第4話

俺は図書館の絵について、聞き込み調査をしてみた。

 あまり期待をしていなかったが、話を聞いて回っていると、とあるオカルト話が浮上した。


 昼になり、俺は約束通り、アロイと食堂で落ち合った。

 自動販売機で買ったパンとお茶を飲み、腹ごしらえをして

から、先ほど聞いた話を話す。

「オカルトで、『幻の絵画』というものがあるらしい。図書館の最下層にあって、ごくたまにしか見られない絵画」

 アロイが身を乗り出す。

「凄いな!間違いなくソレだろ!」

「でも、オカルトだけあって、色々な話があるみたいだ。絵の内容はランダムらしい。夜中に一人で肝試しをしてると、見た事もない絵画を見つける。そして絵に触れると、絵の世界に吸い込まれてしまう。一人は海の綺麗な砂浜だった。もう一人は森の中の小さなログハウス。他には、鹿のいる湖畔やコスモスの花畑。だから、毎回絵画に描かれている物は違うと言われている。さらに絵に入る前後の出来事は忘れてしまうから、絵の出現条件や内容が詳しくは伝えられないんだ。本人は絵の中に入った記憶しか残らないらしい」

「なるほど、面白いな」

「もう少し情報を集めてみる」

「おう。頑張れ。俺も話したいことがある。さっきトバトが来て、調査結果が送られてきた。それから、お前の父さんの所にメッセージも送ったってよ」

「そうか、ありがとう。それで、調査結果は」

 アロイは声を潜めて言った。

「ミゲルとミローディアの家族は銃で殺されている。強盗による無差別な発砲だ」

「何だって」

「ミローディアは右腕を散弾銃で撃たれて、弾の破片が体内で散らばって、右腕を切断する事になった。魔法の国の医療では限界があったんだ、壊死して腐敗が広がるのを食い止める方法は、それしか無かったそうだ」

「‥‥」

 俺は言葉が出なくなる。

 アロイが言う。

「ミゲルの父親はミローディアの叔父に当たる人物で、交流も多くあったらしい。強盗が入った時も、ちょうど集まってパーティーをしていたとか」

「そうなのか」

「ああ。ミローディアとミゲルの父親が仲が良かったのは、兄弟なのは勿論、同じ大学出身だったというのもある。二人は考古学部に在籍し、一緒に研究をしていたチームメンバーでもあったそうだ」

「ミゲルとミローディアは、従兄弟だったんだな」

「そういう事だ。ミゲルとミローディアは父の背中を見て育ち、似た環境にいた。そして、銃の事件が起き、二人だけが取り残された」

 想像すると胸が痛んだ。

「魔法の国じゃ15歳が成人で、ミゲルは孤児院へ行けない歳だった。親戚は全員殺されていたから、ミローディアだけが強制的に孤児院へ引き取られた。その後ミゲルは杖の事業を成功させて資産家となり、孤児院を買い取り、10歳になったミローディアを養子に引き取った」

「そっか、そういう理由があったのか」

 俺は一方的に非難したが、当事者にしか分からない事情はあるのだろう。しかし、歪みが歪みを引き起こし、起きた結果は余りにも悲惨だ。



 休日になった。

 俺は工場で、以前採寸した通りの義手を製作していて、ついに完成した。

 それを鞄に仕舞い、財布代わりの布の袋を開いて中身を確認する。

 両親が死んでいないかもしれないと分かった時の、トトの泣き顔が忘れられなかった。どれだけ寂しい想いをしてきたのか、その一瞬で伝わってきた。俺のエゴだが、何かしてあげたくなった。

 俺は色々な洋服屋を見て回った。トトが以前、一緒に街を歩いた時、可愛いと言っていた服を探して買ってきた。

 宿に着くと、もう良い香りが漂っている。

 すれ違うお客さんに会釈をすると、作務衣姿でトトがカウンターに出てきた。

「いらっしゃ‥‥おかえりなさい!」

「板についてきたね」

「はいっ!」

 トトは謎のパンチポーズをして俺に応えた。

 トトは最近宿で働きだした。毎日楽しそうで安心する。

 食器などの手伝いをして、トトとアロイと夕飯を食べた。

 さりげない話をするのが、楽しい。

 俺はもともと父親と二人暮らしだったから、こんな賑やかな食事は初めてで、胸が温かくなる。

 だが、父親は俺が死んだと思っているだろう。早く健康な身体に戻って、故郷に戻りたい気持ちもある。トバトが届いていると良い。


 夕飯を終えて、部屋に戻った。

 トトはまだ片付けをしていて、俺はシャワーを浴びる。

 痣を見て、ふと疑問が生まれた。

 そういえば、トトは何故上(アロー)があるのに白い血なのだろう。

 というか、精霊って呪われるのか?

