第4話~変人でも美人なら許されるという不条理~


「君は災難だったと思うよ。あんな変な人に襲われるなんてね。立てるかな?」


「あっ、はい。ありがとうございます」


 警察を呼んで来てくれた女性の手を借りて、屋宮やみやは立ち上がる。黒いTシャツにクリーム色のワイドパンツという、ボーイッシュな出で立ちだ。ふちの短めなキャップを被り、その後ろからは明るい茶髪のポニーテールが覗かせる。大人びた顔立ちに不敵な笑みを浮かべ、どこかミステリアスな雰囲気を感じさせた。


「君、柳野やなぎの大学?」


「そうです。工学部の一年です」


 屋宮は自分の通う大学の名前を言われ、素直に答える。


「そっか。工学部の一年には知り合い居ないかなぁ。私は経済三年の路手理子みちてりこ。路地の路に手足の手で路手よ。授業にはあんまり出ていないけど、よろしく」


「はあ……屋宮つるぎです、よろしくお願いします」


 理子は少し体制を屈めて、屋宮を悪戯っぽく覗き込む。屋宮は今まで関わった事の無いタイプの人間に、少しばかり緊張していた。警察にはここで待っているように言われたが、ただ黙って待っているのも気後れする。かといって、何を話してよいものか、考えあぐねる。


「路手って、変わった名前ですね」


「そうだね。私以外で見たことないよ。でも、屋宮って名前も十分珍しいけどね」


「そうですか? 地元ではそこそこ居ましたけど……」


 会話が途切れ再び沈黙。どうにも居たたまれない気持ちになる。路手は大きな瞳をぱちぱちさせながら、相変わらず笑みを浮かべるばかり。


 何か話題を提供しなければ。そこまで気を使う必要は無いと思いながらも、屋宮は何かで読んだ話題作りの鉄則を思い出す。とりあえず無難なところでは、天気の話でもすれば良いのだったか。


 らわにもすがる思いで空を見上げる。雲一つない快晴。しかしそこに広がるのは青空ではなく暗い夜空。良い天気ですねと言うのはすこし変な気がする。


 だが、ひときわ大きな光が屋宮の目に飛び込む。差し込むその光に希望を見出した屋宮は、意図せず妙な事を口走る。


「今夜は月が綺麗ですね」


 今まで不敵な笑みを浮かべていた理子は、その笑みを崩してあんぐりと口を開けて驚く。


「はっ?」


「えっ?」


 屋宮の反応が面白かったのか、理子は堪えくれなくなった様子で笑い声を漏らす。


「フフフ。言うに事欠いて月が綺麗って、可笑おかしいよ。剣君、きみ面白いね」


「は、はぁ。ありがとうございます」


 絶対に褒められていないと自覚しながらも、屋宮はあえて言葉通りの反応を返す。もしも相手が真央ならば「お前、バカにしてるだろ!」と言い返していただろう。


 理子は笑いすぎて腹をよじりながら、ポーチから携帯端末を取り出し、屋宮に差し出す。


「これ、私の連絡先ね。剣君もスマホ出してよ」


「えっ、連絡先?」


「なに驚いてるのよ。連絡先交換しよ。命の恩人兼、先輩命令。」


「は、はい?」


 一体どういう成り行きかといぶかしみながらも、まあ連絡先ぐらいならと屋宮も端末を取り出し表示されているQRコードを読み取る。


 理子のアカウントが屋宮のスマホに表示される。名前は本名ではなく、ロデリーコというアカウント名だった。


「……なんすかコレ」


「路手理子だからロデリーコよ。仲間は皆そう呼ぶね。剣君もロデリーコ先輩と呼ぶように。恩人兼先輩命令ね」


「はぁ。分かりました、ロデリーコ先輩」


 屋宮は話を合わせつつ、再び画面を見る。ロデリーコのアイコンは洋式トイレの写真だった。名前は安直なあだ名だと予想がついたが、このアイコンは屋宮の知る普通の女性が使うアイコンではない。普通は自撮りや動物の写真、イラストなどを使うものではないだろうか。


 やはりこの先輩は変な人だ。真央と並んでも遜色のないレベルの容姿だが、それゆえに変人であることを周囲から許されてきたのだろう。


 そんな事を考えていると、二つのライトが二人を照らした。日本刀を持った女性を追いかけていった警官が戻って来たのだ。


 二人とも手ぶらな所を見ると、あの女性は取り逃がしたのだろうか。


「いやぁ、こんな所で待たせてごめんね。ちょっと君には話を聞かせて貰いたいから、交番までついて来てくれるかな。ああ、お姉さんの方はもう帰っても大丈夫だから」


「分かったよ。それじゃあ剣君、また会おうね」


 理子は警官に会釈をして、屋宮に手を振りつつその場を後にした。


「なに、君たち知り合いだったの?」


「いや、今さっき知り合いました」


「よかったな、あんな美人と知り合えて」


 屋宮は妙な違和感を感じていた。この警官、ずいぶんと態度が軽いような気がする。


 もしかすると、危うく殺されかけた屋宮に気を使っての事なのかもしれない。しかし、それにしても妙だ。普通、殺人未遂があればもっと大事になるのではないだろうか。ましてや、犯人を目前にしながら取り逃がしてしまったのなら、尚更だ。


「ええっと、あの日本刀女はどうなったんですか?」


「ん、ああ、安心して。ちゃんと捕まえて、応援に駆け付けた本庁のパトカーで護送中だから」


「はあ、そうですか」


 本当だろうか。特にサイレンの音とか聞こえなかったけどなぁ。


 考えても仕方がない。屋宮は違和感を抱えたまま、警察に連れられ夜の公園を行く。


 ふと見上げた空には、大きく肥え太った明るい満月。本当に今夜の月は綺麗だ。

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