 買い置きのゼリー飲料で簡易的な朝食を済ませ、タンスから適当に衣服を取り出す。しかし、シャツとズボンの色合いが被り、新たに別の物を取り出し着替える。


 財布と携帯端末をポケットに押し込むと、屋宮は手ぶらで表へと出る。アパートの階段を降りた先に、すっかり見慣れてしまった黒塗りの車が一台、ハザードを焚いてとまっていた。


 しっかりとした足取りでその車に近寄ると、助手席の扉が開き鈴瀬が顔を覗かせる。


「おはようございます。後ろ乗って下さい」


 鈴瀬に促され、後部座席の扉を開く。


「うわぁ」


 屋宮は思わず声を上げる。二人掛けの後部座席には、あの芦屋あしやと名乗った体格の良い厳つい男が座っていた。


 芦屋は声を上げた屋宮をギロリと睨みつける。


「早く乗れ」


「……はい」


 委縮しつつ後部座席に乗り込むと、エンジン音と共に車は走り出す。運転席には見知らぬ男が座っているが、ダークスーツを着用している事からお昼寝商事の仲間なのだろう。


「それで、この後は?」


 屋宮は鈴瀬に向けて尋ねる。


「既に彼女さんにはメッセージを送っています。屋宮さんの身柄を我々が確保したと知れば、本社に姿を現すでしょう。素直に交渉の席についてくれるかは分かりませんが……」


「そのために俺が必要だった。だから何度も俺を捕まえようとしたんだろ?」


「フン。お前があの悪魔にとって価値があればだがな」


 芦屋が口を挟む。


「大丈夫です。あの悪魔は私から屋宮さんを守るために力を使いました。今回も必ず同じ事をするでしょう」


「……その時に、どこかのバカが手柄を独り占めしようしなければ、今頃は魔王の娘を何とかできたのにな」


 芦屋が嫌味ったらしく言うと鈴瀬は咳払いをして誤魔化す。屋宮は鈴瀬に部屋に押しかけられて縛られた事を思い出し、思わずため息を漏らす。どうやらあの日の事は、鈴瀬の独断専行だったらしい。


「あの日はどうして俺に目を付けたんだ?」


「……会社帰りに喫茶店から出てきたカップルの片方が、異常なマナを放つ悪魔だったので後をつけました。駅でそのカップルが別れるときに、翌日の約束を取り付けていたので、弱い方を人質にすれば簡単に撃退スコアを稼げると思って……まさか芦屋さんのチームが追ってる大物悪魔だったとは思いませんでした」


 なるほど。屋宮は色々と合点がいった。つまり、自分が鈴瀬に襲われたのは偶然の産物であり、真央はこの状況を予期していなかったという事だ。きっと真央も、屋宮が狙われるようになって、どうしていいか分からず困惑しているのだろう。ならば、交渉の余地はある。


「バカが。組織力こそ人間がバケモノに勝っている唯一の長所だと何度も言ってるだろ」


「そうですよ。ホウレンソウは社会人の基本です」


 車を運転する男が初めて口を開く。見た目は若く飄々とした雰囲気だが、穏やかな物言いから信用できそうな大人だという印象を受ける。


土御門つちみかどてめぇ……横岸よこぎし駅前のショッピングセンターで魔王の娘が見つかった時、俺様に先んじて部隊を動かした癖に、よくもそんな口が聞けたな! 俺たちが駆け付けた時には、人除けの結界の中で全滅してたじゃねぇか!」


 芦屋は運転席を後ろから蹴りつける。まるでヤクザだ。


「勘弁してくださいよ。ちゃんと反省してますって。それに、芦屋さんだって、その後対象に逃げられてるじゃないですか」


「まぁまぁ、幸い死傷者は出なかったんですから、良しとしましょうよ」


 言い合いを始めた二人を鈴瀬がたしなめる。大の大人たちが自分たち学生と同じように、つまらない言い合いで盛り上がっている様子がおかしくて、屋宮は思わず笑いを溢す。


「ああ、テメェ……何笑ってんだ!」


 芦屋に凄まれてヤバいと思った瞬間、助け舟を出すように屋宮の携帯が鳴る。ポケットから端末を取り出すと、着信の相手には真央まおの名前が表示されていた。

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