第17話~悪魔や魔法が存在する世界~


「一体どういう事だよ……」


 ラーメン屋から人の姿が消えた。まるで不人気店の紹介PRのような文言だが、まさしく文字通りに人の姿が消えたのだ。


 客だけではない。先ほどまで厨房では数名のアルバイトスタッフが労働に勤しんでいたハズだが、彼らの姿も無い。もちろん、鈴瀬すずせに気がある様子の青年、山田も消えている。


屋宮やみやさん、私がこれだけ説明してあげてるのに、まだ自分の恋人が悪魔だって事を信じていませんよね? 私の事も、頭のおかしいお姉さんぐらいにしか思っていないですよね? そもそも、屋宮さんにとってこの世界が、今まで信じていたままの姿であると……悪魔や魔法なんて存在しない、唯物論ゆいぶつろんに準じた世界であると、思い込んでますよね」


 鈴瀬は重々しい鋼の刀を屋宮の首筋に突きつける。店内で鈴瀬の姿を見かけた時から、こういう展開になる事は覚悟していたつもりだが、いざ命に危険が迫ると緊張で背筋が凍りつく。


 いいや、落ち着け。鈴瀬が昨夜、公園で襲ってきたのは、真央に対する人質にする為だと言っていた。そもそも、鈴瀬は幻術がどうのと説明していたような気がする。


「……この刀も、店から人が消えたのも、お前が俺に見せてる幻なんじゃねぇのか?」


 屋宮は自分に言い聞かせるように言う。


「へぇ。確かにそうかもしれませんね。この刀は幻術で、私は屋宮さんを脅しているだけ。その可能性は有りますし、屋宮さんがそう思い込むのは自由です。ですが、屋宮さんはこの刀が偽物である確証も持っていませんよね。実はこの刀は本物で、私が右から左へ刃を動かせば、屋宮さんの命を奪う事が出来る。その可能性も残っていますよね?」


 確かに鈴瀬の言う通りだ。屋宮にこの状況が幻であるか確認する方法は無い。現実か幻か、その可能性は五分五分といった所だろう。二分の一の確率の天秤に、自分の命が乗っているというのは、何とも不気味な話である。


「……」


「黙っちゃいましたか。ええ、それでいいと思います。今はまだ、人質としての価値が有りそうな屋宮さんを殺す気はありませんが、屋宮さんはいずれ魔王の眷属として悪魔化するかもしれません。その前に、命を絶つことも選択肢の一つです。私の判断で屋宮さんの運命が決まるって事、しっかり覚えておいてくださいね」


 鈴瀬は得意な表情で刀を戻し、鞘に収めてテーブルに立て掛ける。まるでテニス部やラクロス部がラケットを立て掛けているような具合だ。


 しかし、そこに存在しているのは、人の命を奪うことを目的に造られたものだ。


「それで……どうしてこの店から人が消えたんだ? あのデパートで人が居なかったのと、同じ技術か?」


「ええ、人除けの結界です。古来の退魔師が使っていた技術ですが、人除けと言いつつ実際は現実世界のテクスチャを十一次元空間に転写して、特定のマナ周波数と同調する有機生命体だけ量子テレポーテーションの要領で移動させているんですけど」


「いや、分かるように説明する気が無いだろ!」


「えへへ、失敬失敬。分かりやすく言えば、現実っぽい別の世界に魔力のある人間だけ閉じ込める魔法です。今はこのラーメン屋の店内しか転写していないので、窓の外を見ると無限に続く深淵が覗けますよ」


 ぬけぬけと魔法という言葉を使われ、屋宮は肩を落とす。しかし、鈴瀬の言う通り、窓の外には商店街の光は見当たらず、宇宙の様に無限に続く闇が広がっていた。


 店員が消えた事は、店員を巻き込んだ壮大なドッキリとして説明がつく。しかし、この謎の空間はどうしようもない。もはや魔法の話は信じるしかないのかもしれない。


「……とりあえず、お前が変な技術を持ってる事は認めてやるよ。だけど、悪魔とかいう存在が居る事と、真央がその悪魔だって事はまだ信じられねえ」


「ふうん。以外と強情ですね。私としては、屋宮さんには悪魔の脅威を理解してもらったうえで、穏便に協力してもらいたいのですが」


「明らかに彼女の敵だと宣言する相手に協力する彼氏がいると思うか? というか、協力って具体的に何をさせるつもりなんだ?」


「協力と言っても簡単な事です。あの魔王の娘の居場所を逐次報告してください。それと、魔王の娘とは早々に縁を切った方が良いですよ。この空間に入れている時点で、屋宮さんには僅かに魔力が有りますから。もし何かの間違いで契約を結んでしまえば、屋宮さんも悪魔化してしまうのですかわ」


「……真央と別れろってのは聞けない相談だな。それに、アイツが悪魔だなんて話も信じられねえ」


「魔法が存在している時点で、私の話には信憑性があると思いませんか?」


「話の一部が本当だからって、部分的に嘘をついていない可能性はあるだろ。俺はお前の事を信用できないね」


 鈴瀬はため息をついて肩を落とし、残ったラーメンを完食する。屋宮もその隙に自分の分を平らげた。


「ふう。ごちそうさまでした。それじゃあ、確かめてみますか。屋宮さんの恋人が悪魔だって証明してみましょう。明日、屋宮さんの目の前で彼女さんを襲撃しましょう。私は万全の態勢で臨みますから、この前の様にはなりません。身に危険が迫れば、あの悪魔も馬脚を現す事でしょう」


 鈴瀬は名刺を屋宮に手渡す。


「……お前の上司の芦屋とかいうヤツも名刺渡してきたな」


「えっ、芦屋さんから名刺貰ってたんですか?」


 鈴瀬は驚いたように声を上げる。その様子に、妙な違和感を覚える。


「何か問題でもあるのか?」


「い、いえ。ええっと……私たちにとって悪魔との闘いはビジネスですから。連絡先の交換は名刺の方が主流です。私とプライベートで仲良くするつもりなら、SNSのアカウントを交換しましょうか?」


「冗談きついぜ」


 屋宮は受け取った名刺をポケットにしまった。

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