 俺はトトにたずねてみた。

「うーん。そもそも、呪われているのも、まったく身に覚えが無いです。爆弾で怪我してませんし、普通に暮らして来ましたよ」

「そっか」

 トトが俺のベッドに座ってくる。

 隣にちょこんと座って俺を見上げる。

 トトが寂しがるので結局同室になった。

 俺は簡易ベッドを買ってきて、そっちで寝ている。

「そうだ、トトに渡したい物があるんだ」

「え、何ですか?」

 俺は鞄から洋服を取り出して、トトに差し出した。

「これ」

 赤くて白い丸襟付きの、袖とスカート部分にレースが付いたワンピースだ。

 トトは服を受け取り、ハッ!!と目を輝かせた。

「わぁ!可愛い!!」

 夜を照らし出すような眩しい笑顔で、ぴょんぴょんベッドの上を跳ねる。

 あまりの喜び様に笑ってしまった。

「良かった」

「着て良いですか?」

「もちろん」

 そのまま脱ぎ始めるので、俺は度肝を抜いて目を覆った。あらためて精霊の倫理観には驚かされる。

「着ましたよぅ!」

 トトは両手を伸ばして、その場でくるんと回った。

「おぉ、うん、良いね」

 羊の角があると、よりファンタジー感が増す。

 トトがえくぼを作ってニコニコ笑うと、とても愛くるしくて、ちょっと困る位だった。

 トトが背中に手を回し、聞いてくる。

「似合ってますか?」

「お似合いですよ」

「ふふ、嬉しい!ありがとうございます!」

 トトは窓の前に立って、カーテシーのお辞儀をしたり、腰に手を当てたりして反射する自分を見ていた。

 俺は完成した義手に視線を落とす。

 こっちはどうしようかな。

 あの女がミゲルの悪事を許容していることは許せないが‥まずは冷静になって懐柔し、情報を引き出すのが先かもしれない。

 トトの両親の事もある。

 だが、これを「はいどうぞ」と渡すビジョンが見えない。

 ああいうタイプは、普通に対面して会話する中で距離を縮めるのは至難の業だろうし。

 トトが隣に座り、覗き込んで言う。

「義手、完成したんですね」

「ああ」

「受け取ってくれると良いですね」

「そうだな」

「あ!良い事思いつきました!」

 トトがぴょんとベッドから飛び降り、机の引き出しから、何かを取り出す。ぴろん、とピンクのレースが付いた可愛いリボンが出てきた。

「何それ?」

「可愛いリボンがあったので、買ってきちゃいました」

 トトはハサミでちょきんとリボンを切ると、義手の腕の部分に、プレゼントみたいに綺麗にリボンをつけた。

「直接渡すより、置いておいたらどうですか?」

 俺は少々考える。

 直接渡すのは受け取ってくれなきゃ始まらないが、置いておくなら、ちょっと手に取ってみる、という事もあり得るかもしれない。

「やってみようかな」

「この手は凄くリアルです。きっと、大事に作ってくれたんだと、ミローディアさんも分かってくれます」

「そうだと良いけど」

 俺は軽く説明書を作ってメッセージカードみたいに差しておいた。

 まぁ、捨てられたらその時はその時だ。

 あの工場で得られた技術や、仲間達はかけがえの無い物だったから、後悔は無い。

「ジン、そろそろ血を飲んだ方が良いかもしれません」

「分かった」

 俺はナイフで首筋にそっと刃をあて、唇をつける。

 血を飲むのが終わると、トトが隣に座り、ちょっと遠慮がちに俺に櫛(くし)を差し出す。

「髪を漉(す)いて、くれますか?」

「いいよ」

 さらさらの白い髪に櫛を通していく。

 トトが甘えるように寄り掛かってくる。

「重いよ」

 トトは上向いて、不満そうに頬を膨らませる。

 より体重をかけてきて、俺は抱き止めた。

「ちょっと」

「ふーんだ」

 トトは精霊だけど、今は本当の妹みたいに大事な存在になっていた。



   ー



 夢を見た。

 知っている扉だ。

 ミローディアの教務室。

 鍵穴の先に、ミローディアとミゲルがいる。

 なにやら口論をしている。

 ミゲルがミローディアを突き飛ばし、ミローディアは壁に身体をぶつけ、床に倒れこむ。


 δεξιά(デクシア)が俺に見せているのか‥?



 ふっと、目が覚めた。

 カーテンの隙間から差し込む光は弱く、小鳥たちが囀っている。早朝だ。

 俺は宿を飛び出すようにして、登校時間よりも早く登校した。

 今日はミゲル校長による講演がある。校長は講師ではないので基本ミゲルとは会えないが、年に二回ほどある行事でこの時ばかりは顔を合わせる事になる。

 あれは、ミローディアの教務室だ。

 ミローディアは幻覚魔法を担当しており、一年ではまだ履修登録できないようになっているため、大学内でミローディアと接触するのは難しかった。

 大学の講師の教務室はドアノブやプレートが金縁で、リッチな風の個室になっている。

 ノックをする前に、部屋の向こうから声が聞こえてきた。

 ミローディアが嘆くように声を荒げる。


「機械だけを消す事が出来るなんて、現実的に考えて無理に決まっています!」

「不可能なことを可能にするのが奇跡というものだ。実際に遺物も見つかっている。考古学的に存在が証明されている。お前までそんな事を言うのか」

「あの精霊に騙されているだけですよ!都合の良い事を言われて‥‥たしかに機械を綺麗サッパリ無くせるなら良いですけど、そんな都合の良いことあるはずが無い!」


 口論が続く。内容が気になるが、夢の通りになると予測でき、俺は直ぐに戦闘準備に入った。

 ポケットからメモ用紙を取り出す。床の上に置いて、万年筆で設計図を描いた。ローブを脱ぎ、長袖の下の下着にピンを使って設計図を挟む。

 その時、ガッシャン、と何かが割れる音がして、ミローディアの短い悲鳴が響いた。

 遅かったか。

 俺は勲章バッジの裏の針金を用いて、素早く扉の鍵を開けた。

 ミローディアが倒れている。

 ミゲルは俺をチラリと見ると、ローブの内ポケットからナイフを取り出して、ミローディアに向かって振り下ろす。

 正気か!?

