第20話~永遠に繰り返す一難去ってまた一難~


「それで……これで元の世界に戻れるのか?」


 熊の魔物が横たわる路上で、屋宮やみや鈴瀬すずせに尋ねた。


「はい。この結界の所有権を持つ魔物が無力化されたので、しばらくすれば結界は消失します。今は私の生命素マナで結界を維持していますが」


「おい。何でせっかく帰れるのにお前が結界を維持してるんだよ!」


「だって、今この結界が消失したら、道路の真ん中に巨大な熊が出現する事になるじゃないですか。町の人たちとかびっくりして、腰抜かしちゃいますよ。この身柄をどうにか出来るよう、私は応援を呼んで来るので、屋宮さんは先に元の世界に帰っていてください」


「ああ、それならお言葉に甘えて……って、どうやって帰ればいいんだよ」


 屋宮が悪態をつくと、鈴瀬はため息をついて見せる。


「そうですよね。屋宮さんは普通の人間ですから、自力で帰れませんよね。送っていくのでちょっと待っていてください」


 鈴瀬は携帯を取り出し、どこかへ電話を掛ける。何やら小難しい言葉で何を言っているのか分からなかったが、どうやらこの空間でも電話を掛ける事は可能らしい。仲間に魔物の処理の手配をお願いしているのだろうか。


 屋宮は熊の魔物を見上げる。横たわっていても、その威圧感は並々ならぬものであった。今にも再び動き出して、襲い掛かってきそうだ。


「……おまたせしました。それじゃあ、屋宮さんだけ元の世界に転送させますね」


「……なあ、この熊はもともと普通の動物だったんだよな。これからどうなるんだ?」


 悪魔に利用された挙句、人間に捕まった魔物がどこか哀れに思え、屋宮は思わず聞く。


「魔物は一時的な生命素マナの暴走になっているだけで、きちんとした設備で治療を施せば元の生物に戻れます。この熊さんも、元の姿に戻ったら自然に返すか、難しければお昼寝商事の経営する動物園で飼育する事になるでしょうね」


「随分と有情なんだな。真央まおや俺の事は殺そうとした癖に」


「私たちは殺しが目的ではありませんから。あくまでも世の理に反する悪魔から秩序を守るのが仕事です。だから、屋宮さんは人質として捕らえるのが目的で、滅するのは彼女さんの方だけです」


「……そんなに真央はこの世界にとって邪魔なのか?」


「当たり前じゃないですか。今回差し向けてきたのは魔物化した動物でしたけど、これと同じことを人間でやったと考えてみてください。魔物化させられた人間が街中で暴れれば、逮捕されるのはその人間で悪魔はお咎めなしです。そんな悲劇を生み出さない為にも、悪魔はこの世界から消えて貰わなくちゃいけないんです」


「……」


 屋宮は反論しようと考えたが、確かに鈴瀬の言葉には説得力があった。鈴瀬の話が全て事実とは限らないが、全てが嘘とも言い切れない。この限られた情報の中で、真央を庇う事が出来ないことが歯がゆくて仕方がない。


「さて、それじゃあ屋宮さんだけ元の世界に転送しますね。また近いうちにお会いしましょう」


 鈴瀬が指を鳴らす。すると、屋宮が瞬きする間に世界が切り替わる。周囲は雑踏で溢れかえり、休日の夜を謳歌する人々や自宅へ帰る人々で溢れかえる、いつもの夜の商店街にもどっていた。


「……流石にドッキリでここまでの事はできねえよな」


 ラーメン屋の会話ではまだ魔法や悪魔の存在を信じきれていなかった屋宮だが、瞬きをしている間に周囲の様子がガラッと変わっていたり、巨大な魔物に襲われたとなれば、もはや疑いは薄れて来る。


 もしもこれが推理小説ならば、どんな落ちが付くだろうか。薬物による幻覚か、屋宮一人をターゲットにした壮大な陰謀ぐらいしか思いつかない。どちらも、非現実的すぎて、三文小説にもならないだろう。


 屋宮は真央から受け取った紙袋がまだ手元にある事を確認し、人々の行きかう道を歩き始める。ほぼ丸一日ぶりに食事を取った為、胃に血液が集中し眠気を催していた。もはや一生分の不運が昨日と今日に集中したのではないかと思えるほど慌ただしい二日間を過ごし、一刻も早く落ち着いて眠りたかった。


「……そういえば、昼に少し寝たんだっけ。疲れが取れてないのは、アイツが言っていた生命素マナと何か関係があるのかな?」


 商店街から自宅に向かう道を歩いていると、見覚えのある黒塗りの車がエンジン音を立てながら近づいてきた。周囲には住宅があるが、人通りは少ないエリアだ。車が屋宮の行く手を阻む様に止まると、中からはラグビー部を思わせる体格の男たちが数名降りて来る。


「屋宮剣だな。一緒に来てもらおうか」


 男の一人がどすの利いた声で言う。あの芦屋とかいうリーダー格の男は居ない。


 屋宮は何となく事情を察した。さっき鈴瀬が電話を掛けたのは、魔物の処理の話だけでなく、屋宮の身柄を押さえるよう指示を出していたのだろう。あの場で屋宮を捕らえなかったのも、魔物の処理を優先させたからだろうか。


 冗談じゃない。こんな所で捕まって、真央の足を引っ張る訳にはいかない。屋宮は踵を返して走り出す。


 しかし、相手は体格の良い男が三人である。日頃から鍛えているのだろうか、屋宮の全力ダッシュに軽々と追いつき、男の一人が屋宮の腕を掴む。


 必死で抵抗しようとするが、同じ人間とは思えない腕力で握られ思わず声を上げる。


「は、放せ、クソ!」


「……何やってるのかな?」


 女性の声が聞こえ、屋宮と男たちが声の方に視線を移す。


 そこには、昨夜屋宮が出会った先輩、路手理子みちてりこの姿があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る