十九日目:「氷」『氷蟹の相方が考えたこと』

 氷属性の蟹?

 他の人のとこにもいるらしいが、うちの蟹は元気にやってる。

 この前は作りたての冷製スープを冷やしてもらった。時短になって嬉しいね。特に夏は。

 俺は冬でもアイスを食べるから、氷属性の蟹がいて困ることはないんだ。

 蟹自身は氷属性のことを気にしてるけど、俺はいいと思う。氷属性なんてかっこいいじゃん。主人公のライバルみたいだ。

 え、主人公って誰、って?

 そりゃあ、まあ……

 炎属性の蟹とかなんじゃないかな……?

 炎属性の蟹がいるかどうかは知らないが。

 なんか熱血そうだよな、炎属性の蟹。

 今の時代熱血主人公なんて流行らないとは思うんだけど、蟹ならなんだか許せる気がしてこないか?

 ……こないか。そもそも熱血キャラ自体が流行らないもんな。

 こんな時代だ、熱血で乗り切れる世の中じゃなくなってきてる。

 そんな時代に氷属性の蟹は向いてる……向いてない?

 そうだな。冷笑系も時代遅れだし。うちの蟹は冷笑系じゃないけど。

 どちらかというと……うじうじ系?

 毎日家で冷えてるよ。最近酷暑が続いてるからエアコンいらずで便利だ。

 蟹は落ち込んでるがな。

 正直言って俺はなんであいつがあんなに落ち込んでるのかあまりよくわかってないんだ。

 能力持ちの蟹ってだけで貴重なんだ、それが本人(本蟹)の気に入らない氷属性だったってだけでそこまで落ち込む必要あるか?

 いや、でもこんなことを言うと俺の方も何なんだって感じになるよな。

 俺も絶望したことがあるから蟹がうちに来てるわけだし。

 絶望した人間を選んでパートナーになる怪異、「蟹」……。絶望していない人間のところに蟹は来ない。

 そういうこと。

 何で絶望してたのかはもう思い出せないんだ。というか、思い出せなくなってるのかもしれない。蟹によって。

 思考操作とかそんなことされてるのは人権侵害かな~みたいに思う人もいるかもしれないが、絶望したままじゃ生きられなかったから別にいいんだ。

 でも、蟹の気持ちがわからないのはちょっと申し訳ない。俺が蟹の悩みをわかってやることができたら蟹もあんなにうじうじしなくて済むのかもしれないから。

「君にそんなことを言われるなんて、蟹失格だね……」

「お、蟹……うじうじからは復活したのか」

「復活というほどでもないけど……」

「この通り、夏でも涼しいのはお前のおかげだからさ。俺はお前に感謝してるよ」

「うーん……」

「どうした?」

「僕、もっと主人公っぽい属性がよかったんだよね」

 冷気を放出しながら蟹は言う。

「主人公っぽい属性って?」

「そりゃあ、君……『無』でしょ」

「無?」

「能力がないように見えて実は……みたいなパターンだよ」

「ああ、そういう……」

「時止めとかさー。無効化とかさー。何か他にあったでしょ、もっといい属性が」

「氷以外にか?」

「当然だよ! 氷って……氷は炎に弱いじゃん!」

「いや、氷で炎を完全に閉じ込めてしまえば炎は消えるんじゃ……」

「閉じ込める前に炙られてとけちゃうよ~」

「お前の氷はその程度だったのか!」

「やめてよぉ熱血指導……いらない」

「すまんすまん」

「いやさ~、ほんとにさ~、氷だよ? 氷……」

「お前のおかげで俺は買い物行くときに熱中症にならずに済んでる」

「うん……」

「お前はその氷属性で俺の命を守ってるんだぞ」

「でも冬は駄目じゃん」

「アイス冷やしてくれてるじゃないか。冬はヒーターつけてるから室内暖かくてアイスがすぐ溶けるって」

「そのくらいでしょ~? 冬でいいことって」

「……」

「ほら」

 蟹が下を向く。

「別にお前、蟹ってだけで俺の助けにはなってるんだから、それ以上のことを求めなくても……」

「うう……」

 呻く蟹。

「もっと有用な属性がよかったんだよお……」

「蟹……」

「僕も特別な存在になりたかったんだよお……」

「俺のパートナーってだけで俺にとっては特別な存在だが……」

「世間の役に立ちたかったよお……」

「ん……?」

 その蟹の言葉はどこか聞き覚えのあるような、馴染みがあるような。

 そんな気がして。

 思いを巡らせようとするが、目指す先には靄がかかって何も見えない。

「蟹……」

「何ー?」

「ひょっとしてそれ、俺の絶望じゃ……」

「……」

 蟹はハサミをちょきんちょきんと開閉する。

「……?」

 はて……?

 俺は何を考えていたんだったか。

「やっぱり僕は蟹失格だねえ……一匹で抱えきれないどころか引きずるなんて」

「蟹?」

「君はまだ休むべきなんだ。余計なことに気を回していたら疲れてしまう」

「それはどういう……」

「スポドリでも飲む? 冷やしてあるから」

「……」

「どうぞ」

 蟹は何もない空間からスポドリを取り出し、俺に渡す。

「……サンキュ」

「うん」

 夏のスポドリは神の味がする。

「今日も暑いんだ、冷やしマシマシでお送りします」

「おお、頼もしいな」

「ひんやりパワー」

「涼しい……」

 蟹の冷気を受けていると、何もかも忘れられるような心地になる。

「そう、それでいいんだよ」

「……?」

「今日もたくさんのんびりしようね、君」

「……ああ」

 夏はまだ続く。

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