 俺は間に入り、ナイフの切り付けをガラスの剣の柄で受け止めた。キンッ、と鋭利な不快音が発生し、力が拮抗する。

 ミゲルは身体を乗り出し、振り下ろす刃に力を込める。下から受け止める方が不利なのは明白だ。引いて相手の体勢を崩す余裕も無い。

 更にミゲルは片方の手で上から銃を構えて来た。

 俺は即座に唱える。

「オン」

 シャツに挟んでいた設計図が反応し、ガラスの剣先から横に蒼い光が一直線に放たれる。

 光の延長線上の窓辺には花瓶があり、蒼い光に包まれた花瓶は《浮遊魔法》で浮上し、凄まじい速さで銃に衝突した。

 衝撃でミゲルは銃を取り落とす。

 俺は銃を踏み、安全を確保すると、剣を引いてバランスを崩し、ナイフを上に弾き飛ばした。

「お前、今自分がやろうとしたこと、分かっているのか?」

「どうせ大した怪我にはならない」

「関係ない。こんな事をしていたらいつか、取り返しのつかない事になる。精霊の血だって限度があるんだ」

 ミゲルは静かに口元だけ笑みを作る。

 俺は言った。

「お前、銃で家族を殺されたんだろ。それがどんなに苦しくて悲しいことか知っているのに、よく兵士たちを爆弾で皆殺しに出来るな」

 ミゲルは鼻で笑った。

「お前には分からないだろう」

「認めたか!お前が何を企んでいるのか、話せ。そうじゃなきゃ分かりようが無い」

「分からなくて構わない。俺は誰にも理解を求めてはいない」

 ミゲルは言う。

「お前が入ってきてから、1分が経過した。両手は塞がっていて、お前は設計図を描いていない」

 俺は膝を着き、木の床に万年筆で素早く設計図を削って描く。

 ミゲルは机の上の書類を裏返してペンで設計図を描き、ペンを俺に向けて唱えた。

「オン」

 緑の光芒が光の矢のようにミゲルのペンから放たれる。

 描き終わり、遅れて俺が剣を構えて唱える。

「オン!」

 俺の剣先から蒼い光が一直線に迸(ほとばし)り、緑の光が俺の目の前で衝突した。

 瞬間、光が明滅し、爆弾のように凄まじい衝撃波が発生した。窓ガラスが割れ、部屋の物も吹き飛ぶ。

 俺はミローディアを庇って、伏せるが、飛んできた物に頭をぶつけた。

 額から垂れてきた血で視界が遮られる。

 緑の光がチラチラと見える。

 まずい。

 その時、右腕を何かが這い回るような感覚が俺を襲った。

 左目を細めると、二次試験の時と同じ、手の甲に勝手に設計図が描かれているのが見えた。

 俺は床に剣を向けて唱えた。

「オン」

 《冷凍魔法》が起動し、床にぶつかる。

 環境などお構いなしに、全てを凍らせて分厚い氷の壁で閉じ込める。

 ミゲルの幻覚魔法は氷の壁によって遮られた。

 氷の壁はミゲルを閉じ込めるように作られていて、俺はその隙に乗じてミローディアを抱えて教務室を出た。

 ミローディアを庇った時、ミローディアの身体がとても熱かった。

 外傷はほとんど無いが、高熱なのは放っておけなかった。

 俺は保健室へ行き、ミローディアは預けた。

 事情としては、俺が間違って魔法を暴発してしまった事にしておいた。ミゲルと争った、なんて話は通じるはずも無いし、設定を考えるのは面倒だ。

 その後、事情聴取を受けるかと身構えていたが、魔法の物質の保存の仕方に問題があり、爆発した、という事になっていて、俺はそこに居合わせた学生、という配役で不問になっていた。

 それにしても、口論でナイフと銃を持ち出すミゲルはおかしい。

 精霊の血で治癒力が上がるにしても、短絡的過ぎる。

 俺は、ふと腕の痣に視線を落とした。

 気のせいか、痣が大きくなっている気がする。腕の皮膚も硬く、明らかに黒子(ほくろ)の数が増えた。

 身体に異常が起きているのだろうか。

 オシシは、呪いが魂を汚染すると言っていた。

 ミゲルのように、思考が浅くなり、欲望に走るようか事もあり得るのだろうか。そうでなきゃ校内で銃を向けるなんて事にはならないはずだ。それも仲間であるミローディアに切り掛かった。

 ‥‥早く呪いを治さなければ、俺もああなってしまうのだろうか。呪いについて俺は知らない。トトの血をたっぷり飲んでいれば大丈夫、という訳では無いのかもしれない。

 俺は首を振る。

 冷静に一つずつ解決していこう。

 まずは目の前のことから。

 俺はミローディアのベッドの上に義手を置いておいた。

 俺はメモで言葉を付け足した。

 


   ー



 目が覚めたら保健室にいて、肩に巻かれた包帯で、色々なことを思い出した。

「帰らなきゃ‥」

 ミゲルは不安になっているに違いない。今自分達は依存のような関係にある。喧嘩をして反発しても、結局ミゲルは自分を大切にしているし、自分もミゲルを想っている。それは互いに分かっているのだ。

 お腹の辺りに不思議な重みを感じ、身体を起こして硬直した。

 腕にリボンが巻かれている。

 本物の手かと思った。

 その腕は、とてもリアルだった。

 なぜか涙が出てきた。

 義手を手に取る。

 作ってくれたんだ。

 メモが挟まっていた。


 ー 一人で抱え込むなよ。お大事に

 

 説明書もわかりやすい。

 ドライバーを使ってフックを外し、新しい義手を装着してみた。ソケットの部分が柔らかくて、腕を覆うように嵌める形になっている。そして、切断部の底の部分がフィットする。

