第16話~密談はラーメン屋で~


「それで、悪魔ってのは? 何かの比喩か?」


 ラーメンをすすりながら、屋宮やみや鈴瀬すずせに尋ねる。例え支離滅裂な回答が返って来ようとも、とりあえず相手の言い分を聞いておきたいと思ったからだ。


「比喩も何もありませんよ。よく漫画やゲームに登場する、強い敵キャラのイメージがあるじゃないですか。あれがそのまま現実の悪魔ですよ」


「……やっぱり中二病?」


「ち、違う! あれは屋宮さんがネタ分かってくれると思って……」


 鈴瀬は先ほどの行動を恥じているのか、赤面しつつ視線を逸らす。なんだか


「まあいいや。それで、悪魔ってのは実在するって事でいいのか」


 屋宮は心の中で「お前の妄想の世界では」と付け加えていた。


「実在も何も、悪魔によって引き起こされる事件は国際的な問題になっているのですよ! 奴らは超常的な力を見せびらかして、その力に魅入られた人々を甘言で騙し、意のままに操る。そして、人間にしか生み出せない生命素マナを奪い、時には人間を眷属として悪魔の一種に作り替えたり、もう人間社会に与える影響も考えないで好き勝手やりたい放題! 本当に最悪な連中なんですよ!!」


 鈴瀬は拳を握り熱弁する。随分と想像力が豊からしい。


「それで、その悪魔は具体的にどんな悪さをするんだ?」


「人を喰う、攫う、操る。まあ、基本的に法治国家におてい犯罪とされる行為はだいたいやりますよ。ほら、最近だと横岸よこぎし市で集団卒倒事故が時々起こってるじゃないですか。あれも猛暑日のせいって事になってますけど、実際には悪魔に襲われた人たちがマナを失って倒れちゃってるんですよ」


 卒倒については若干心当たりが有り、屋宮はドキリとする。あの誰も居ない地下街で真央に目隠しをされた瞬間に、屋宮は意識を失っていた。


 もしあの時の出来事が屋宮の勘違いだったとしても、その後の真央の行動は不可解だ。恋人が突然倒れたら普通は救急車を呼ぶだろう。そうしたら、屋宮が目を覚ますのは病院のベッドの上だったはずだ。


 なぜ真央は屋宮を病院へと運ばず、わざわざビジネスホテルという選択肢を選んだのか。


「そのマナを奪うって言うのは、どういうふうにやるんだ?」


「んー、悪魔の種類によりけりですね。下級の存在は人間の肉を喰らう事でマナを吸収しますし、中位だと血を吸ったり、ええっと……男女の営み的な方法でマナを奪うヤツも居ます。最上位に位置する七魔王やその直系だと、近づいたり触れられたりしただけでマナを奪えたりします。本当に厄介なんですよ……」


「ふーん、随分と凝った設定してるんだな。それで、そんなに悪魔に詳しいお前は何者なんだ?」


 鈴瀬は自信満々といった様子で胸を張りながら得意な表情を浮かべる。


「よくぞ聞いてくれました! 私の名前は鈴瀬あかり! この世界の裏側で悪魔と戦い続けている秘密結社、白夜機関びゃくやきかんの構成員です! 普段は白夜機関傘下のカバー企業お昼寝商事で働いていますが、バリバリのキャリアウーマンは世を忍ぶ仮の姿なのです!」


 ここにきてようやく聞いた事のある名前が出てきて、屋宮は警戒を強める。


「……お昼寝商事か。何やってる会社なんだ?」


「ええっと、一応総合商社なので幅広くやってますよ。エネルギー関係、物流、小売、変わり種だとアパレルも手を出してたり。女性ものですけど、ムーンポップスってブランド、知ってたりしません?」


 知っているブランドに思わず「ああ」と相槌を打つ。どうやら、お昼寝商事というのはカバー企業と言いつつも実態のある会社らしい。しかし、聞きたいのはそういう事ではない。


「それで、そのお昼寝商事のバリキャリさんがどうして俺の事を襲ったんだ?」


「そんなの、屋宮さんが人質として価値が有りそうだったからですよ。今私の所属する芦屋あしや組は横岸市で起こっている集団卒倒の事件を担当しているんですけど、これが中々難航してまして。というのも、犯人と思われる悪魔は強大な力を持った魔王の娘でしたから。実力行使で解決しようにも、お昼寝商事の戦力じゃあ返り討ちに合ってお終いでした」


 鈴瀬は半分以上減ったラーメンに箸を伸ばし、一口食べてから再び話を再開させる。食べたり話したりと忙しいヤツだ。


「いやあ、驚きましたよ。犯人と目されている魔王の娘を追っていたら、その悪魔がおしゃれな喫茶店で男子に告白したんですもの。しかも、随分その人間の男の子にお熱みたいで、もう笑いをこらえるのが大変でした。この人間を人質にすれば、あの魔王の娘に対して有利に立ち回れる。そう判断して家まで押しかけてみました」


「なるほどな。うんうん、納得納得……」


 屋宮は適当に相槌をうちつつ、自分のラーメンをすする。もちろん、納得なんてできる訳が無い。しかし、この鈴瀬から情報を引き出すためには話を合わせなければならない。


「でもいいのか? 俺にそんな色々と教えちゃって……」


「ん? 別に問題ないですよ。屋宮さん、まだ普通の人間みたいですし、必要になればいつだって殺せますから」


 鈴瀬はそう言うと、ポケットから日本刀を取り出して見せた。明らかに物理法則を無視した場所から武器が出てきて、屋宮は顔色を変える。


「ちょ、ちょっと待て。ここには人が……」


「ええ? ちゃんと人払いは済ませてありますよ?」


 屋宮が周囲を見渡すと、あの地下街と同じように店内から人の姿が消えていた。


 

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