第22話~朧は最高に中二心をくすぐられる漢字~
お昼寝商事の追ってから
屋宮は久々に全力で走ったという事もあり、店内の涼しい空気で乱れた息を整えていたが、理子は随分と走ったというのに汗一つかいていない様子だ。
「
「えっ、ああ。ならアイスコーヒーで……」
「ちなみに私は酎ハイを飲むつもりだよ。ほら、剣君も付き合ってよ」
「俺、浪人してないんで未成年ですよ。飲んだら俺だけじゃなくて飲ませた先輩も同罪になりますから」
「いいじゃん、一緒に悪い事しようよ」
理子は悪戯っぽい上目遣いで屋宮を見る。どこか無邪気で期待に満ちた眼差しに、屋宮は思わずドキリとする。
「……自腹でいいんで、アイスコーヒーにします」
「ちぇ、真面目だね。いいよ、買ってあげるからちょっと待っててよ。あ、これ持っててね」
理子は不服そうに口を尖らせながら、持っていた手提げ袋を屋宮に預けると店内の奥へと進んでいく。屋宮は理子の言葉に甘えて、イートインコーナーに腰掛ける。
それにしても、あの巨漢を殴り倒した腕力は一体何だったのか。真央もそうだが、最近の女子たちの間では格闘技を習う事でも流行っているのだろうか。
ふと座席の前の注意書きが目に入る。そこに飲酒は禁止である旨の記述を見つけ、理子が酎ハイを飲むのなら外に出た方が良いかと思案する。
「待たせたね。興ざめだから私もコーヒーにしちゃったよ」
理子は嫌味ったらしく言いながらアイスコーヒー二つを持って屋宮の隣に座る。
「ありがとうございます。……これ、何買ったんですか?」
屋宮は先ほどの事件について聞かれる前に別の事へ話題を逸らそうと、理子から預かっていた手提げ袋について尋ねる。
「これね。今日は服を買いに行ったんだよ。ムーンポップスってところのがお気に入りなんだよ」
「ああ、知ってます。横岸駅前のデパートに入ってますよね」
理子は驚いたような表情を浮かべる。屋宮が女性もののブランドを知っていた事がそんなに意外だったのだろうか。
「へぇ、良く知ってるね。彼女さんが好きだったりするのかな?」
「いや……妹のお気に入りがそこなんです。彼女もムーンポップスが好きかは知りません」
「……これはお姉さんからのちょっとした助言だけど、彼女さんの好きなお店は把握しておいた方がいいよ。ちょっとしたプレゼントで、ハンカチとかアクセサリーとかの小物を選ぶとき、剣君が選ぶのが楽になるからね」
確かに、と屋宮は心の中で感嘆する。
「今度聞いてみます」
「それより、剣君は何買ったのよ? 随分な荷物みたいだけどね」
「……色々あって自宅の絨毯が汚れちゃって。昼は替えの物を彼女と見繕いに行ってたんです」
「ふぅん。それで、帰りに悪漢に襲われたと……昨日も剣君って殺されかけてたけど、なんか裏でヤバい事やってるのかな?」
裏でヤバい事とは、一体何を想像しているのだろうか。
「いや、やってないです」
「それじゃあ、何で二日連続で事件に巻き込まれているのよ? その彼女さんが原因?」
「理論が飛躍しすぎです。どうして俺の彼女と俺が襲われる事が関係あると思うんですか?」
実際にその想像は図星なのだが、理子がその結論に至る情報を持っているとはとても思えない。
「……年長者の勘だね」
「年長者って言っても、俺と数年しか変わらないじゃないですか。そこは女の勘とでも言ってくださいよ」
「女の勘を養えるほど、周りから女扱いされてないからね。でも、その様子だと年長者の勘は当たったみたいだね」
周りから女扱いされていないという言葉が引っかかる。確かに理子は変わった性格をしているが、魅力的な容姿なのだから言い寄って来る男性も多いのではないだろうか。
「悪いのは俺の彼女じゃないですよ」
真央の名誉の為に一応言っておく。もっとも、理子と真央が関わり合う事は無いのだろうから、気にしなくてもいいかもしれないが。
「どうだろうねぇ。剣君にそんな迷惑をかけてる時点で、悪い彼女さんだと思うけどね」
「……そんなことないですよ。真央はいいヤツです」
性格は悪いかもしれないけど、と心の中で付け足す。
「へぇ、真央ちゃんね。それじゃあ聞くけど、その真央ちゃんは剣君が危険な目にあってる問題を解決しようと、真剣に動いてくれているのかな?」
その問いに対して、屋宮は即答することができなかった。
きっと真央なりに屋宮の身を案じてはくれているのだろう。だが、事情を尋ねてもはぐらかされるばかりで、屋宮が状況を把握できたのは敵である鈴瀬から話を聞けたからだった。
「……きっと彼女にも事情があるんですよ」
「……彼女さんの事を愛するのは結構だけど、それで剣君が傷つくようなら、別れるって事も考えた方がいいと思うよ。剣君、さわやか系のイケメンでスタイルもいいんだから、乗り換える先なんていくらでも有るでしょう?」
「俺、そんなモテませんよ」
言葉の前半にはあえて触れず答える。屋宮にとって、それは考えたくない事だから。
理子は顔を近づけて屋宮の目を見る。
「な、何ですか?」
「……月が綺麗ですね」
「は、はぁ?」
屋宮は理子から目を逸らしガラス越しに空を見上げる。ちょうど空には雲がかかっており、ぼんやりとした光で月の位置こそ把握できるものの、その姿を見る事は叶わなかった。
「月、見えなくないですか?」
「季節によっては
理子は心底うんざりしたように深いため息をつきつつ、口を尖らせながらそう言った。
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