「あっ‥」

 ミローディアは目を大きくした。

 驚きで言葉が出てこない。

 凄い。

 指が‥‥まだ覚束ないけど、動かす意思とリンクして動く。不思議‥奇跡すぎて、手品みたいに思える。

 機械の国はここまで発展しているのか。

 義肢装具が機械なのか、そうでないのかは、魔法の国では未だ議論が続いている。馬鹿げた話だ。

 腕を作ったのは、私の口を割るためだろう。でも、そんな打算だけでは生み出せないと確信する程の出来栄えの義手だ。

 機能だけじゃない。

 シリコンの腕が本当に良く作られていた。自分の皮膚と見比べると、静脈の位置さえピッタリと合っている。

 見ただけでコピーしたのだろうか。

 彼の成績は満点だった。

 正直、あり得ない。不正を疑った。

 魔法の歴史、設計図の歴史、設計図そのものの一つ一つの意味、何万も回答欄があり、絶対に満点は取れなようになっているのだ。寸分違わず、写真のように丸暗記でもしない限り、いや、瞬時に正確に暗記したものを引き出す力は、天才そのものだ。

 記憶の定着、引き出しが完璧ならば、あの《幻の絵画の中の情報》も、《正確》に引き出せるかもしれない。

 そうすれば、それが事実かどうか、確実に確かめられるかもしれない。

 そして、ミゲルを説得出来るかもしれない。



   ー


 

 取り敢えず、その日はちゃんと授業を受けた。再度保健室を覗くとミローディアは居なかった。ミローディアは早退してしまったが、義手もなくなっていたから、受け取った事がわかった。

 幻の絵画についての情報も集まってきて、良い感じだ。

 宿に帰ってきて、ベッドに転がり、何気なく携帯の蓋を開けて、留守番電話が入っている事に気が付いた。

 ミローディアからだ。

 俺はガバリと身体を起こし、耳を澄ませる。


ー  『機械と魔法の設計図』を読んでおきなさい

 

「機械と魔法の設計図?」

 俺はトトとアロイに聞いてみた。

「読んでおいてって言われたんだけど、何の本か知ってるか?」

 トトが物知り顔で、人差し指を立てて言った。

「機械と魔法の設計図は、スイズの昔(いにしえ)より伝わるおとぎ話ですよ」

「おとぎ話?」

 予想外の展開に、俺は驚いた。

「内容は?」

 トトは話し始めた。


ー 昔々、地球には人間と精霊が棲んでいました。人間は機械を作り、精霊は特別な力を使って、困難なことがあっても、互いに協力して、一緒に楽しく暮らしていました


「特別な力?」

「魔法の事だと言われています」

「へぇ。白い血の治癒力じゃないのか」

「うーん。私は魔法って聞きました」

「ふぅん」


ー ですが、ある日、悪魔が攻めて来ました。悪魔は地球を我が者の手にするために人間と精霊を殺し、戦争が始まりました


ー 人間は機械を作り、機械を使って戦いましたが、悪魔はとても強くて狡猾で、人間と天使は少しずつ押されてしまいます。そこで、一気にカタをつけようという作戦を立てました。


ー 天使と人間は協力し、とても強い機械をつくりました。強い機械は悪魔を一網打尽にし、地球は守られました。


「という様な流れです」

「へぇ」

「この絵本では、《人間と天使は白い血》《悪魔は黒い血》をしているんです。もしかしたら、何か関係があるのかもしれません」

「なるほどな」

 二次試験で、俺は黒い血を見せたことで機械が暴走した。

 もしも絵本の内容に当てはまれば、俺を敵と認識したのも辻褄が合う。

 アロイが言う。

「何だかスケールのでかい話になってきたな」

「でも、核心に近づいている気がする」

 俺は拳を握った。



   ー



 聞き込み調査を続けて、さらに分かった事があった。

 俺は夕食の時間にトトとアロイに話をした。

「幻の絵画が出現するには、幾つか条件がある。一つは《図書館に一人でいる》事。初めは夜が条件なのかと思ったけど、不真面目な生徒が授業をサボって遊んでいた、という状況も多くあったから、こう推測出来る。さらに、ミローディアの私が駆けつけるからあなたは絵を見つけられない、という台詞とも合致。現に見つかっていない。だからもしエンカウントしたら、気を失わせて図書館の外へ担いで出す」

 トトが手を合わせて言う。

「凄い!ジン、探偵みたい!」

 最近トトは人間界の複雑な単語も覚え始めた。

 俺は苦笑して続ける。

「二つ目は『雨の日』」

「雨?」

「雨が降っていて、やる事がなくて図書館にいた、という人が多かった。雨と晴れの違いを考えてみた。低気圧と湿度。気温。これらが影響しているのかもしれない」

 二人が首を傾げる。

 俺は説明した。

「例えば、あぶり出しという古代の技法がある。砂糖水、果汁、塩化コバルト水溶液などで文字を書き、炙ることで発火点の違いによって文字が浮かび上がるものだ。オカルトと言っても絵画は実在すると俺は思っている。そうなった場合、化学的な現象や、目の錯覚を利用していると考えられる」

 俺は宣言した。

「次の雨の日、授業をサボって最下層に居続けてみる」




 程よい雨で、環境は絶好な気がした。

 入り口には機械の認証システムがあり、顔認証と学生証を提示する。許可が出てから、俺は広大な図書館に入った。

 静かに階段を降りて、最下層へ来ると、ミローディアが背を向けて立っていた。

 ローブから覗く腕はフックではなく、俺の作った義手だ。

 ミローディアは手摺に手を掛け、振り返って言う。

「幻の絵画の正体は、『出土品』だと言われています。前校長が考古学者で飾ったそうです。当時は周囲にテープも張られていたようですが、盗難に遭い、そこには現在何もない、という風になっています」

「出土品?」

「遺跡から発掘されたんです。宝物(ほうもつ)のような物であり、真実に辿り着けるのも限られた者だけ。試練があって、それに失敗すると廃人になってしまう人もいるそうです」

「ふぅん」

 俺は進む。

 ミローディアが何かを差し出した。

「外部からの刺激があれば、解けるのだと、ミゲルが言っていました。幻覚のような物を見るそうです。自発的な行動は困難なので、タイマーをセットしておくのが攻略法の一つだという事でした」

