クロデミショー


 4か月にも及ぶ撮影はほかの現場と違い過酷を極めた。


「また圏外か」


 ここまで見事に圏外だと

 事務所に連絡を取ることもできない。


「平岩さん、事務所に連絡してきました?」


「はい。宿の電話を借りて、定期報告をしてきました」


「そうでしたか。大変だったでしょう」


 都よりになるのは宿についている電話のみ。


 誰もかれもが電話を使いたがるから

 長い長い列ができている。


「マネージャーですから」

 いつ終わるのかというのは重要だろう。

 この先のスケジュールにも関係することだ。


 福原康夫監督は、こだわりが強く厳しいことで有名だ。

 雨のシーンで何度も取り直し、

 雪のシーンで何度も取り直し、

 嵐が来た場面でも何度でも取り直す.


「監督そこまでこだわらないくても」


 思わず苦言を呈した若いADに

 怒鳴っているところを見てしまってから

 監督に文句は言うまいと心に決めたのだ。


 あんな風に怒鳴られてしまっては

 現場の雰囲気がものすごく悪くなってしまう。

「よし、完成だ」

 監督のその一言を心待ちにしていた関係者は多数いた。


「よし、乾杯だ」

「評価されるといいな。『倉敷の美女は夜をいざなう』」

「ああ」


 ろくな居酒屋もない場所で

 缶ビールを片手に祝杯を挙げている。

 仕方なくマネージャーをしていた平岩さんは

 目を輝かせ、宿へと走っていった。

 終わったことを連絡するに違いない。

「やっと帰れる」


 かくして山籠もりのような険しい撮影期間は幕を下ろしたのだった。


 ☆☆☆

「長かったわね」


「ええ。久しぶりに都会のきらびやかさを感じて

 帰ってきたって感じしています」


 今朝、送ってもらったのだが、

 ただの運転手に戻った平石さんは心底ほっとしている様子だった。

「そう。かえって早々だけれど、

 今度はクロデミ―賞候補としてのテレビ出演が待っているわ」


「クロデミ―賞? あの有名な? なんで俺なんかに」


「飲みの席で監督が賞を取らせるなら佐々木君って言ったから。

 報道陣が躍起になって君を出演させたがっているのよ」


「知らなかった」


「でしょうね。君は無茶な要求で体調悪かったって聞いたから」


 雨の中、雪の中で数十分も衣装でいて体調を崩さないわけがない。


「体調が万全でないところ、申し訳ないけれど福原監督から招待状よ」


「え? 何ですか」

「クロデミ―賞発表会にいらしてくださいって」


「長時間スーツは嫌ですが、仕方ないですね」

「よろしくお願いね」

 マネージャーはウキウキとしている。

 ☆☆☆


 司会は声を張り上げ宣言する。


「クロデミ―賞の栄誉に輝くのは

 福原康夫監督の『倉敷の美女は夜にいざなう』です。

 どうか盛大な拍手をお願いいたします」


 紹介された監督は壇上に登り挨拶をし始める。


「特にお礼を申し上げたいのは主演の佐々木君です。

 彼がいなければこんな素晴らしい作品には到底至らなかったでしょう」


 監督が事前に何も言わなかったので、

 すべてアドリブで報道陣に堪える羽目になった。


「えーそうですね。この度は監督のおかげで――」

(こんなにも報道陣に囲まれるなんて聞いていない)

 何とか報道陣の質問に答えていく。


 一通り撮影と質問が終わったら、福原監督が話しかけてきた。


「楽しんでいるかね」

「ええ」

「主演俳優賞がだれになるのか楽しみだね」

「そうですね」

 なんとなく自分の映画から出させたいと思っているのは伝わった。


 そして福原監督はそれを実現するだけの権力があるんだろう。

(怖い世界だな)


「では主演俳優部門に行きたいと思います。

 主演俳優は佐々木隆太さん、そして華原ゆいさんです」


 華原ゆいは一緒に映画を作り上げたウチの一人だ。

 彼女は感激した風でインタビューに答えているが、

 きっとどこかの監督の推薦があってのことだろう。


「こんな栄誉な賞をいただけて本当にうれしいです」


 当たり障りのないことを言っておいた。


「光栄です。私もさらに精進していきたいと考えております」

「では、若く才能のあるお二人にもう一度、

 大きな拍手をお願いいたします」


(これは新聞もSNSもあれるなー)


 偉い人たちへ会釈をしながらそんなことを思っていた。




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