第23話~誘惑とアイスコーヒー~


「ねえ、もしかしてだけど、つるぎ君はあの連中に家がバレてたりするのかな?」


 理子りこはガムシロップをたっぷり入れたアイスコーヒーをストローで吸いながら、屋宮の身を案じる様に言う。


「あ……ええっと……どうしてそう思うんですか?」


「これも勘だね。でも今の剣君の様子から確信したよ」


「……随分勘がいいんですね。ギャンブルでもやってみたらどうですか?」


 皮肉を言いつつも冷静に考えてみると、確かにお昼寝商事の連中に屋宮のアパートは特定されていた。昨夜、鈴瀬すずせにストーカーされて自宅に押し掛けられたし、今日も警察に通報したハズが、鈴瀬の同僚と思わしき連中が訪ねてきた。


 先ほどの襲撃の意図は、真央まおとの闘いに備え、屋宮を人質にしようというものだろう。鈴瀬の口ぶりからも、明日何か仕掛けるような事が伺えた。


 つまり、このまま家に帰っても安全とは言えないかもしれない。暗にその事を指摘しているのだろう。


 確かに、帰り道で屋宮を拉致しようとする連中の事だ。今夜、部屋に押し入って来る可能性も否定できない。


 しかし、その事をどう説明しようかと屋宮が言いよどんでいると、理子は言葉を続ける。


「もし剣君が身の安全を確保できないのなら、お姉さんとしてはこのまま帰すわけには行かないよ」


 理子は期待に満ちたように目を輝かせながら、屋宮にぐっと近寄る。


「今日は私の家に泊まりなさいね」


「えっ?」


 思いもよらない方向に話が進み屋宮は思わずたじろく。一体何がどうすれば、屋宮の身の安全と理子の家に宿泊することが結びつくのだろうか。


「何をそんなに驚いているのよ」


「いや、だって……」


 理子は少し不思議な印象を受ける女性だ。それでも、男である屋宮が女性である理子の部屋に一晩泊めてもらうという事に抵抗を感じない訳が無い。一体どこまで本気で言っているのだろうか。


「だってじゃないよ。このままじゃ、剣君が何か酷い目に遭うかもしれないからね。私のマンションならオートロックだし、警備会社との契約もしてるから安心だよ」


「……心配してくれるのはありがたいですが、流石に迷惑だとおもうので遠慮しておきます」


 本音を言えば真央に遠慮しての事だが、彼女が傷つきそうだから女性の部屋に泊まるのは嫌です、とは言いにくかった。


「そう……なら、私が剣君の部屋に泊まるのはいいよね?」


「い、いや、何でそうなるんですか。ロデリーコ先輩も危険な目に遭うかもしれないのに」


「何でって、私なら大体の人なら撃退できるよ。これでも、鍛えてる方だからね」


 あの巨漢たちをアメリカ映画さながらに撃退できるのは、どう考えても普通の鍛え方では無いだろう。屋宮は心の中で突っ込みを入れつつ、問題はそこではないと思考を元に戻す。


「それは分かりますけど……」


「だからさ、今晩は私が剣君の部屋に泊まってボディーガードをしてあげるよ」


 理子としては折衷案を出した気になっている様子だが、根本的な問題は何も解決していない。


「それも遠慮しておきます。昼間に色々あって、今日は部屋が荒れてますので……」


 真央と共にある程度は掃除をしたものの、お昼寝商事の連中に部屋を踏み荒らされたのだからこの言葉は嘘ではない。


 しかし、理子は食い下がる。


「多少汚くても気にしないよ。私の部屋だって、そんなに褒められた状態じゃないしね」


「いえ、大丈夫ですから。俺の身を案じてくれるのは嬉しいですけど、流石に異性の先輩を部屋に泊めたって彼女にバレたら、何言われるか分からないんで。それに、この時間からでも押し駆ければ泊めてくれる男友達は何人かいるんで、今日のところはそっちに身を寄せようと思います」


 屋宮は強い意志を持ってきっぱりと断りの姿勢を見せる。もしもこれが数日前……真央からの告白を受ける前であれば、きっと期待に胸を膨らませながら理子の提案を受け入れていただろう。


 しかし、誠実と真面目が服を着て歩いているような堅物の屋宮にとって、例え何もやましい事がなかったとしても、理子と一夜を共にするのは真央への裏切りを意味していた。


「……お姉さんとしては心配だけど、これ以上強く言ったら剣君に嫌われそうだし、今日のところは勘弁してあげるね」


 ここまで言って、ようやく理子は引き下がる。その表情はどこか残念そうだった。


「ただし、何か困ったことになったら連絡してね。すぐに駆けつけるよ」


 きっと理子の心配する気持ちは本心だろう。昨日知り合ったばかりの屋宮をここまで気にかけてくれるのは、些かお節介が過ぎるとも思えるが、それは理子の性格なのかもしれない。


 ゆえに屋宮は罪悪感を感じてしまう。友人の家に泊まるという言葉は、理子を納得させるための嘘なのだから。屋宮は今夜、自分の部屋で襲撃を待ち受ける事に決めていた。


「それじゃあ、俺はそろそろお暇します。助けてくれて、ありがとうございました」


「うん……本当に気を付けてね」


 屋宮は理子に頭を下げ、飲み終えたコーヒーのカップを捨てるとその場を後にした。

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