第4話~変人でも美人なら許されるという不条理~
「君は災難だったと思うよ。あんな変な人に襲われるなんてね。立てるかな?」
「あっ、はい。ありがとうございます」
警察を呼んで来てくれた女性の手を借りて、
「君、
「そうです。工学部の一年です」
屋宮は自分の通う大学の名前を言われ、素直に答える。
「そっか。工学部の一年には知り合い居ないかなぁ。私は経済三年の
「はあ……屋宮
理子は少し体制を屈めて、屋宮を悪戯っぽく覗き込む。屋宮は今まで関わった事の無いタイプの人間に、少しばかり緊張していた。警察にはここで待っているように言われたが、ただ黙って待っているのも気後れする。かといって、何を話してよいものか、考えあぐねる。
「路手って、変わった名前ですね」
「そうだね。私以外で見たことないよ。でも、屋宮って名前も十分珍しいけどね」
「そうですか? 地元ではそこそこ居ましたけど……」
会話が途切れ再び沈黙。どうにも居たたまれない気持ちになる。路手は大きな瞳をぱちぱちさせながら、相変わらず笑みを浮かべるばかり。
何か話題を提供しなければ。そこまで気を使う必要は無いと思いながらも、屋宮は何かで読んだ話題作りの鉄則を思い出す。とりあえず無難なところでは、天気の話でもすれば良いのだったか。
だが、ひときわ大きな光が屋宮の目に飛び込む。差し込むその光に希望を見出した屋宮は、意図せず妙な事を口走る。
「今夜は月が綺麗ですね」
今まで不敵な笑みを浮かべていた理子は、その笑みを崩してあんぐりと口を開けて驚く。
「はっ?」
「えっ?」
屋宮の反応が面白かったのか、理子は堪えくれなくなった様子で笑い声を漏らす。
「フフフ。言うに事欠いて月が綺麗って、
「は、はぁ。ありがとうございます」
絶対に褒められていないと自覚しながらも、屋宮はあえて言葉通りの反応を返す。もしも相手が真央ならば「お前、バカにしてるだろ!」と言い返していただろう。
理子は笑いすぎて腹をよじりながら、ポーチから携帯端末を取り出し、屋宮に差し出す。
「これ、私の連絡先ね。剣君もスマホ出してよ」
「えっ、連絡先?」
「なに驚いてるのよ。連絡先交換しよ。命の恩人兼、先輩命令。」
「は、はい?」
一体どういう成り行きかと
理子のアカウントが屋宮のスマホに表示される。名前は本名ではなく、ロデリーコというアカウント名だった。
「……なんすかコレ」
「路手理子だからロデリーコよ。仲間は皆そう呼ぶね。剣君もロデリーコ先輩と呼ぶように。恩人兼先輩命令ね」
「はぁ。分かりました、ロデリーコ先輩」
屋宮は話を合わせつつ、再び画面を見る。ロデリーコのアイコンは洋式トイレの写真だった。名前は安直なあだ名だと予想がついたが、このアイコンは屋宮の知る普通の女性が使うアイコンではない。普通は自撮りや動物の写真、イラストなどを使うものではないだろうか。
やはりこの先輩は変な人だ。真央と並んでも遜色のないレベルの容姿だが、それゆえに変人であることを周囲から許されてきたのだろう。
そんな事を考えていると、二つのライトが二人を照らした。日本刀を持った女性を追いかけていった警官が戻って来たのだ。
二人とも手ぶらな所を見ると、あの女性は取り逃がしたのだろうか。
「いやぁ、こんな所で待たせてごめんね。ちょっと君には話を聞かせて貰いたいから、交番までついて来てくれるかな。ああ、お姉さんの方はもう帰っても大丈夫だから」
「分かったよ。それじゃあ剣君、また会おうね」
理子は警官に会釈をして、屋宮に手を振りつつその場を後にした。
「なに、君たち知り合いだったの?」
「いや、今さっき知り合いました」
「よかったな、あんな美人と知り合えて」
屋宮は妙な違和感を感じていた。この警官、ずいぶんと態度が軽いような気がする。
もしかすると、危うく殺されかけた屋宮に気を使っての事なのかもしれない。しかし、それにしても妙だ。普通、殺人未遂があればもっと大事になるのではないだろうか。ましてや、犯人を目前にしながら取り逃がしてしまったのなら、尚更だ。
「ええっと、あの日本刀女はどうなったんですか?」
「ん、ああ、安心して。ちゃんと捕まえて、応援に駆け付けた本庁のパトカーで護送中だから」
「はあ、そうですか」
本当だろうか。特にサイレンの音とか聞こえなかったけどなぁ。
考えても仕方がない。屋宮は違和感を抱えたまま、警察に連れられ夜の公園を行く。
ふと見上げた空には、大きく肥え太った明るい満月。本当に今夜の月は綺麗だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます