第19話~きちんと処理された熊肉はめちゃくちゃ美味しい~
人の気配が無い商店街というものは、どうにも不気味に感じられた。学生や地域の人たちが行きかう、昼間の活気を知っているからだろうか。
そんな音の消えた商店街を、二人は神経を尖らせながら歩いていた。
「……どうするんだ?」
「まずはこの結界の中を探索して、私たちを閉じ込めた相手を探すしかないですね。もし言葉の通じる相手なら、元の世界に戻してもらうよう交渉しましょう」
「もし言葉の通じない相手なら?」
鈴瀬はかぶりを振る。
「実力行使しかないですね」
煌めく刃を構えながら、鈴瀬は意気込むように言う。ビジネススーツの女性が日本刀を持ち歩いている姿は、何とも言い難いアンバランスさだが、武器を持った仲間の落ち着いた物言いとにどこか安心感を覚える。
いいや、この鈴瀬を信用しすぎるのはまずい。ついさっき、ラーメン屋の中で刃を突き付けられたばかりではないか。
「もし敵と戦闘になった場合でも安心してください。屋宮さんの事は私にできる限りの範囲で守りますから」
不審が表情に出ていただろうか。鈴瀬は屋宮を安心させようと、そんな言葉をかける。
「信用できないな。俺を守る事に、お前はメリットが無いはずだ」
「メリットなら有りますよ。屋宮さんは、私たちが狙う悪魔に対する人質として働いてもらわなくちゃいけませんから。こんな所でどこの馬の骨とも知れない相手に殺されては困るんです」
「ふん、そうかよ」
全ての人間が損得で動くとは考えていないが、明らかに敵であるはずの鈴瀬が屋宮を無条件に守るとは思えなかった。屋宮は自分が納得できる理由で守られている事が分かり、逆に安心していた。心情的には複雑な思いではあるが……。
そんな事を考えていると、突然鈴瀬が立ち止まる。
「どうしたんだ?」
「……獣の臭いです」
「獣?」
屋宮は鼻に神経を集中させるが、商店街に立ち込める独特な香りばかりで獣の臭いと分かるものは感じ取れなかった。
「俺には分からねえけど……」
言葉を発する最中に、金属がひしゃげる不快な音が間近で聞こえたかと思うと、鈴瀬が屋宮を蹴り飛ばす。訳も分からぬまま体が宙を舞い、数メートル後ろで仰向けに倒れる。
「な、なにを……」
起き上がり鈴瀬を見ると、屋宮が元居た場所のすぐ隣のシャッターが引き裂かれ、中から現れた毛むくじゃらの巨体と鈴瀬が対峙していた。よく見ると、屋宮が居た地点の路面が、毛むくじゃらの何かが振り下ろした腕で深くえぐれている。
「うわぁ! なんだよ!」
屋宮が情けない声を上げると、巨大な獣は屋宮へと視線を移す。
それは高さが三メートルは有ろうかという、規格外に巨大な熊だった。黒々とした毛並みは針金のように逆立ち、目は赤くぎらついていた。
「おい、この熊、なんか変じゃないか!!」
商店街のガードしたに獣が居る状況自体が変なのだが、その事を棚に上げ屋宮は叫ぶ。熊の種類に詳しい訳ではないが、動物園やテレビで見る生物とは一線を画す異常性がどこか感じられた。
「これは悪魔によって
「そ、その魔物がどうしてこんな所に居るんだよ!」
「それは……私たちを閉じ込めた悪魔が、自分の手を煩わす事無く私たちを始末する為でしょうね。っと、危ない」
熊の魔物は鈴瀬に腕を振り下ろす。鈴瀬はヒールを履いた足とは思えない軽やかな足取りでそれを避ける。
しかし、鈴瀬が攻撃を避けた隙に魔物は雄たけびを上げ、屋宮の方へと駆け出す。
「うおお、何でこっち来るんだよ!」
屋宮は情けない声を上げながら、慌てて立ち上がり逃げようとする。しかし、起き上がろうとした拍子に慌てて足を挫き、再び転んでしまう。
「雨雲一文字・
鈴瀬は離れた位置から何かしらの攻撃を熊の魔物に放つ。魔物は悲鳴とも取れる声を上げ、動きを止めた。
その隙に、刀を構えて肉薄し、背後から追撃を仕掛ける。
「雨雲一文字・
屋宮の目には魔物の背に軽い斬撃をくらわしたように見えた。しかし、その一撃で魔物の巨体は崩れ落ちる様に倒れ動きを止めた。
「や、やったのか?」
「それはフラグだからやめてください。ちゃんと行動を封じました。……立てますか?」
鈴瀬は屋宮に手を差し伸べる。固辞するのもどうかと思い、その手を取って起き上がる。
「……これ、どうなってるんだ?」
「幻斬は切った相手に幻術や幻覚を見せる魔法です。前に屋宮さんの家に上がらせてもらった時に使ったのと同じですよ。この熊さんも今頃は夢の中で気を失うような目にあっている事でしょう」
屋宮は嫌な事を思い出し、忌々しげに鈴瀬の事を睨みつけた。
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