第4話 ヒロシのエンタメ論

                  ・


 ——今、目の前のことを楽しめているか?


 俺が現代の人に投げなけたい問いである。


 俺は帆夏を通じて、スマホの画面しか見なくなった現代人に、生のエンタメを楽しむ心を取り戻してもらいたかった。


 人の心に強く残るエンタメというのは、五感で触れた感覚やその時の自分の状況なども含めて、初めて完成されるものだと思っている。

 昨今のスマホをはじめとした技術は急激に発達し、人々の暮らしは便利になった。おかげで、いつでもどこでもエンタメを楽しめて、さらに保存もできる。

 しかし、その弊害として、目の前の出来事を五感でリアルタイムに楽しむことが難しくなったと思う。


 路上ライブを観るにしても、最近はスマホを構えながら観ている人が多い。写真や動画を撮りながら、頭の片隅では、綺麗に撮ることやSNSで拡散してどれくらいのいいね!がもらえるかという計算をしているのではないだろうか。

 他には、例えば美味しそうな料理を食べるときも、自分がそれを食べたときにどう感じるかではなく、その料理がSNS映えするかとか、他の人がその写真を見てどう感じるかとか、そんなことばかり考えているのではないだろうか。


 動画や写真を撮って保存し、それを共有することに一生懸命になる人が、最近は本当に多いと感じる。

 しかし、永遠に保存できるデータを残しても、それが必ずしも自分の思い出として永遠に残るとは限らない。

 エンタメの種類やそれを提供する媒体は充実する一方だ。しかし、目の前で起きることをその瞬間に感じられないで、果たして本当にエンタメを楽しんでいると言えるのだろうか——


 そんな想いがあって、俺は帆夏を作った。


 帆夏には、ほぼ人間と同じ行動や思考ができるスペックを備えさせた。

 しかし敢えて、人感センサーを人の目線にのみ反応させるようにした。

 そのため、スマホ越しに帆夏を見ても帆夏は動かない。

 帆夏を動かすには、帆夏のことを真っすぐ見つめる——つまり、目の前の帆夏のライブに集中する——必要があるのだ。


 帆夏は既存のAIロボットをはるかに超越した動きができるうえに、レスポンスのパターンも、生粋のアイドルオタクである俺が今までに見てきたものを学習させた。

 だから、スマホやSNSに頼らなくても人の目を釘付けにできると思っていた。

 帆夏は、アイドルオタクなエンジニアである俺の、威信を懸けた挑戦でもあったのだ。


 しかし俺の願いは、儚くも裏切られる結果となってしまった。


 最近になって百人を超えるファンが集まるようになったが、帆夏のセンサーが常に感知していたのは、実は最前列の美里さん一人だけだった。

 それ以外の人は、ほとんどスマホ越しにしか帆夏を見ていなかったので、帆夏はその人たちをうまく感知できなかったようだ。おそらく帆夏には、その人たちの目が蛍の光のように点滅して見えていたのだろう。

 毎日それを続けられた帆夏は、ライブの妨害行動だと捉えてしまったのか、その人たちの目を塞ぐスマホを破壊するように動いてしまったようだ。

 最終的には美里さんも、帆夏をスマホ越しに見るようになってしまった。


 もちろん美里さんや他のファンの人たちに悪気は無く、帆夏のファンを増やすための行動だったことは分かっている。しかし、こちらがいくら想いを投げかけても画面越しにしか反応してもらえないのは、辛い事なんだと分かってほしかった。

 俺は、せっかく集まってくれたファンの人たちに、目の前の帆夏のライブを全力で楽しんでほしかった。


 しかし、エンタメの形や物事の楽しみ方が時代と共に変わっていくというのも、また事実だ。人それぞれ違う楽しみ方があっていい。

 排除されるべきは、いつまでも古い形にこだわり、自分の価値観を押し付けようとする俺みたいな人間なのかもしれないな。

 何にしても、結局一番大切なのは、自分自身が楽しいと感じるかどうかだ。


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