第16話クランクアップの飲み会

 約束通りマネージャーの西原さんは来てくれた。


「これから移籍初の飲み会に行っていただきますが、

 酔って不祥事にならないように弊社では二人一組での参加を義務化しております。

 今回は平川という者が同席いたします」


「平川だ。よろしくな」

 この方は言わずと知れた大先輩だ。子供のころからテレビで拝見してきた。

 知らないわけはないし、粗相は絶対にできない。


「よろしくお願いします」

「主役がいないと乾杯できないもんだからさっさと行くぞ」

「はい!」

 この飲み会ではトラブルも困った話し合いもなく、すんなりと終わった。


 悪酔いする人もいなければ、変に先輩風を吹かすちともいない。


(こういうのが大人の飲み会ってやつなのか)


 何もなさ過ぎて感激してしまう。


「よぉ。今日は主役としてみんなを引っ張っていて決まってたぜ」


「平川先輩も同席ありがとうございました」


「お前には見張りなんて必要ないとは言ったんだが、規則らしくてな。

 しばらくはやりにくいかもしれないが頑張れよ」


「はい! ありがとうございます」


 こんな風に昼は撮影、夜は懇親会が入ってきていた。

 しばらくは平川先輩が可能な限り二人一組の相手をしてくれるようだ。


 毎日精一杯仕事をこなしていたら

 あっという間にもう半年経ってしまった。


 主演ドラマや主演映画が多くなってきてアイドルと言うよりは

 確実に演技派の俳優となってきている。


「師走か」


 前の事務所ではあれこれの飲み会に行ってヘロヘロになったものだが、

 こちらの事務所では別の意味でのヘロヘロになっている。


 以前の事務所所属の安藤先輩から電話がかかってきた。


『いやー今の事務所厳しくて女の子どころじゃなくて……』

 30分粘られたが、なんとか断われた。

 今は冗談ではなく忙しい。

 体のメンテナンスのために整体に通って、

 ジムに行く時間はないからセルフの筋トレしてなんとか体を保っている。


 いつものように定例会の目標を決める。


「何がいいかな」

 主演という目立つポジションで活動しているからファンレターやプレゼントといったものは爆発的に増えた。


 ファンレターには告白をしてくるつわものもいる。

 出会う場所もないしありえるわけがないと思っていたら、

 共演者経由で飲み会を聞きつけてきたのだ。

 

 共演者の一人から紹介したいやつがいるという。

 平川先輩と一緒に行ったら「佐々木さん、付き合ってください」ときたものだ。


 彼女の言い分はこうだ。


 「ファンレターも送ってあります。どうして連絡してくれないんですか?」


 ストーカー行為としてカウントしてもいいかもれないギリギリのラインの行動だ。どうしてこんな事になったのか。

 一応平川先輩も入ってもらって、告白を断って大事おおごとにしないように約束してはもらったが。


「やっぱり報告しないとだめだよなぁ」


 気乗りしない自分を叱咤して報告のメールを打つ。


「『どうしたらいいですか?』送信っと」


 すぐにメールが返ってきた。


「断って下さい。連絡先も教えないで下さい」


「やっぱりこうくるよね。『教えてませんよ』っと。送信」


「それならいいです。

 しばらくは飲み会にもいけなくなると思います。

 写真を取られる心配がありますので」


「飲みたいときには自宅で男性に限り許可いただけませんか?」


 事務的な内容が帰ってくる。


「なぜですか?」


「演技の相談や共演者とのコミュニケーションは酒を絡めたほうがスムーズです」


「仕方ありません。くれぐれもお酒の上でのトラブルはご遠慮下さい」


「はい」


「では、次はドラマ主演ですので体調は万全にしておいて下さい」


「はい」

 マネージャーに報告が終わったら、平川先輩に電話をかける。


『ちょっと頑張りすぎていたのかもな。少し休んだ方がいいだろ』


『はい。またいつか飲み会に読んでくださいね』

『おう。またな』


 数カ月ぶりのまともな休日になりそうだ。


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