第24話~虎穴に入らずんば虎子を得ず~


 帰宅した屋宮やみやは開き直る気持ちで、真央まおに買ってもらった新品のカーペットに座していた。


 今夜、寝込みの屋宮を狙ってお昼寝商事の連中はやって来るだろうか。いいや、来るなら来い。もう状況を進展させるには、連中に捕まるしか道はないと考えていた。


 理子とコンビニで別れてから、帰りの道すがら真央へと電話をかけていた。要件はもちろん、屋宮が追われている現状についてだ。


 鈴瀬すずせから聞いた話では真央は悪魔であり、お昼寝商事は真央を討伐する為に屋宮を人質にしようと考えていた。初めは悪魔なんて突飛な存在を語られて、頭のおかしい連中に目を付けられたと辟易していた。しかし、ラーメン屋の外で悪魔の使いだという魔物に襲撃され、半信半疑ながらも悪魔という存在が実在するのかもしれないと考えを改める。


 けれども、真央が悪魔だというのは敵である鈴瀬からもたらされた情報だ。本当に真央が悪魔なのかどうかは、本人に聞いてみないと分からない。


 だから、本人に聞くために電話をした。そして、返って来たのはお留守番サービスの案内の自動音声だった。


 昼間に微妙な別れ方をしたこともあり、気まずいのは分からないでもないが、真央が無視を決め込むならば仕方がない。こちらにも考えはある。


 お昼寝商事の連中は、屋宮を捕まえるまで永遠に追いかけて来るだろう。もしも真央が本当に悪魔で、屋宮を助ける意思があるのなら、逃げ切る事もできるかもしれない。しかし、その真央と連絡が取れないのなら、屋宮としては状況を打破する術はお昼寝商事に捕まるしかないだろう。


 もういっそのこと、こちらからコンタクトを取ってしまおうか。その方が不意の襲撃に怯える心配はなく、ゆっくり休めそうだ。


 屋宮は二枚の名刺を取り出す。片方は、あの芦屋あしやとかいう男のもの。周囲の人間に指示を出していたところから立場は偉いのだろうが、部屋を踏み荒らされた経験からこの人物に対する印象はあまり良くない。

 

 ならばこちらと鈴瀬の名刺を見る。しかし、彼女は彼女で屋宮に幻術を掛けたり、部屋に押し入られたりと散々迷惑を掛けられている。


 だが、あの魔物とかいう巨大なバケモノから屋宮を助けてくれたのは事実であり、鈴瀬なら多少は信頼しても良いと思い始めていた。


 鈴瀬の名刺に書かれていたのは携帯の番号のようだったので、おそらく本人に直通だろう。屋宮は意を決して、名刺に書かれている番号を入力する。


 数コールの後、音声がコール音から通話状態へと切り替わる。


「もしもし。お昼寝商事に追われている屋宮という者ですが、鈴瀬さんの番号で間違いないですか?」


 屋宮は皮肉を込めて言い放つ。もしこれが間違った相手に繋がっていた場合、相当な恥じになるだろう。


「……驚きました。まさか屋宮さんから電話が来るなんて」


 鈴瀬は皮肉に動じることなく、冷静に答える。


「そりゃあ、番号を教えてもらったんだから電話ぐらいするだろ。……あの魔物の後処理は大丈夫なのか?」


「ええ、無事に本部が回収してくれました。ついでに、屋宮さんに差し向けた人員もね。三人ともしばらく入院する事になったけれど、彼女さんに助けてもらったのかですか?」


 やはりあの追手は鈴瀬の指示で屋宮を襲ったらしい。助けに入った理子の手でアクション映画さながらに痛めつけられていたが、鈴瀬の口ぶりから命に別状はなさそうだ。屋宮はその事には胸を撫でおろしながらも、急に鈴瀬の事が信用ならなくなってきた。


「なあ、お前たちは真央をどうしたいんだ? その……殺すつもりなのか?」


「……答えにくい質問ですね。できれば悪魔には死んで頂いた方が私たちは安心できます。まあ、交渉次第では穏便に魔界に帰ってもらうのも選択肢としてはありかもしれません」


「魔界?」


「ええ、地獄とも言うわね。悪魔達が支配する混沌の世界よ」


「はぁ……そんなゲームか漫画みたいな……」


「悪魔が居るのだから、別の世界ぐらいあってもおかしくないでしょう?」


 そんな当然の事の様に言われても、異世界の存在なんて突飛すぎて素直に受け入れることが出来ない。まあ、そんな事を言ったら悪魔だとか魔法も初めはペテンだとばかり思っていたのだが、今ではその存在を受け入れてしまっているのだが。


 さて、問題はお昼寝商事が考える真央の処遇についてだ。前者は論外として、後者も困る。せっかく真央と付き合えたのに、こんな訳の分からない連中に仲を引き裂かれては堪らない。


「……何とか真央がこの世界に残れて、なおかつお前らから追われなくなる方法って無いのか?」


 何度も襲われてる相手にこんなことを聞くのもおかしな話だが、真央が頼りにならない以上、屋宮が相談できるのは襲い来る当人だけだ。


 まともな返答を期待していた訳ではないが、鈴瀬は悩む様に少し間を開けて、言葉を続けた。


「一応、無い事は無いですけど……おそらく彼女さんは我々の提案を受け入れる事は無いでしょうね」


 そして鈴瀬は、真央がこの世界に留まる為の条件を提示した。

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