第8話~彼女は逃亡やつらは横暴~
警察に通報して、五分と待つ事なくアパートの外に車が着く音が聞こえる。
「ん、もう来たのかな」
「サイレンが聞こえなかったし、警察じゃないと思うわ」
ベランダの戸を開けて、
真央は警察ではないと思ったようだが、屋宮はいわゆる覆面パトカーというヤツだろうと考えた。住宅街での通報という事もあり、パトカーでぞろぞろ来られては周囲から何事かと奇異の目で見られるのを防ぐため、警察が気を使ってくれたのだろうか。
屋宮が少し疑問に思うぐらいの違和感。しかし、外の様子を覗う真央は、その光景を見て顔色がみるみる白くなっていく。
「ごめん、ちょっと用事思い出した。また連絡するわ」
「はっ?」
真央は慌てた様子で玄関に行き、自分の靴を回収してベランダで履き、手すりを軽やかに飛び越え向かいの民家の石塀の上へと着地し、外の車から降りる人々からは死角になる方向へと走って逃げていく。
「ちょ、ちょっとどうしたんだよ!」
ベランダから乗り出して、塀の上を器用に走る真央に向けて声をかける。しかし、そんな屋宮の背後からは、インターホンのベルが聞こえる。
「ああ、クソ。真央まで一体何だってんだよ」
自分では温厚な性格だと思っている屋宮も、昨日から波のように押し寄せる事件の数々に苛立ちを隠せずに居た。
だからと言って、警察の訪問を無視する訳にもいかない。せめて、真央に気絶させられたOLの身柄は引き取ってもらわなければ。
屋宮は玄関の扉を開ける。そこには強面のスーツ姿の男たちが立っていた。まるでラグビー選手の団体が扉の周りを取り囲んでいるかのような様子に、思わず怖気づいてしまう。
「あのー、ええっと、け、警察の方ですか?」
「……通報を受けてきました。部屋を検めさせていただいてもよろしいでしょうか」
扉の正面に立つ、スキンヘッドの大男が尋ねる。口調こそ優しいものの、その表情は笑顔一つ見せない険しいものだった。
「あ、はい。ど、どうぞ」
玄関の前に居た男たちの内、四人が屋宮を押しのける形で部屋へと上がり込む。当然の様に土足で敷居を跨がれ、屋宮は内心ムッとしたが、体格的にも勝ち目の皆無な相手に委縮してしまい、指摘することが出来ない。
四人のうちの一人が慣れた手つきでOLを片手で担ぎ、空いた片手で日本刀を持ち外へと出ていく。残った三人が部屋の中をきょろきょろと見回す。
「……失礼ですが、通報された女性の方は?」
スキンヘッドの男が聞く。屋宮は何故そんな事を聞くのか疑問に感じつつ、正直に答える。
「つ、通報した後で帰っちゃいました」
「さようでございますか」
スキンヘッドの男が疑念の視線で屋宮を凄む。一体どうして被害者の自分がこんな目で見られなくちゃいけないのか。納得はできないが、力のない屋宮には言い返す事が出来なかった。
そもそも彼らは本当に警察なのだろうか。よく考えてみれば、誰一人として見慣れた紺の制服を身に付けていないし、警察手帳も見せられていない。ドラマの印象しか持ち合わせていないが、普通は玄関口で身分証を見せて来るものではないのだろうか。
真央の行動も不可解だ。外に到着した車を見るなり、脱兎のごとく逃げ出した……それも玄関ではなく、ベランダから。まるで、この男たちの正体を知っているかのようだ。
せめて彼らが何者で、何が目的か聞き出さなくては。場合によっては、隙を見て再び通報する必要もあるかもしれない。
屋宮が勇気を振り絞って声を出そうとしたとき、玄関の外で待機していた男の一人が、慌てた様子で屋宮の部屋の中に入って来た。
「
「なに!」
男たちに緊張が走る。どうやら、このスキンヘッドの男は芦屋と言うらしい。
「ど、どうしましょう?」
「どうしましょうじゃねえだろ! 俺たちも行くんだよ! あの気取り屋に先越されるな!!」
「し、しかし、その男は……」
伝達係と思わしき男が屋宮を指さす。芦屋はッチと舌打ちをして、屋宮の前に立ち胸ポケットから何かを取り出す。
「申し遅れました。私は警察から業務委託を受けている、お昼寝商事の芦屋と申します。通報された女性の方についてお話を伺いたいのですが、急用が入りましたので、改めて伺わせていただきます。本件に関わる問い合わせは、こちらに記載の代表番号にお願いします。それでは失礼」
渡されたのは一般的な名刺だった。名前の欄には「お昼寝商事 特異災害対策室第2課 芦屋
「は、はあ」
屋宮がおどおどしながら受け取ると、芦屋と他の男たちはそそくさと部屋を後にした。
「な、何だったんだ、一体……」
昨日から立て続けに問題が起こり、更にまた厄介ごとが起こったかと思えば、嵐の様に去っていった。
「はぁ、もう考えるのもめんどくせぇ」
屋宮は力なく床に座り込む。すると、再びインターフォンが鳴る。
「……何だよ、忘れ物か?」
芦屋が戻って来たものだと思った屋宮はおずおずと扉を開ける。
「た、ただいまぁ」
「……お、おう」
扉の前には、汗で全身を濡らした真央の姿があった。
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