真偽の狭間で

@manesta

Episode.1 The Catcher


 こうして話を始めるとなると、君たちは僕が語る蘊蓄うんちくとか僕のどうしようもない脳内が気になるのかもしれない。けど、僕にとって僕のことはさほど重要でもない話だし、僕の顔がどこを向いているのかも正直どうでもいいと思ってるんだ。

 大事なことは、頭のてっぺんじゃなくて、手が、足が、どこに向いたかだと思ってる。手をどこに伸ばして、足でどの土を踏んだかに嘘はつけないだろう?

 そういうわけで、ここから始まるのはと動く僕の、へんてこなお話のあれこれ。聞くだけ聞いたら、君もさっさと手足を動かしたまえよ。



 * * * * *



 思い続ければ、いつか実現する。

 努力を続ければ、夢は必ず叶う。

 諦めなければ、必ず報われる。

 いつぞやのアポロギア的な話が途絶えなくなるくらい増えた、現代とかいう大災害の真っ最中。

 俺が生まれたのは、そんな時代のど真ん中。太陽に目を背けられても明るさを諦めない、白熱電球みたいな都市まちの隅っこ。


「こら、やめなさい」

「あー、すみません。でも、最後に一芸やらせてもらってもいいですか?」

「刃物を扱うような危ないものは許可できない。途中であっても、今すぐにやめなさい」

「あー……分かりました。やめます」


 両手の上にピラミッド重ねされていた多様な刃物たちは、その後丁寧に一本ずつキャッチされていき、バッグの中に収納された。


「そのバッグ、ちょっと預からせてもらうよ。同じことやられたら仕事にならないからね」

「あー……はい」


 厳しい姿勢で、それでいて威圧感のない丁寧な対応。この警察官たちは、治安の守り人としてこれ以上ないほどに模範的だ。何度も同じことを繰り返している俺に対しても、『若者の行い』として比較的優しめに対応してくれている。

 警察官と共に去っていく俺を、芸を見てくれていた観衆たちが拍手と共に送ってくれた。また明日以降に来ても、彼らは笑顔で俺を迎えてくれるだろう。

 この街は、俺に対して本当に優しい。失敗をしてしまっても、拍手と共に応援してくれる。罵詈雑言など、ほとんど聞いたことがない。居心地が良さでいえば、俺は本当に恵まれている。


 だが_____その優しさこそが、俺の心を凶器よりも深く削っていくものだ。


「……いっそのこと、『面白くない』って言われた方が楽だってのに……」


 大道芸が流行る時代は、とうに終わった。

 そんな中で、俺はずっと世界一の大道芸スターを目指している。

 できることは、今のところ全てやっている。常に新しい芸を作り続け、毎日人が集まる場所でそれらを披露している。知名度は徐々に広がり、芸を披露する者としてはそれなりの人気があると自負している。


 だが_____世界一は遠過ぎた。

 

『今時大道芸で食っていこうって思うなら、ちっちゃい時から有名な劇団に入るとか、あとは芸能人としてデビューしなきゃキツいな。お前さんもまだ若いし、今からでもそういうオーディション受けたらどうだ?』


 俺は凡人だ。元から器用だったわけではなく、血の滲むような努力と我慢の果てに、やっとのことでここまで来た。才能とやらに頼ったことは一度もなく、発想も全て無数の試行錯誤の上に積み重ねられただけだ。世間では、こうして成り上がっていくことを賞賛する考えがあるらしい。


 だが、俺に言わせればクソ喰らえだ。


 元から器用な人間、発想が天才的な人間のそれに、努力の積み重ねなど到底敵わない。

 物心ついた時からの英才教育、そして幼いながらの無我夢中を積み重ねた人間のそれに、社会の仕組みを知ってからの積み重ねは意味を成さない。

 それに気づくのは、全てが後の祭りとなってから。何もかもが自己責任になった後に、己の積み重ねの少なさに気付かされる。

 賞賛される成功譚など、そんなものは存在しない。存在しないからこそ、空想としてはよくできたものになるのだろう。


「……アホくさ。やってられるか」


 手先を動かしてくれるのは、行き場のない後悔、憤怒、嫉妬、その他諸々。

 それと、惨めなくらい小さな_____ほんの僅かな期待。

 