「そこまで教えてしまっていいのか?」

「あなたがここに帰って来られたら、私は完全にあなたに付きます。私の知っている事を全て話します。ミゲルとは長い付き合いなんです。裏切るのには覚悟が要ります。あなたを試させて下さい」

「分かった」

「義手、ありがとう」

「また整備が必要なら声を掛けてくれ」

「‥」

 ミローディアが驚いたように目を大きくする。

 俺は言った。

「虐殺のことは許せないけど、機械が必要な人がいるなら、それが尚更、その人にとって大切な物なら、作りたいって思うから」

「ミゲルは、この世界から機械を根絶させようとしているわ。特殊な古代の機械を使って‥‥でも、私はそんな事できないと思う。真実を確かめてきて欲しい」

「ミゲルは辿り着いていないのか」

「幻の絵画の情報は、オカルトになってしまうほど歪められて正しく持ち帰る事は困難と言われているわ。でも、あなたなら記憶力はお手のものでしょう?ミゲルを説得させる為にも、あなたの力を貸して欲しい。お願いします」

「‥‥分かった」

 ミローディアは図書館の階段を上っていく。

 そして、図書館には、一人の状態になった。

 俺はゆっくりと壁伝いに進み、ついに、壁から浮き上がった金縁の横顔を発見した。

 走って絵の前へ。

 そこに描いてあったのは、夢とは異なる、色とりどりの花が咲く美しい花畑の絵だった。焦土品と言っていたけど、この見ている物も幻覚なのだろうか。油絵のような凹凸のある質感。本物に見える。

 俺は黄金の額に触れる。冷んやりとした感触。

 持ち上げて、壁から絵を外し、床に置いた。

 絵の飾ってあった壁をゆっくりと押すと、ガゴン、と1メートル四方の床が浮き上がった。

 浮き上がった場所の木の板を外すと、地下へと続く階段が見えた。とても暗い。

 下着に挟んでいた紙を取り外し、ミローディアとの戦闘用に用意していた設計図の裏に、ペンで《発光魔法》の設計図を描いた。

 俺はガラスの剣を取り出し、前に突き出して唱える。

「オン」

 先端にふわりと光が宿って、あたりを満遍なく照らし出す。

 ミローディアから受け取ったタイマーも、15分後にセットしておく。

 剣の灯りを頼りに階段を降りた。

 バクバクと心臓が脈を打つ。

 この先に何が待ち構えているのだろう。

 階段は螺旋状に続いているようで、その場をくるくる回って降りていく。

 ふいに、ザバン、と音が立って、足が重くなった。

 俺は信じられない気持ちで、下を見る。

 水面がてらてらと光っていた。

 数秒前まで何も見えなかったのに。

 階段が水に浸かっている。先に進めない。

 困惑して振り返り、一旦戻ろうとしたが、階段が無かった。

「‥‥ウソだろ」

 杖で照らし、片手を動かすが、真っ暗な闇しかない。

 もう幻覚に取り込まれているという事だろうか。

 進むしかないようだ。

 俺は意を決し、前進した。

 降りていくと、みるみる水位は上がり胸の辺りまで浸かってしまう。

 俺は息を止めて頭を水に浸けた。水の中を見ると、遠くにぼんやりと光りが見える。

 泳げば良いのだが、大きな不安があった。気づけば辺りは洞窟のようになっていて、上に手を伸ばすと天井に当たってしまう程、低くなっている。その天井は進む毎に低くなり、水面とスレスレになっている。

 つまり、呼吸が継げない。

 俺は水中で目を開き、光の方向を確認する。光が小さい事から、かなり遠い事が分かる。

 服は水を吸って重くなるので、思い切って服を取り払った。ガラスの剣も重いが、最悪また買えば良い。こんな所で溺死する訳にはいかない。

 平泳ぎでゆっくりと、着実に前へ進んだ。

 光は大きくなっていく。

 息が苦しい。

 チラリと上を見るが真っ暗で絶望的だ。

 もがく様に進み、なんとか光の中に浮上する。

 岸に両腕を着いて顔を上げると、そこには絵と同じ、綺麗な花畑が広がっていた。

 一つ違うのは、中央に誰かがいる事。

 水の中から上がり、花畑に足を付ける。

 凄い。草花を踏む感触がリアルだ。甘い花の香りと自然の草木の匂いがする。

 花を踏まないように前へ歩いていくと、中央の誰かはこちらに無理返り、俺は心臓が裏返った。

 顔の無い人間が歩いてくる。

 おもむろに、俺の胸に手を伸ばし、突っ込んで来た。

 のっぺらぼうは素手にも関わらず、俺の胸部に触れると指がナイフの様に突き刺さり、血が溢れ出てきた。

 俺は咳き込んで喀血し、膝を付いた。

 そして、俺の肉体から、一冊の本を引き抜く。

 それを俺の前で、開いて見せた。

 その瞬間、光が放たれて、俺は眩しくて目を瞑った。


 父親に連れられて、病院へ行った。


 ああ、この記憶は……母さんが死んだ時のものだ。

 母さんは病気で…


 お母さんには会えなかった。

 手術中の扉の前でずっと待っていたけど、会えなかった。

 俺は眠くて、気づけば眠ってしまった。


 父さんの声が聞こえた。

「交通事故ではなく、病気だと言っても良いだろうか」

 母さんのか細い声が聞こえる。

「ふふ、そんなにあの子を機械技師にしたいんですか?」

「…そうじゃない。機械を…嫌いになって欲しくないんだ」

「良いですよ。パパのしたいように、説明してあげて」

 

