第14話~飲食店で知り合いに会うと気まずいよね~


 目を覚ますと、そこは知らない部屋だった。


 落ち着いた色調の壁に、机やテレビ、電子ポットにアメニティ。ベッドに横たわる屋宮は、すぐにここがビジネスホテルであることを悟る。


 身を起こして周囲を見渡す。屋宮やみやの隣にはもう一つベッドが設置されている事から、ここはツインの部屋だと思われる。窓からは朱色の光が差し込み、今が黄昏時であることを知らせていた。


 屋宮は記憶を掘り返し、自分が意識を失った時のことを考える。


「確か、地下街に出たら誰も居なくて、エレベーターから追っ手が来て……真央まおはどうした!?」


 あの不可思議な状況の中、何かを知った様子の真央。きっとここに屋宮を運んできたのは彼女だろう。


 しかし、真央の姿は見当たらない。


「くそ、昨日から一体何がどうなってるんだよ」


 もしかすると、この場に屋宮を運んだのは真央ではない可能性もある。何にしても、情報は皆無であり、微かに残ったチリのようなヒントから状況を推察できる頭脳を屋宮は持ち合わせていなかった。


 ベッドから立ち上がろうとした時、全身に気だるさを感じる。思えばもう丸一日の間、何も口に入れていない。


 流石に命の危機を感じ、備え付けの冷蔵庫を開ける。流石に食べ物は入っていなかったが、ペットボトルの水が用意されていた。


 屋宮はそのペットボトルを取り出すと、キャップを開け、まるで浴びるかのような勢いで飲み干す。冷たい水が喉を通る度、命が吹き返してゆくのを感じる。


 扉が開く音が聞こえ、屋宮に緊張感が走る。


「あっ、起きたんだ」


 そこには昼と変わらぬ様子の真央の姿があった。家具の量販店のロゴが印字された、大きな紙袋を持っている。中身は大体予想がついた。


「……説明してくれるよな?」


「……これ、たぶん屋宮君の部屋にあったのと同じカーペット。うろ覚えだから違ったらごめんね」


 屋宮は紙袋を受け取りつつ、真央を睨みつける。


「ありがとう。でも、俺が聞きたいのはそんな事じゃないって分かるよな? この状況はどういう事だ?」


「ええっと……屋宮君、急に倒れたんだよ。ここまで運んで来るの、大変だったわ。でも、最近のビジネスホテルって、昼間だけの利用もできるのね。ユースデイっていうらしいわよ。カップルプランが有ったから、それにしちゃった」


「なあ、真央。俺があの時の事を覚えてないと思ってるのか?」


 真央はいじらしく目を逸らす。今までの事を考えるとあり得ない状況だが、この場に置いての力関係は圧倒的に屋宮が優勢だった。


「……ごめん」


「謝らなくていいから、納得のできる説明をしてくれよ」


「……もう帰らなくちゃ。ここの料金はもう払ってあるから、鍵だけフロントで返して頂戴。それじゃあ、また月曜日に大学で会いましょう」


 真央は屋宮から逃れる様に部屋から出ていこうとする。


「おい!」


 屋宮は倦怠感を押し殺しながら立ち上がり、真央を追おうとする。


「きっといつか話すから……ごめんなさい」


 真央は扉の取っ手に手をかけ、屋宮に背を向けたままそう言うとそのまま外へと出て行ってしまった。


「……ふざけるなよ」


 急いで荷物を取り、怠い身体に鞭を打って真央を追う。しかし、エレベーターは既に下の階へと移動していた。屋宮は階段を飛ぶように駆け下りるが、一階のフロントに着く頃には真央の姿は何処にもなかった。


 まだ今から駅に向かえば追いつけるかもしれない。受付にカードタイプのキーを渡し、店員の挨拶を無視してビジネスホテルを後にする。幸い、駅から最も近いホテルという事もあり、土地勘はあったので迷わず駅へと向かう。


 しかし、駅周辺には休日を満喫した人々やこれから夜の休日を満喫する人々でごった返していた。


「この人だかりじゃ真央を見つけるのは無理か。クソ……家に帰ったら電話してみるか」


 そこからの屋宮は、何も考えず淡々と足を運び続けた。駅のホームで電車に乗り込み、東明富ひがしあけと駅で降りる。


 明富商店街には、飲食店が放つ香ばしい匂いが充満していた。その匂いは空っぽの胃袋を刺激する。


「……いい加減、飯食わねえとな。ちょっとがっつりいっとくか」


 胃を鳴らしながら屋宮は、商店街の小汚いラーメン屋へと入店する。昼に真央と話していた、油とチャーシューが売りのラーメン屋だ。


「いらっしゃいやせー」


 店員の威勢のいい挨拶を背に受けながら券売機で食券を買い、カウンターの席へと向かう。


 ふと奥のボックス席に目をやる。そこに座る人物と目が合い、屋宮は全身が粟立つのを感じる。


(マジかよ……)


 目が合った相手も屋宮の存在をみとめたらしく「あっ」という声を上げる。


 一瞬、この場から離れようかとも考えた。しかし、よくよく考えてみれば、これはチャンスかもしれない。


(……腹くくるか)


 屋宮はカウンターから離れ、奥のボックス席へ移動する。そして、相手に断りを入れず、そのボックス席へと腰を下ろす。


「な、何ですか?」


「……お前たちの事を教えてくれ」


 そこに座っていたのは、昨日の夜に屋宮を襲撃した、あのOLだった。


「えっ、新手のナンパですか?」


「ちげぇよ!!」

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