 * * * * *



 熱された金属が水に浸かると、急激に冷えて形が変わる。

 同じように、温まった心が冷える時、心はびっくりするくらい変化する。


「ぶっちゃけさ、大道芸ってもう流行らないよね。なんでずっとやってんだろう」


 道端で聞いた、呼吸のように平凡極まりない呟き。

 悪意も善意もない、当人にとってはほとんど意味のない音声。

 だが、意味とは、価値とは、誰が関わるかによって為替が決まってくるものだ。

 俺にとって、その言葉は大砲を撃ち込まれたことと変わらないくらいの効果がある。

 気づけば俺は、無我夢中で逃げ出していた。



        『そんなこと続けても、何の意味もないのに』


  うるさい


   『もっと他にやりようがあるだろう』


                     黙れよ


              『もったいない』

  

      どの口がほざいてんだ


      『今からでも遅くないよ』


                         嘘つけ


                    『もっと頑張ろう』


         くたばれ


__________


     __________


          __________


               __________




 気づけば、俺は


「……は?」


 意味の分からん場所に来ている。

 

 既に夜になったはずだが、なぜか空が明るい。明るいのだが、月が出ている。

 雨のように水滴が落ちてくるが、空に雲は一つも見当たらない。

 地面はアスファルトの色だというのに、踏むと土の柔らかさ。

 周囲を見渡すと、霧のようなものがかかっていて、遠くを見通すことができない。

 俺は道に迷ってしまったのだと思い、覚えている限り辿ってきた道を戻ることにした。だが、いくら進めど景色が変わることはない。ただただひたすらに、無骨な殺風景が広がるのみ。


(近くにこんな場所あったか? 気味が悪いな)

「近くにこんな場所あったか? 気味が悪いな」


「_____⁉︎」


 突如として後ろから話しかけられたことで、俺はビクッと体を震わせながら飛び退いてしまった。

 ただ声をかけられて驚いただけではない。発せられた言葉の内容は、


「…………」

「無我夢中になって走り目を開けると、そこは謎が揺蕩たゆたう不思議な街でした_____導入としては地味だけど、その分本人が面白ければ問題ない」


 後ろにいたのは、全員が黒で覆われた怪しいことこの上ない男だった。男と分かったのは声の低さ故であり、見た目から分かることはほとんどない。フードを深く被っており表情は見えないが、僅かに口角が上げられた口元だけは、辛うじて見ることができた。


「…………」

「…………」

「…………あれ、『誰だ』とか『何者だ』とか訊かないの?」


 見た目に反して、口調はまるで子供のように、随分と砕けている。

 状況を作っている全てが理解できずに混乱している俺は、ひとまずできることから手をつけようと、目の前の男との会話を試みることにした。


「……あんたは誰なんだ」

「僕は……っと、名前は言っちゃいけないんだった。まぁ、どこにでもいる平凡なクリエイターだよ」

「クリエイター?」

「そう。人の足跡、手の温もり、交わされた視線_____それを言葉に置き換え、語らい、知らしめる……そんなことを生業なりわいにしている人間だ」

詩人ポエマーってことか?」

「詩は苦手だけどね」


 クリエイター。俺も一応、そんな存在の端くれなのだろうか。物に宙を舞わせるだけの芸当が、何を創造したのかはよく分からないが。


「で、ここはどこなんだ? なんか、走ってたらここに迷い込んじゃったんだけど……裏街かなんかか?」

「はは、現実世界にこんなな場所は存在しないよ。ここは……《狭間の世界》だ」

「…………?」


 黒い男が指先を空に向けると_____明るい夜空に、突如として華やかな光が舞い散る。打ち上げられた花火_____否、は、「ポンッ」というあり得ない音を発しながら弾け、星型の光をばら撒いた。

 弾けた光はゆらゆらと漂いながら四方に飛び散り、その先で再び花弁を咲かせた。音はさらに多様に増えていき、ラッパの音、シンバルの音まで響いている。


「…………は? な……これは……」」

。どうだい、バカみたいだろう?」


 空に咲いた巨大な花は、どういう理屈かずっと浮かんでいる。あちこちで鳴り響く愉快な音楽は、どこまでも続き、そして響いていくかのようだ。まるで、この世界全てがサーカスハウスになったかのような愉快さがあった。


