第2話~お見送りと半額総菜の確保はできる男の嗜み~
日も落ちて街灯が商店街を照らす頃。遅めの講義やサークル活動を終えた学生たちの流れに乗って、屋宮は真央を駅へと送っていた。
結局、
「それじゃあ、また明日ね。遅れたら家まで押しかけるから」
「おう。……俺はこのまま真央が部屋に遊び来てもらってもいいんだけどな」
「だーめ。あんまり遅いとママが心配するし、仮に家に遊び行っても、屋宮君が期待しているような事にはならないわよ?」
屋宮は淡い期待を見透かされ、視線を逸らす。自分の感覚は間違っていないと心の中で弁明しつつ、本当に真央が嫌だというのであれば、しばらくは自重しようと半ばあきらめの混じった覚悟を決める。
「それじゃあ、明日は十時に横岸駅集合で。その後移動して昼食って、水族館行ってその後は……」
「別に初デートだからって、気合入れて予定立てなくてもいいわよ。水族館に行ければそれで満足だから、後は適当でいいわ。それに、屋宮君に華麗なエスコートなんて期待して無いんだから」
「いや、まあそうだけど……どうして最後に悪口を添えるんだよ!」
真央は自身の毛先をいじりながら微笑してみせた。彼女なりの照れ隠しなのだろうか。
「いいなじゃない。それより、明日は遅刻しないでよね。十時に駅に居なかったら、本当に家まで押しかけるから」
「あー、分かった分かった。それより、早く行った方がいいんじゃねぇの? そろそろ上りの電車が来る頃だろ」
真央はハッとなって電光掲示板の時刻を見る。備え付けの時計と照らし合わせると、彼女が乗ろうとしていた電車の発車時刻が目前に迫っていた。
「バッカ、もっと早く教えなさいよ。じゃあね!」
真央は慌てて改札に定期を通し、走って通り抜けようとして、まだ開き途中だった仕切板に足を取られ転びかける。振り返って屋宮をキッと睨むとそのまま駅のホームに向けて走り出して行った。
「騒がしい上に理不尽なヤツだなぁ。これから大丈夫かな俺……」
誰にとなく呟きながら、屋宮は来た道を引き返す。屋宮の下宿先は大学を挟んで逆方向にあった為、ここまで足を延ばしてきたのは真央の為だけであった。
真央と知り合ったのは、大学に入学したばかりの二か月前の事だった。新入生の囲い込みの為に開かれた、ボランティアサークル主催の新歓コンパでたまたま席が近かったのだ。
初めの印象は「美人がいるなあ」ぐらいのものだった。それは恐らく他の男性陣も同じだったのだろう。彼女に狙いを定めた人間が少なからず居て、こぞって真央の連絡先を聞き出していた。そんな連中のご相伴に与る形で屋宮も連絡先を交換した。
大学生デビューと同時にモデルレベルのルックスを持つ真央と知り合えた。その事実に浮かれる男子諸君もいきなりデートに誘う度胸は無かったのだろう。彼らは真央を含めた複数人で遊びに行くことを計画し、そこに人畜無害で女性慣れしていなさそうな屋宮にも声が掛かった。
こうして真央狙いの男性陣のだしに使われる形で、度々彼女と顔を合わせる様になり、結果として自分が高嶺の花である真央と交際する事になったのだから、人生とは何が起こるか分かったものでは無い。
「……あの時のメンバーにはなんて言い訳しようかな。多分祝福はされないだろうから……あーメンドクセー」
多少は続いている友好関係をどうすれば維持できるだろうか。ほとんどの連中は、一度は真央に特攻して玉砕している訳で、そんな奴らに軽々しく「俺ら付き合ったぜー」とは言いにくい。
かといって秘密にできるものでもないだろう。案外大学周りのコミュニティーは狭いものだ。今日だって、喫茶ノワールから出てきたところを誰かに目撃された可能性もある。これから真央と共に過ごす時間が長くなればなるほど、二人の関係を推測する連中は出て来るに違いない。
「……まあ、そんな事はどうでもいいか。それより晩飯どうするかな」
屋宮は早々に思考を切り替え、より建設的な問題を考える事にする。手軽に牛丼屋で済ませる事も考えたが、ついさっきコーヒーを飲んだばかりで食欲は沸かない。ならば帰りにスーパーで適当な惣菜を買って、自宅でコメを炊いた方が経済的だし、その頃には食も進むだろう。
そう思い立って、帰り道にあるスーパーに寄る。妙に耳に残る店内の軽快な音楽を口ずさみながら買い物かごを取り、真っ直ぐに総菜コーナーへと足を向ける。恋人ができれば人生は何かが大きく変わると思っていたが、日常は大きな変化が無いものだ。
半額のシールが貼られていたコロッケと、袋詰めされた刻みキャベツをかごに入れる。そういえば、今日は真央に呼び出されなければ真っ直ぐ帰るつもりだったから、エコバックを持ってくるのを忘れたな。ビニール袋代も数円とはいえ不要な出費だが、流石に惣菜をプラスチック容器のまま教科書と一緒に収納するのは気が引けた。
余計な物に目移りする前に、必要最小限の物だけを抱えて、屋宮はレジへと並ぶ。所在なくぼーっと出入口を見ていると、ビジネススーツに身を包んだ童顔のOLと目が合う。OLは屋宮の存在を認めると、慌てた様子で外へと出ていった。
「……なんだあれ?」
妙な人が居るもんだなと不思議に思いながらも、会計の番が回ってきた為、屋宮はすぐにその事から意識が逸れていった。
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