第12話~調子に乗りすぎダメ絶対~


横岸よこぎし市で相次ぐ集団失神事件。猛暑日が原因か』


 電車の電子公告でニュース記事が流れている。


「何で横岸ピンポイントなんだろうな」


「さあ、知らないわよ」


 何の気なしにふった話題だが、真央まおはそっけない態度を取る。そんなやり取りをしている間に、電車は横岸駅へと到着する。


 横岸駅は屋宮の最寄り駅である東明富ひがしあけと駅から急行で二駅、各駅でも三駅で行くことのできる、近辺では最も周辺が栄えている駅である。


 東口を出ると、大中小様々な規模の企業がオフィスを構えるサラリーマンの町が広がっている。常に清掃が行き届いたガラス窓で覆い尽くされたビルの群生地は、学生の身分には通りを歩くだけでも気後れしてしまう。コンプライアンスに支配された大人たちの為の、まさに秩序の町だ。


 対して西口を出ると、そこは無秩序の世界と言えるだろう。いや、有る意味では秩序立っているのかもしれない。


 複数の大型のデパートが軒を連ねるエリアを中心に、ゲームセンターやボーリング場などのアミューズメント施設が連なるエリア、ラーメン屋や飲み屋が立ち並ぶエリア、雑貨屋や古本屋などのよく分からないお店が集まるエリア。少し郊外に行けば、キャバクラやスナック、いかがわしいお店なども有り、屋宮は学科の悪友達と近いうちにそこへ遊びに行こうという計画が動いていた。


 もっとも、根が真面目な屋宮は元々その誘いに消極的であり、更に恋人が居ながらに女性と遊ぶことが目的の店へ行く事は良い事とは思えず、その計画へ参加する気は失せていたのだが。


 今回向かうのは、もちろん西口の無秩序エリアだ。駅前の広場では、まさに老若男女、様々な人々が行き交っている。


「ええっと、あっちから向かった方が近いかな?」


「地下から行きましょうよ。暑いからできるだけ外を通りたくないわ」


 確かに、まだ六月だというのに、今日は猛暑日のような熱気に包まれている。二人はエスカレーターで地下へ潜り込む。


 横岸駅の地下も広大なエリアだ。飲食店が大半だが、観光客向けのお土産屋なども点在している。しかし、ここの飲食店はテナント料が予算を圧迫しているのか割高で、あまり学生が気軽に利用できるものではない。お土産屋も利用する機会はほとんど無く、この地下街は総じて大半の学生には縁のない場所だった。


「真央は金持ちだから、この辺りで飯食ったりするのか?」


 屋宮は何の気なしに聞いてみる。ここに連なる飲食店は、お粥やスンドゥブなど、女性をターゲットにしたお店が多く見受けられる。お洒落で金持ちの真央なら、頻繁に利用していても不思議ではない。


「学科の友達と何度か来たことあるわ。そこのカフェでお茶したの。高いばっかりでドロみたいなマズいコーヒーだったわ。口直しにノワール寄ろうかと思ったぐらい」


「そんなに酷かったのか?」


「ええ。あと、そこの中華料理も値段の割には大したこと無かったわね。まあ、店内が綺麗だったから、好きな人は好きでしょうけど。私は汚くても、明富商店街のラーメン屋の方が好きだわ」


「……真央もあそこのラーメン食うのか? あんなの、カロリーの化け物だぞ」


 明富商店街のラーメン屋といえば一店舗しかない。確かに味は良く、ネットのレビューサイトでも高得点を獲得している名店だが、ドロドロの豚骨ベースに油がタップリ加わったスープに、インパクト重視のチャーシューがトッピングされた、屋宮でも胃もたれを覚悟するラーメン屋だ。


 屋宮は挑戦したことがないが、フードファイター向けのチャレンジメニューが用意されている時点で、そのお店のコンセプトが察せられる。


「別に毎日食べる訳じゃないわよ。そんなに意外?」


「女子はあんなの興味無いと思ってたよ」


「全員がとは思わないけど少なくとも私は、たまにはガッツリ食べたいわね。いつかあの詠唱にも挑戦してみたいわ。ヤサイマシマシニンニクアブラカラメ……」


「へぇ。真央は結構食える方なんだな。その割には、胸に栄養が入ってないみたいだけど」


「彼氏なら何言ってもセクハラにならないと思ったら大間違いだからね?」


 真央の控えめな胸部に目をやりながら屋宮が言うと、真央は冷たい口調で言い返す。今までの軽口には殴るなり嫌みなりのリアクションがあったが、今回のはそれがない。ただ単調に自分の感じたことを事務的に伝えられたような形だ。きっと、本気で怒っている。


「ご、ごめん」


「円満な交際を続けたいなら気を付けなさい。今のは正直、傷ついたわ」


 殴られたり嫌みを言われたりが円満な交際と言えるかはさておき、正直今のは男友達との悪いノリで言ってしまった部分はある。


 屋宮が意気消沈していると、真央は目ざとくフォローを入れる。


「そんな落ち込まないで頂戴。ほら、私はこういう性格だから、嫌だとも思った事はズケズケ言わせて貰うわ。傷付けられたらって周りに言いふらしたり、うじうじ遠巻きな表現で彼氏が分かってくれないとか言って枕を濡らした挙げ句、ある日突然屋宮君の前から姿を消すような真似はしないから。まあ、改善が見られない場合はその限りじゃないかもだけど」


「……分かった、気を付けるよ。言ってくれてありがとな」


 真央は満足げに頷くと、ぱんと手を叩いた。


「はい、この話はここまで。私も感情的に言って悪かったわ。そんな事よりも、早く目的地に急ぎましょう!」


「ああ、そうだな」


 屋宮は真央のさっぱりとした性格に感謝しつつ、目的のショッピングセンターに直結している地下街を進んでいった。

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