 俺は衝撃で、膝をついた。

 そうだ、俺は知っていた。

 何故、病気と思い込んでいたのか。


 父親が顔を覆って泣いている。

 そうだ、触れちゃいけないのだと思った。無かった事に、しようと…思った。


 いつの間にか母親が目の前に立っていた。

 そっと俺を抱きしめて言う。

「車さえなかったら、私はもっと、ジンの傍にいてあげられたのに」

「‥‥ちがう」

「ごめんね、寂しい思いをさせて。でも、考えて欲しい。機械は誰かを怪我させたり、殺しているかもしれない。そんなものを作るのは、本当に正しいと、言えるの?」

 頭が割れるように痛い。

 吐き気がする。目眩が‥‥


 視界が切り替わる。

 機械の国の工廠で、俺の仲間が軍事兵器を作っていた。

 そうか、国境で多く配置するから忙しいんだ。


 再び切り替わる。

 その兵器は遠隔式の砲撃で、ドローンで敵の位置を把握しながらピンポイントで砲撃を撃つことが出来る。

 俺が、俺たち機械技師が開発したものだ。


 魔法の国の兵士のいる基地が爆撃され、みんな怪我をしている。ピクリとも動かない死者も‥‥

 各地で無慈悲に爆発が起きる。

 虐殺。


 目の前に居たのは俺だった。

 そいつはガラスの剣を構えて言った。

「お前がやっていることはミゲルやミローディアと同じ、虐殺行為だ」

「‥」

「人々を笑顔にする以前の話だろ。何やってんだよ」

 ガラスの剣が喉元に突き付けられる。

 それは、ずっと俺が思っていた事だった。

 不毛だと思って目を背けていた問題でもある。世界には不毛なものが数えきれない程存在する。それは仕方のない話だと、仕事なんだから断れないと思っていた。


 目の前で鮮血が散った。

 俺の整備した戦車が、屍を踏み潰して闊歩する。


 剣先が皮膚に沈む。

 俺が言う。

「実際に機械が殺しているんだぞ?お前は人を殺める殺人機を作っている。これで本当に良いのか?」

「良くない」

「そうだろう、自分が間違っていたんだ。何もかも。母親の死が病死だと思い込んでいたのも、車が殺したと思いたくなかったからだ。お前は弱い。とても弱くて、卑怯な奴だ」

 俺は自身に裁かれ、膝をついた。

 何一つ言い訳は出来ない。

 その通りだ。俺には多くの罪がある。俺が整備したり開発に携わらなきゃ人が死ななかったかもしれない。遠い場所の出来事だと、思っていた。

 俺は項垂れて、自身の愚かさに頭を抱えた。

 さっきから凄まじい頭痛と眩暈に襲われている。

 おかしくなりそうだ。


 その時、ピピピピピ、とタイマーの音が鳴った。


 トトの声が聞こえた気がした。

「ねぇ、車作って!びゅーんっていう速い乗り物と、寝ながら飛べるやつと、移動する箱に乗ってみたい!」

「義手、ありがとう」

 ミローディアが笑う。

 スイズに来て出会った人達の笑顔を思い出した。


 俺は顔を上げ、自分に言った。

「危ないから何かをやらないって考え方、好きじゃないんだ。キリが無いし、俺は人間だから、どうしたって挑戦したくなる。それが悪で罪だと言うのならば、認めるしか無い」

 俺は気付けば服を着て、剣を持ち、元と同じ服装をしていた。右手でガラスの剣を引き抜いて、もう一人の自分に斬りかかる。

 偽物は自身の剣で受け止める。

 鍔迫り合いで、俺は偽物の腕力に驚く。

 ちょうど拮抗し、腕が震えて剣がカタカタと音を立てた。

 俺は言う。

「この世界は機械と魔法で大きく二分化しているけれど、このルールを変えなきゃダメだ。もっと機械を分別化していかなきゃならなかったんだ。兵器と義手は違う。もっと使い方も洗練していく必要がある。ルールや、それを所有する人間に制限をかけたり‥」

 偽物が剣を引き、俺は微かに前のめりになる。

 足払いを狙って相手の足が上がり、俺は一歩踏み出すフェイクをかけて、偽物の足を内側に引っ掛けて払った。偽物は後ろにバランスを崩し、俺は腰を落として剣を上段に引き上げ、相手の剣を警戒しながら偽物の腹を蹴り飛ばす。

 偽物は倒れる。俺は剣を逆手に持ち直し、力を込めて偽物の胸部を貫いた。

 俺は言う。

「機械技師として提案や発信をするのは出来たはずだ。それをしなかった俺は怠惰だった」

 俺は目を閉じて誓った。

「軍事兵器は俺はもう携わらない。人々の生活で使うものだけ作ると誓う」

 もう一人の俺はうわごとのように言う。

「機械は要らない」

「そんなの世界から機械をなくしてでもみない限り、分からないだろ。もし機械が無ければ、救急車両が間に合わなかったり、医療道具が無かったり、船で食料も運べないし、疫病が流行る死に方だってあるだろう。お前が俺にどんな考えを植え付けて、どうやって俺を混乱させたいか分からないが、俺には機械が必要だ。絶やしたく無いし、そこを退いてくれ」

 俺はガラスの剣で、目の前に立つドッペルゲンガーの本ごと貫いた。引き抜くと、影は花弁となって、儚く消えていく。

  

