第12話 宵あけ
憧れの人と会えた宵があけた。
だいぶその場は盛り上がったし、幹事にも褒められた。
「セッティングした甲斐があったぜ。気をつけて帰れよ」
「うす。……疲れた」
そんなに男性としての性を憎いと思った日はなかった。
憧れの女性にあんなに引っ付かれた日には
理性がどうにかなってしまいそうだったが、きちんと理性が仕事をしてくれた。
「我ながらさすが鉄壁の理性」
今日は自画自賛してもいいと思う。本当に不倫沙汰にならずに済んでよかった。
(もし不倫沙汰になっていたらどうする気だったんだ、クソ先輩め)
飲みの次の日は休日になっていて幸運だと思う。
憧れの人に合えた喜びはあった。
確かにうれしかったはずだが、獰猛なまでの色欲の目にがっかりするのは清楚系だと思い込んでいたからだろうか。
もうアイマスクして寝よう。
「……休めない」
手に取ったのは前世の自分の曲。
もう自分には歌えない女性アイドルの曲。
「憧れは自分にしてしまえば楽かもな」
そうすれば幻滅することはないだろう。
何十年も前の駆け出しのアイドルのことなんてなんで憧れたといえるのだろう。
「言い訳が浮かばない」
確実におかしないことになるのだが、
これだけ誘惑が激しいなら使うのも手だろう。
「ありだよな」
自分に言い訳をして意識を手放した。
☆☆☆
次の出勤日。噂の先輩に出会った。
「この前の飲み会ありがとうございました」
「何だ、何もなかったのか、つまらん」
「何かあったら週刊誌沙汰ですよ」
「お前も撮られてくればいいじゃないか。神宮寺みたいに。
幸せそうだったぞ。奴は」
すぅーと肝が冷えていく。
お前だったのか。ライバルを貶めたのは。
「へぇー。そうなんですね。ついでに先輩のあこがれの人を聞いておきますよ。
今後何かあったらお近づきになれるかもしれませんね」
「無理だね。俺のいい人は天国にいるからさ」
言った先輩はなんだかしんみりしている。
どうやら比喩ではなく亡くなった方のようだ。
「そうですか」
本当に残念だ。
縁があったら、ライバルにしたように
無期謹慎にさせてやろうと思うに故人とは。
「無名のアイドルさ」
「ふーん。そうっすか」
それが誰かは追及できなかった。
俺は事務所の雑誌から憧れの人探しのやり直しである。
(もういっそ、自分を憧れの人にすればいいんじゃないか)
十数年前のあこがれの人になりえるだろうか。
「父親の趣味ってことにしておくか」
これで、女性問題はクリアしているはずだ。
過去の自分の写真を各所から取り寄せて眺めている。
(過去の自分なのに、かわいいと思ってしまう。これはいい作戦だな)
「お前ってそういうタイプが好きなのか」
事務所にいる時間が長すぎたらしい。
あの先輩に捕まった。
「そうなんですよ。かわいくないですか」
「その写真よこせ」
「この子何十年も前に」
「わかってんだよ。この子があこがれの女性だ」
「は?」
「だからこんなかわいい子がタイプだったんだよ」
(こいつ、転生前の私のファンの一人だったとは)
衝撃的な事実である。こちらとしてはお近づきにはなりたくなかった。
(男の姿でごめんなさいね)
心の内で詫びるしかない。
しかし何十年も前のことなのに覚えているのはストーカー気質な男である。
(芸能は魑魅魍魎しかいないのか)
恐怖すら覚える今日この頃である。
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