第7話~聞き違いで命拾い~


屋宮やみやくーん? 待ち合わせに遅れるだけじゃなくて、電話にも出ないってどういう事かなー?」


 時計の針はちょうど十一時を迎えようとしている。約束に遅れた屋宮を迎えに、真央まおが家まで来てしまった。


 そして室内には縛られた屋宮と見知らぬ女性。この状況を真央が見たら、どう解釈するだろうか。


「ま、真央! ちょっと待っててくれ!」


 咄嗟に返答してしまい、屋宮は後悔する。ここは居留守を使った方が賢明だった。


「屋宮君、居るのね。あれ、鍵開いてる。入るわよ」


 取っ手が動き、扉が開く音が響く。ああクソ。この日本刀女のヤツ、侵入するならせめて鍵ぐらいかけておけよ。


 そして部屋に真央が入って来る。柄付きのシャツに明るい色調のロングスカート姿で、ピアスやハンドバックからも今日のファッションに随分と気合を入れてきている事がうかがえた。


「もう、心配させないでよ。初デートに寝坊とはいい度胸してるじゃない! 埋め合わせはしっかりと……」


 真央は部屋に入ってくるなり絶句する。いや、困惑と言った方が正しいだろうか。


「ごめん、どういう状況?」


「俺が聞きたい」


 真央はすやすや眠るOLと屋宮を交互に見比べる。そして、冷やかな目を屋宮に向けた。その目には、ふつふつと沸き上がる怒りの感情が浮かび上がっている。


「はぁー。屋宮君にそんな趣味があったとは知らなかったわ」


「ちょっと待て。何か誤解しているぞ!」


「誤解も何もないでしょう。少し考えれば、こんなの一目瞭然じゃない。ごめんなさい、私じゃSMプレイに付き合ってあげる事はできないものね。でも、昨日の今日で浮気する度胸が屋宮君にあったのは見直したわ。もちろん、悪い意味でね」


 そう言いながら、屋宮をなじるように足で肩を踏みつける。いやいや、十分ドSの素質がありますよと突っ込みたくなるが、そんな事を言えば未来永劫、屋宮はマゾヒストだという認識を持たれてしまう。


 屋宮が返す言葉に詰まっていると、眠りこけていたOLがもぞもぞと肩を揺らしながら目を覚ます。


「うにゃぁ。あれ、ここはどこ?」


「……」


「……おはようございます、間女さん。お目覚めは如何かしら?」


 あまりに間の抜けたOLに屋宮はどう反応すれば分からなかったが、真央は屋宮を踏みつけたまま嫌味を言う。この状況でも自分のスタンスを崩さない真央は流石だ。


 しかし、対するOLは意外な反応を見せる。


「げぇっ、傲慢の魔王! 幻術は……切れてるし! 折角人質をとって準備したのに……ええい、やぶれかぶれだ、覚悟してください!」


 OLは慌ただしく刀を抜いて、真央に向け突きを繰り出す。真央はその攻撃をひらりを横に避ける。その際、重心が屋宮を踏みつけている足に掛かり、短い悲鳴が漏れる。


「ぐぉあ。お、重い」


「ああん?」


 真央は額に青筋を浮かべ、屋宮を蹴り飛ばす。手足を縛られ身動きの取れない屋宮は、なすすべもなく壁に叩きつけられる。確かに「重い」は失言だったと自覚しているが、言葉通りの踏んだり蹴ったりに無常な悲しみが込み上げる。


「やぁ!」


 その隙にOLが突きの体勢から横切りへと切り替える。対して真央は屋宮を蹴り飛ばしてすぐにOLへと肉薄し、刀を握っている手を掴みその動作を阻む。


 そのまま刃物に当たらぬよう注意を払いながら、組手の要領で相手の体勢を崩し自分の体重を乗せる形でOLをうつ伏せに組み伏せた。


 そして、その勢いで刀を手放してしまったOLの腕を背後に回し、自身も上乗りになり動きを封じる。


「うぐぅ」


「さあ観念しなさい。下手に動いたら腕を折るわよ。屋宮君!」


「は、はい!」


「こいつ縛るからロープ持って来て!」


「……それは俺が縛られている事を知ったうえで、冗談を言っている認識で間違いないか?」


 早口でまくし立てる屋宮を横目に、真央は真剣な表情のまま舌打ちをする。


「使えないわね。仕方ない」


 真央は拘束を逃れようともがくOLに対して、首筋に手刀で打撃を与える。OLは「ぐっ」と短い断末魔を上げ、動きが止る。まるで漫画のようだと感心しつつ、現実にはこの方法では気絶しないと聞いた事があるような気がする。


 真央が屋宮に近寄り、四肢の自由を奪っている縄を解く。昨夜からずっと拘束されていたと手足は、ヒリヒリと痛みを感じるものの開放感で満ち足りた気持ちになる。


「す、すげぇな。格闘技とか習ってたのか?」


「そんなところよ。それで、この人はだあれ? まさか本当に浮気だったりするわけ?」


 真央は解いたロープでOLの手足を縛りながら屋宮に尋ねる。


「いや、本当に知らない。真央の知り合いじゃないのか?」


「何で私の知り合いだと思うのよ」


「さっきコイツ、傲慢な真央とか言ってただろ」


 真央は苦虫を嚙み潰したように顔を歪める。


「知らないわよ。私には屋宮君が浮気して家に連れ込んだ女とSMプレイに興じていたようにしか見えないわ」


「だーかーら、誤解だって」


「……まあ、屋宮君にそんな度胸が無いって事は信頼しているけどさぁ。でもそれじゃあ、どういう経緯で知らない女に縛られていた訳よ?」


「それは……帰る途中に突然襲われて……」


 屋宮は何処まで説明したものかと悩み、しどろもどな答え方をしてしまう。まさか、自分は四肢を切断されたはずだと言い張る訳にも行くまい。


「ふーん。まあいいわ。とりあえず、屋宮君の知り合いじゃないなら、警察呼んでもいいかしら。私、この模造刀で襲われたんだけど」


「あー、大丈夫。というか、むしろ早く警察に連れて行って欲しい」


 真央が模造刀と誤解するのは無理もないと思いつつ、屋宮は真央が通報するのを見守っていた。

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