 次の瞬間、世界が反転した。

「うわっ」

 望遠鏡のように景色が幾何学的にくるくると動き出す。

 瞬きすると、場所が変わっていた。

 バランスを取るために踏み込んだ足は、太い草木を踏み締めていた。枝がパキッと割れる音がする。

 チチチチ、と鳥の囀りが聞こえる。

 つる植物、シダ類、ヤシ類の植物が生い茂る深い森の中だ。

 そして目の前に、石造りの、立方体の巨大な建造物があった。少し斜めになっていて、地面に埋まっているようにも見える。

 遺跡だ。

 この形は有名なもので、ロドピックという名前もある。

 俺は歩いて遺跡へ向かった。表面には一箇所しか穴が無い。 

 俺はそこから遺跡の中に入った。

 左右の壁には色々な壁画が描かれている。

 悪魔と思しき赤いものと黒いもの、天使と人間のおとぎ話がそこには描かれている。

 古代文字を読みながら、俺は真相解明に胸を高鳴らせた。

 しかし、その壁画には、物語とは違う展開が描かれていた。


 人間は強力な機械を作り上げ、起動させるが、その機械は暴走し、周囲を敵味方構わず攻撃してしまった。

 天使と人間はその機械を止めることに尽力している内に悪魔に殺されてしまった。

 機械から出てきた人間はショックで自害をしてしまう。

 もう機械が二度と使われない様に、複雑な仕掛けを施した。


 現実はなんて悲惨な結末なのだろう。

 俺はハッとする。

 機械が二度と使われないように、複雑な仕掛けを施した。

「‥それがミゲルのやろうとしていることだっていうのか」

 

 この時生き残ったのは悪魔四体。

 人間が作った複雑な仕掛けは、《生き残った悪魔四人が犠牲になる事でようやく機械が始動する》というものだった。

 悪魔達は自分達がこの機械を使いこなせば、もしまた戦争が起きた時に有利で、自分に富と地位が約束されると考えた。

 生き残った悪魔達は、まず自分達の子孫を作り、悪魔という種を地球に定着させることから始めた。

 悪魔は自分達ではなく、子供を生贄にして機械を起動させようと考えていたが、子供たちの血は《赤く》子供を使っても機械は起動しなかった。

 そのため、初代の生き残った悪魔達は特殊な呪術で、子供達の血に紛れ込み、自分の意志を含んだ因子を継承させた。

 それが芽吹くには、おそらく長い年月がかかるだろう。


 俺は一人で頷いた。

 初代の血は黒くて、子供達は赤いのか。

 そして初代の亡霊が俺に発露してしまった。


 その先の壁画は岩が崩れて見えなくなっていた。

 続きがあるというのはつまり、これらを覆す何かがまだあるのではないか。

 だが、ここではそれを確認することが出来なかった。

 ここまでの話をまとめると、初代の悪魔がこの終末の機械の再起動を狙っていることがわかる。

 だが、四人とも自分が機械を操れる、などとどうして自信があるのだろう。


 その時、ガゴン、と壁画が動いて新たな通路を示した。

 俺は通路を通って歩く。

 そして、巨大な機械がある大部屋に辿り着いた。

 床に不思議な設計図が描かれている。

 立方体を傾けたひし型に、一辺の中心から対面する一辺の中心へ線が引かれて、小さな菱形を四つ集めたような区切りがあり、菱形の中に足跡が描かれていた。

 そして、そこに黒い悪魔と文字が‥‥アノー、アリステラ、デクシア、カト‥

 呪いの痣は、悪魔の名前だったのか。

 何かが赤字で彫られている。


 《一人は操縦席に座る》


「そうか」

 乗りこなせば問題ない、という事か。

 最後の人間は自死を計っただけ。

 でも、四人の犠牲と人間は言っていた。

 考えて、俺は納得する。

 何故か悪魔は自分なら乗りこなせる、と思っているようだが、実際は暴走して終わる。

 残った人間と同じように、悪魔も一人なら子孫も繁栄できない。

 結果的に悪魔は死ぬ事になる。

 それを犠牲とカウントしているのか。

 だが、悪魔が競い合うのは、《操縦席は助かる》と思っているからだ。

 そこに大きな考え方の違いが見て取れる。

 ミゲルは機械を根絶させると言っていたが、それについては書いていない。

 ミローディアの言った通り、大きな勘違いをしている。

 だが、どうしてそんな事を思い込んでしまったのだろう。



   ー



 スイズの北部には広大な森がある。

 様々な種類の木々や草花が茂る深い森で、古代の遺跡が多数発見されている。そこには人類の痕跡が残されていた。

 巨大な立方体を斜めに傾けたような形状をした、巨石建造物は「ロドピック」と言われ、それはこの森の各地にある。

 そのうちの一つの前に、ミゲルは立っていた。

 隣には白髪の髭を蓄えた枯れ木の様な老人。

 ミゲルは言う。

「二次試験の結果から鑑みても、やはり古代の機械は一度黒い血を見れば、暴走して誰かれ構わず攻撃する。おとぎ話は事実を都合よく書き換えたに過ぎない」

 オシシがミゲルを見て訊ねる。

「どういう事だ」

 ミゲルは言う。

「まぁ、付いて来て下さい。遂に見つけたんです。その証拠を」

 遺跡の中に入り、道を進む。

 階段を降りて、ミゲルは止まり、壁画に手袋越しに触れて言った。

「考古学ではコモンセンスですが、統治されていた遺跡に描かれている石碑や壁画は、王や国を持ち上げるようなモノを

捏造して作っている事が多いんですよ。つまり事実と異なるという事です。今まで発掘し、探索してきたものは全て、そのおとぎ話通りの展開でした」

 ミゲルの部下がライト付きのヘルメットを二人に差し出す。ミゲルとオシシはヘルメットを被り、更に狭い道を降りていく。

 ミゲルは少し立ち止まり、オシシの歩みに合わせて言う。

「このロドピックは、上下の移動が激しい。小型の自動操縦機で中を探索していますが、まだ終末の機械がある場所には、辿り着けていません」

 オシシは皺がれた声で問う。

「ここが真の遺跡だと、お前は断定しているのか?」

 ミゲルは壁画を指差して答える。

「さっき説明した通り、ここの壁画だけは他とは異なります。具体的に言えば、古代の戦争には、悪魔が勝利したとある。そして、地球では悪魔が繁栄する事になるだろう、とも。人間と天使の創造した終末の兵器がここに眠っている可能性は極めて高いと思います。ロドピックの遺跡は墓の役割と戦を盛り上げるために造られたと言われていますが、これは戦争が終わり、悪魔が描いたものだと思われます。筆跡や絵も異なる。鑑定結果も出ています」

