第6話~目を覚ますと知らない女が部屋で寝ているんだが~
その場所は、見た事のない広い広い荒野だった。まるでエアーズロックのような広大な世界だが、夜のサハラ砂漠のように生命の営みを感じさせない死の大地。
そんな荒野に見た事も無いおぞましい怪物たちがひしめき合っている。
或るもには角があり、或るもには羽が生え、或るもには尾が有った。それぞれ千差万別な姿をし、各々がバラバラな武器を携え、荒野を行進している。
その先頭に立つのは、ひと際巨大な黒い羽の生えた、長い銀髪の少女だった。
黒い剣を持ち、その顔には全てを見下すような自信にあふれた表情が浮かんでいる。
少女が立ち止まる。すると、異形の怪物たちの行進も止まる。その視線の先には、何が居るのかはよく分からない。しかし、殺意に満ちた怪物たちのヒリヒリした空気から、その先に敵が居る事は明らかだ。
黒い羽の少女が、携えた黒い剣を掲げる。そして、かすれた呪文のような号令をかける。
「パぺ……パ……ン、アレッペ!」
すると背後の怪物たちが、大地を揺るがすほどの咆哮を上げ、少女を追い越し駆けていく。
少女は眼前に広がる怪物の突撃を満足げに眺め、そして翼をはためかせ宙に舞う。
怪物たちの前線で火花が散り土煙が舞上がる。どうやら何かと戦っているらしい。少女は他の羽が生えた種族を連れ立って、その前線へと降下していく。
黒い剣の一振りで土煙を割き、その先の敵へと切り込む。
その姿は勇ましくもどこか儚げで、
屋宮が目を覚ますと、そこは自分の部屋だった。
全身がだるくて記憶が混乱している。しかし、すぐに昨夜の帰りに起こった出来事が呼び覚まされ、ハッとなる。
「っ!」
起き上がろうとして手足が動かせず、ドキリと心臓が跳ね上がる。記憶が確かなら、自分の四肢はあのOLによって切断されたはずだ。
けれども、その不安は杞憂に終わる。自分の手と足の感覚は確かにそこに有った。起き上がる事ができない理由は、ただ単に手足をロープのようなもので縛り上げられていたからだ。
一体どうして体が縛られているのか。そもそも、昨夜の記憶は何だったのか。屋宮は半ばパニックに陥りながらも、部屋の様子を確認する為に全身をつかって寝がえりを打つように体をねじりる。
そこには目を疑う光景があった。
あのOLが屋宮の部屋の中で寝ていたのだ。
両足を伸ばした状態で壁にもたれ掛かり、鞘に納められた日本刀を大切そう抱きかかえてた態勢で寝息を立てている。意識するつもりは無かったが、シャツの上から影を落とすほどの胸と無垢で愛嬌のある小顔についつい目がいってしまう。なんとも不用心なものだと思うが、すぐに自分が手足を縛られている事に思い至り、油断ならない相手だと思い直す。
「……一体どういう事なんだよ」
自分は確かに殺されたはずだ。しかし、こうして生きている。生きてはいるが、手足は縛られ身動きが取れない。おまけに、殺しに来た相手が自分の部屋ですやすや寝息を立てている。
更に驚いたことに、破壊されたはずの玄関の扉が、何事も無かったかのように修復されている。もちろん、血しぶきの跡も残っていない。
「まったく意味が分からない。けど、まあいいか」
ああ、これは絶対に考えても理解できない状況だ。ならば考える必要は無いだろう。屋宮は早々に思考を切り替え、より建設的な問題を考える事にする。
しかし困った事に、ここで取れる選択肢は非常に少なかった。手足が縛られているせいで身動きが取れないからだ。試しに束縛から抜け出せないかと足掻いてみるが……。
「ぐっぅ」
手首と足首が痛み出して諦める。特に昨日捻った足の痛みが酷い。
この拘束を解くことは難しそうだ。ならば這って外に出て助けを呼ぶことは出来ないだろうか。いいや、この芋虫状態では玄関から外に出る事も難しいだろう。ベランダから脱出という事も考えたが、手すりから先に出る術が無いだろうし、よしんば出られたとしても、ここは二階だ。手足の自由が無い状態で、外のコンクリートに叩きつけられれば、一体どうなるか安易に予想できた。
唯一現実的な手段は、大声で助けを呼ぶことぐらいだ。もしかすると隣の部屋の住人が、何事かと思い様子を見に来てくれるかもしれない。……とも思ったが、もし自分が逆の立場なら、隣人が騒いでいるだけと断じてスルーするだろう。
だが、もしも騒ぎ続けていたら? 自分なら直接関わりたくは無いので、警察に通報する。これなら、救出される可能性は高まるだろう。
しかし、この作戦は最もリスクが高いだろう。大声で助けを呼べば、当然この侵入者である眠り姫が目を覚ましてしまう。
いっそコイツを起こしてしまえば解決するかもしれない。一体どんな事情で屋宮を殺そうとしたり捕らえたりしていたのか、事情を聞けば納得できるかもしれない。
「……いや、どんな事情でも納得できないだろ」
とにかく、現状を打破する為には何か行動を起こさなければならない。そして、現在の選択肢は、大声で助けを呼び隣の住人に通報してもらうこと。これが一番現実的な選択肢の様に思える。
屋宮は再び態勢を変え、壁に掛けた時計を見る。時刻は午前十一時に迫ろうという時だ。この時間ならば、昨晩は酒宴を開いていたと思われる隣の部屋の住人も、既に起床しているはずだ。
よし、やるぞ。そう思った矢先、屋宮は真央との約束を思い出す。
「……あっ」
約束の時間は十時。待ち合わせ場所は横岸駅。そして、真央は機能の別れ際、遅れたら家まで押しかけると念を押していた。
普通の友人ならば、家まで押しかけると言われても、本当に押しかけて来るとは思わない。しかし相手は、あの真央だ。待ち合わせに大幅に遅れれば、本当に来かねない。
今のこの状況で真央が来れば、一体どうなるか。考えたくない懸案事項に気づいてしまい、屋宮の全身が粟立つ。
そして、事態は最悪な展開を迎える。
「屋宮くーん? 待ち合わせに遅れるだけじゃなくて、電話にも出ないってどういう事かなー?」
玄関の先で真央の声が聞こえる。屋宮は日本刀を持ったOLに追われていた時以上の恐怖に打ちひしがれていた。
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