ドラマの出来

 今回は3か月半を費やしてドラマが出来あがった。


 視聴率も好調で、次回作も検討されているとか。


「このドラマは長台詞が多いから手こずった。

 またセリフ多くなければ大歓迎なんだが」


 主演であれば必然とセリフは多いものであるが、

 2ページに及ぶ長台詞はそうそうない。


(覚えるのも大変だったなぁ)


 ドラマの期間に聞いた話だが、


 神宮寺はクロデミー賞を受賞した

 女性役者の事務所に移籍することになった。


 数年ぶりの復帰ということでまたも週刊誌を騒がせる。

 車内に転がっている雑誌を手に取って記事を取って眺める。


『数年ぶりの復帰』

『神宮寺、再起なるか』

(相変わらず、すごい人気だなぁ)


 結婚してもなお、記事にされる人気には驚かされる。


 雑誌でその騒動を見ていてぼんやりと思う。

 自分には共演以外の接点はなさそうだ。


 古巣の事務所は予想通り倒産し、

 他の所属した俳優は皆落ち着く場所に落ち着いたらしい。


「まぁ、人の心配をしているほどの余裕はないな」


「そうでしょうとも。

 ここではどんなことも記事にってしまうのですから」


 目的地に向かう車の中でも平岩さんは容赦ない。


「本日からの映画ですので。しっかり頼みますよ」

「はい」

 

 予定では半年かかる映画のクランクインだ。

「この仕事で年内は終わるな」


「確かにそうなりますな」

「今回の台本は特筆して長台詞はなし。

 主人公のライバル役とは珍しいな」


「ええ。今まで、主役でしたからな」


「随分と意地悪な役だな」


 主人公に意地悪な無理難題を突き付けるのだ。

「こんなの演出どうするんだか」

 漫画からの実写化らしい。

 ライバル役だが、相当な悪者として書かれてもいる。

「俺のイメージが悪くなったらどうしてくれるんだ」


「大丈夫ですよ。

 それほど実物と変わらない評価をファンの皆さんはしてくださっていますから。

 役だというのは理解できているでしょう」

「――だといいんだが」


「あ、今日のお弁当はお魚だそうで。

 いい現場になりそうです」


 実は、2人は好物が同じだったりもする。

 普段は肉が中心のお弁当なのだが、

 今回は共演者の中に健康に気をつかう人が多いために

 変更になったと思われる。


「それを楽しみに頑張りますか」

 今回も出番が多くて大変になる。

 

 この映画も長丁場が多くなりそうだ。

 主人公との絡みが多く、セリフが多い。


 長台詞はないようだが、

 相槌や相手をあおるセリフが多くなる。

(自分にはこんな嫌な一面があるのだろうか)


 何度か監督に止められる。

「もっと嫌味に言ってくれ」

「もっと悪者になれ」

(おれの演技は優等生ってことだよな)


 意地悪に邪悪になり切ることが大切な役らしい。


(邪悪ってキャラじゃないんだが)

 意識してセリフを読むようにしてから、

 監督は撮影を止めないことが多くなり、

 別の意味で止まるようになった。

「ちょっと怖すぎだ。もう少し抑えてくれないか」


「すみません」


 試行錯誤する役は久方ぶりだ。

(久しぶりに楽しい)

 演技する楽しみが戻ってきたようだった。


 これまでは回りにどう受けるのかを考えてきたから

 自分の楽しみをおろそかにしてきた。


(理解あるコアなファンもついてくれたみたいだし、

 監督の許容範囲内で好きにやらせてもらうとするか)


「いいねぇ。イメージぴったりだよ」

 監督的にはいい映画になると思っているらしい。

「今日はここまでだ。明日からもよろしく頼むよ」

「はい」

 結論としては、いい映画が出来そうなメンバーだった。

 

 ☆☆☆

 

 それからも監督のこだわりは続いた。

 今日は朝から数場面しか撮っていない。


「ここはCGで入れるから、

 そこにあれがいるで演技してくれ」


「はい」

 

 ものがあるていで演技するのもそれなりに難しい。

(ほかの演者さんは抵抗なくできてすごいな)


「佐々木君、いい演技しているじゃないか」

「助監督。ある体でってかなり難しいですよ」

「みんな、監督との作品が初めてじゃないからさ。

 君くらいじゃないか。新しく入ったのは」


「ああ、だから皆さん落ち着ているんですね」


「まぁ、慣れればできるからな」


「が、頑張ります」


 慣れない撮影期間はなおも続くのだった。


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