第13話~エレベーターは非日常への入り口~
地下街からデパート直結のエレベーターに乗り込み、目的の家電量販店がある六階のフロアを目指す。
エレベーターを降りると、目の前にフロア図を掲示した案内板がある。
「右行って、ムーンポップスの手前で左曲がればすぐだな。
屋宮は決して女性ものの衣服に詳しい訳ではない。だが、このムーンポップスというブランドは、妹が話をしていたから記憶にある。
服を見て待っていてくれと言ったのには、二つの意図があった。一つは単純に、真央がつまらないと考えたからだ。男子の一人暮らしの部屋に敷くカーペットなんて、特に拘りの無い屋宮は何でもいいと考えていた。買う本人が何でもいいと投げやりな態度で買い物に臨んでいる状況で、同行者がその時間を楽しめるとは思えない。
もう一つは、真央が金を出すと言いかねないからだ。確かに真央は金持ちのお嬢様かもしれない。それでも彼女に家具を買ってもらう事は、屋宮のプライドが許さなかった。
きっと真央の事だ。会計の場に立ったなら、何かと屋宮が気負わない理由を付けて、自分が払うに違いない。だったら初めから会計の場に立ち会わない状況を作り出してしまえばいい。
屋宮がそんな事を考えていると、真央が屋宮の服の裾を掴む。
「ね、ねえ屋宮君。そういえば、お昼まだだったわよね。ち、地下街に戻って昼食取ってからにしましょうよ。そうだわ、美味しい中華料理屋さんがあるのよ」
真央は小声で囁くように告げる。その様子は、何かに怯えている様にも見えた。
「はあ? お前、さっき大したこと無いって言ってなかったか? せっかくここまで来たんだから、さっさと買い物済ませよ……」
話をしている最中に屋宮は異変に気付く。大声を出した訳でもないのに、自分の声が良く通るのだ。
周囲を見渡して屋宮はその理由を理解した。周りに誰も居ないのだ。
「あれ、今日は休日だってのに随分すいてるんだな」
「そ、そうね。それより早く、あのエレベーターで下に戻りましょう!」
「あ、ああ」
明らかに真央の様子がおかしい。しかし、指摘されて屋宮も自分が空腹であることを思い出す。
「まあ、真央がそこまで言うなら、先にお昼にするか」
真央に促されるがまま、エレベーターのボタンの前まで戻り、下階へのボタンを押す。その間、真央は背後の様子をしきりに伺っていた。
「何だ? トイレにでも行きたいのか?」
「……」
返事をしない。こんなに切羽詰まった様子の真央を見るのは初めてだ。
エレベーターの扉が開く。すると、真央は屋宮の腕を掴んで、素早く中に潜り込み、素早い手つきで閉じるボタンを押す。
扉が閉まる最中に、外でバタバタと複数の人間の足音が聞こえた。同時に、複数の人の声が聞こえてくる。
「エレベーターだ!」
「逃がすな!」
「下の連中にも連絡しろ!」
あまりにも迫力のある男たちの怒号に、屋宮は怯んでしまう。
「な、なんだ?」
しかし、外の人々の足音よりも早くエレベーターの扉は閉まる。真央は「ふう」とため息をついて、地下街に繋がるB1のボタンを押す。
「何だったのかしらね? 事件とかだったら怖いわ」
真央が白々しく言う。しかし、屋宮は真央に心当たりがあることを確信していた。そうでなければ、この慌てようは説明がつかない。
あのお昼寝商事とかいう企業の事もそうだ。真央は何か大切な事を隠している。
恋人に隠し事をするなとは言わない。けれど屋宮は、真央の隠し事に振り回されるのが二度目だ。
いい加減にして欲しい。そんな感情が、屋宮の口を開かせた。
「なあ真央。一体何を隠してるんだ?」
真央は戸惑いの表情で屋宮を見る。
「……何のこと?」
「さあ? 俺には分からないが、真央なら分かるんじゃないのか?」
エレベーターは下り続ける。清掃の行き届いた清潔な小部屋の中、二人は押し黙ったまま見つめ合っていた。
折れたのは真央の方だった。彼女は一度溜め息をつくと、意を決した目を屋宮に向ける。
「いつまでも隠しきれるものじゃないかな。あのね、笑わないで聞いて欲しいんだけど……」
エレベーターが開く。話を聞きながら歩こうと思い、屋宮が外に出る。続いて真央も外に出た時、屋宮は「あっ」と声を上げた。
「なんだこれ?」
そこは先程まで二人が歩いてきた地下街であることに間違いはなかった。しかし、先程と違うのは、通路を歩く人の姿が全く居ないのだ。
「お、おい。どういう事なんだよ! さっきまで人で溢れかえってたじゃねえか!」
「……先を越された。人除けの結界ね」
真央が呟く。すると、左右にあった別レーンのエレベーターが、到着を告げる音を鳴らす。
「ごめん、ちょっと眠ってて」
「はあ? 何を……」
真央は屋宮に手で目隠しをする。同時に屋宮は全身の力が抜けて、意識を失っていった。
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