恋人

恋人との出会い

 事務所の忘年会では、様々な人が出入りする。


 俳優たち、モデルたち、記者やマネージャー、


 送迎役といった裏方仕事の人物まで何でもござれな空間である。

 

(他事務所の俳優も多い。こんな場所で不埒なことが起きないだろう)


 とはいっても、お酒が入る人も多い。


 会場に用意されたカクテルを取る。


(甘めなんだけど、実は割と度数強めなんだよなぁ)


 お酒がはいると話が弾むらしく、

 恋愛の話もチラホラと出始める。


 年上の女優から口火を切る。

 酒が入っているからか

 やはりこの手の話になる。


「佐々木君は、これまで浮ついた話はないわよねぇ」

「まぁ。モテないんですよ」


「そんなことないわ。気が付いていないだけでしょう」

「そんなもの好きいますかねぇ」


 今まで恋愛を避けてきた。でも、もういい年だ。

 それとなく周りからも急かされたりもしている。


 マネージャーも話に加わる。


「佐々木君、そろそろいい人いないの?」

 

 女性マネージャーとしても、

 ここまで女っ気がないと心配されるようになった。


「いつまでも独り身だと、後々苦労することが多いと聞く。

 君が独り身だとなんだか今後が心配になる。

 もうスキャンダルになる年齢でもないから相手を見つけなさい」


 社長からもこんなことを

 顔を合わせるたびに言われるのだ。


 そろそろ身を固めたいと思わないでもない。


 そんな時、華原ゆいに出会った。

「あら。佐々木さん。お久しぶりですわ」

「ご無沙汰しております」


 いつ以来だろうか、彼女はクロデミー賞の時並みに着飾っている。


 華原ゆいは近くで談笑していた女性を呼んだ。

「ああ、この子。

 私の後輩です。役者としてこれからの子なの。

 よろしくね」


「よろしくお願いします。高木華タカギ ハナと申します」


(かわいい)

 

 紹介された子に一目ぼれをした。


 年は三歳下だそうだ。

 可憐でかわいらしい。


 可愛いのはわかるのだが、

 あまりこの道を進んでほしくはない。


 女優として作品に出続けてキスシーンをしてほしくない。


「あれ、佐々木さん、一目ぼれでもしましたか」

「いや、そういうわけでは」


 図星である。華原はこっそりと耳打ちをする。

「ですよね。彼女今フリーなんですよ。頑張ってくださいね」

「おい」


「私はもう少し会食を楽しみますので。お二人は休憩してくださいな」

「はい。華原先輩」


 早々に華原には見抜かれてしまった。


 彼女の可憐で純潔さを守りたい。

 こんな気持ちになったのは初めてだ。 


 独占欲は弱い方だと思っていたのに


 まだまだ湧き出てきて自分でも怖いくらいだ。

「ちょっと、こっち来てくれる?」


「はい」

「お酒は飲んでいるの?」


「まだです。来たばかりなので」

「そうでしたか」


「少しバルコニーへ行きませんか?」

 

 相手が酔っていないのなら好都合だ。

 酒の上での冗談と流されにくい。


 もっとも俺が飲んでいては意味がないのかも知れないが。


「一目ぼれしました。付き合ってくれませんか?」

 怖いけれども、告白をした。


 相手はびっくりして目をパチクリさせている。


「私でいいんですか? 知り合って間もないのに」

「これから知っていきたい」

「いいですよ。

 実はあなたのことファンだったんです。

 話せて光栄です」


 案外、軽い返事だ。


「お願いというか、

 なんというか事務所としての意向も

 有るだろうからその、なんというか」


「言いたいことがあるのならきっぱりとお願いしたいです」


「キスシーンはできるだけやめてほしいな」


「――確約はできませんが、善処いたします」

 今度は彼女が言いにくそうにしている。


「あの、私たちが付き合っていると発表してもいいでしょうか」


「なぜ? 活動するにあたってはマイナスになるのでは?」


「……実は出演者の方からセクハラを受けてることが多くって。

 付き合っているのならば少しは止まるかもしれないと思って」


 彼女は目が潤んでいる。

 相当嫌なことがあったようだ。


「わかりました。きちんと記者会見をしましょう」

「そんなに大々的にしてしまっていいのですか」

「婚約ならば問題ないかと」

 

 バルコニーから戻って部屋に入ると 

 にやにやしているマネージャーと目が合った。


「佐々木君、私に言わないといけないことあるわよね?」


 敏腕なウチのマネージャーが、

 そんな美味しい話題を見逃すわけはない。


「ウチの出世頭に相応の待遇をしないとね」


 女は目ざとい。

 話をしないわけにいかなかった。

 


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