 俺は、その光景に見とれた。


 なんとか賞を取った映画の名シーンを見るときと同じように。

 続きが気になる漫画を読んだときと同じように。

 魂の叫びを紡ぎ出す音楽に触れたときと同じように。

 心揺れる美しい景色を目にしたときと同じように。


「……はは」


 俺は   笑った。


「現実離れしていることを、時に人は『馬鹿馬鹿しい』と笑う。でも、それは笑顔が消えてしまう現実より、よっぽど明るい」


 黒い男は鮮やかな光に照らされながら、フードを脱いだ。その下には、あらゆる光を跳ねのける真っ白な髪と_____異様な色彩の青い目があった。それでいて、考えていた通り顔は少年のように幼い。

 現実にいるとは思えぬその容姿に、俺はようやく理解した。


 ここは、どうやら本当に空想の世界らしい。


「君は僕のことを知らないだろうけど、僕は君のことをよく知ってるよ。この世界には、色んな形の空想が日々流れてくるからね」

「……空想?」

「練り上げられた空想は、時には現実を塗り替えるほどに強い力を発揮する。そういうものをまとめ上げ、強い力をコントロールする……それが僕みたいな人間の仕事だ」


 空をよく見てみると、この世界がいかにおかしいかが分かる。

 光を放つ月は、まるでコミックに出てくるかのようにやたらと大きく、妖しい光を放っている。

 雲は本物の綿のような形をしており、現実の雲よりも随分とまとまりがある。雲同士がぶつかってピッタリ2倍の大きさの雲ができる様子は、もはや絵本の世界だ。

 どこからともなく流れてくる音楽も、よく考えればどこから響いているのやら。遠くから響いているようにも、耳元で鳴っているようにも聞こえる。

 

「君がこの世界に迷い込んだのは……きっと空想を強く追い求めていたためだろう。現実を拒絶し空想を選ぶ……人間という生物にしか選べない選択肢だ。実に面白い」

「何だ、俺が現実逃避してたとでも言いてぇのか。現実逃避して頭がイカれたから、こんなところに来ちまったのか?」

「君は逃避したわけじゃない。誰よりも強く、。大道芸を通して、少しでも多くの人に空想の笑顔を与えようと努力した」

「……!」

「そのために、世界一の大道芸スターを目指しているんだろう? いいじゃないか。現実に準じるより、よっぽど素敵だ」


 俺が_____一番欲しかった言葉だ。

 ああそうか、分かった。俺は別に、認めてくれないことに虚しさを覚えていたわけでも、つまらない反応しか見せない聴衆に不満を抱いていたわけでもない。

 単に、俺が何のために大道芸をやっているのか理解してくれる人がいなくて、寂しかっただけなんだ。

 涙なんて流さない。でも、今は_____少しくらい、この景色を眺めていたっていいだろう。


「空想を追い求めることは、基本的に孤独だ。基本的には現実に生きている人々にとって、空想の存在はあまりにも遠いからね。だが、安心してほしい」


 黒い男_____いや、白髪青目の男は俺に近づき、そっと肩に手を置いた。


「この世界、そして僕は、君のような人間の味方だ。またいつでも_____遊びにおいで」

 

 そして__________



 * * * * *



「___________⁉︎」


 気づけば俺は


「……ああ」


 いつも通り、現実の波に呑まれている。


「……明日の準備、しないと」


 俺が生きるのは、止まらない歯車達が絡み合い回り続ける社会。雨の音すら途絶された、湿ったコンクリート塀の奥。

 そして_____目指す先は、例えようもないくらいお花畑な景色。空の上にも海の奥深くにも地平線の彼方にも無い、爛漫で愉快な物語。

 その距離はあまりにも遠い。距離という概念が介在できぬほどに、どうしようもなく隔てられている。

 だが、歴史を振り返れば_____その距離は、

 

「だから、そのままでいいんだ」


 白髪青目の男は、力強く踏み出した"彼”の歩みを見て微笑んだ。

 

 今日もまた、現実と空想の狭間で、一人の青年が新たな歩みを始めた。それは男にとって、これ以上ないほどの喜びである。


「いい物語になりそうだね。さてと、題名は_____」


 そしてまた、狭間の世界へと帰っていく。


「……『The Catcher』。いつだって僕は、この世界で待ち構えてますよ、と」

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