「そうか。ご苦労だった」

「いえ」

 回廊が行き止まりとなる。

 ミゲルは振り向いて言う。

「ここまでです。もしかしたら、あの幻の絵画と同じように出現条件があるのかもしれません。ですが、それはまだ‥」

 オシシはゆっくりと首を振る。

「よくここまで調べてくれた。これでまた一つ、真の平和へと近づいた。機械を失くし、原始的な生物として人間が立ち返る事ができるよう、祈っている」

 銃声が聞こえる。

 戦闘機の音も、大砲の音も、戦車のエンジン音も‥‥

 ミゲルは頭を下げた。

「ここまで来れたのはあなたの協力があったからこそです。感謝しています」

「争いなど何も産まぬ。儂(わし)もお主と同じ望みを持っているだけの事だ。こちらでも森のロドピックを調べてみよう。お主たちよりも、遺跡については詳しい。真のロドピックが一つだけとは限らないだろう」

「そうですね」

 自分達はオシシに命を救われた。

 魔法の国でも小さな村で、病院も消毒液とベッドがあるだけの様な場所だった。

 たまたまやって来た精霊達の訪問によって看病を受けた。

 ミローディアは散弾銃を複数腕に打ち抜かれ、そこから感染症を発症し、細胞は壊死してしまった。

 手を治すほどの白い血を乞うたが、白い血には制約があり、《血を与えすぎると寿命が縮む》というもので、精霊達は許してくれなかった。だから壊死した部分を切断し、そこから治療する事になった。

 手は失ったが、精霊の血によって、自分とミローディアは一命を取り留めた。

 そして、その事件を皮切りに表れた痣のこと、呪いの事を教わった。

 呪いの解除方法と、おとぎ話について説明を受けた。

 呪いの解除、ひいては機械の撲滅の計画の実行に手を貸す代わりに、精霊を一人貸してくれる事になった。

 自分はこっそりと精霊の血液を孤児院に居るミローディアに飲ませ続けた。

 必死だった。絶対にミローディアを取り戻し、呪いも解除したいと思った。

 幸い、父親譲りで頭は良かった。勉強し、事業を立ち上げ、孤児院ごと買い取り、ミローディアを養子にした。

 子供に出来るだけ多くの未来を与えたいと思い、教育などにも興味を持った。

 様々なことを同時並行で進めた。

 次第に呪いの解き方や遺跡についても分かり始め、活動に力を入れるようになった。

 呪いはたかを括っていたが、身体が壊死したように少しずつ黒い皮膚が身体に現れ始め、《自分の意識を悪魔(アリステラ)に奪われる》ような事が増えた。

 与えられたのは一人だから、急に血を取れば精霊は死んでしまう。呪いを解く活動を早めることにした。

 同時に戦争も再燃し、機械で人が死ぬニュースを見るたびに心が荒れた。

 機械の国の人間に苛立ち、兵器全てを殺めたいと思った。

 オシシと話し合い、遺跡や古代のおとぎ話の真相について解明し始めた矢先でもあった。

 悪魔を宿した人間は危機的状況を切り抜けられる事がわかった。また、危機的状況で悪魔は覚醒する。人が集まったところに爆弾を落として観察する事にした。爆弾の開発に着手した。戦争の中で落としてしまえば目立ちはしない。

 今までずっと俺について来たミローディアが意見するようになった。

 もう計画を止めようと言い出した。

 大切にしてきたミローディアがそんな事を言い出すのが悲しかったし、理解してくれない事に、苛立った。

「ミローディアはどうした」

 ミゲルは小さく息をはき、答える。

「色々ありました」

 その時、トランシーバーがピーと音を立てた。

 受話器の部分を耳に当てると声が聞こえて来る。


ー あなたがここに帰って来られたら、私は完全にあなたに付きます。私の知っている事を全て話します。ミゲルとは長い付き合いなんです。裏切るのには覚悟が要ります。あなたを試させて下さい


ー 分かった


ー 義手、ありがとう


 入学式初日、ミローディアが、ジンが幻の絵画を求めて最下層へ来る夢を見た、と言い、図書館へ向かった。

 ミローディアが帰ってこず、自分は最下層へ向かった。

 ジンは呑気に義手の測定などしていたものだから、後ろから首に衝撃を与えて気絶させた。

 その隙にボールペンに盗聴器を仕込んで置いた。

 自社のペンなので、簡単に解体、組み立て出来た。

 よって、全ての会話は筒抜けだ。

 トトが悪魔を宿していると分かった。

 まさか精霊が呪いにかかっていたとは思わなかった。

 だが、そうなると矛盾が発生する。

 呪いを受けていても、黒い血じゃなく、白い血でジンに対して効果がある。

「呪いよりも精霊の血の方が強いんですか?

「精霊の血の効果も個体差がある。アイツは母親に似て効果が強い」

「なるほど」

「あと、呪いは悪魔の祖先である人間にしか発露しないと思っていたのですが」

「アレの父親は人‥悪魔だからな。忌々しい」

「なるほど、そういう事ですか」

 オシシは向き合って言った。

「あと少しだな。私も全力で君を支えよう。他に分からない事は?」

 ミゲルは唯一逃げなかったパートナーを頼もしく思いながら話を続けた。

 


   ー



 俺は気付けば絵画の前に立っていた。

 ズキリと頭に痛みが走る。

 瞬間的に、様々な記憶が入り乱れた。

 眩暈と激しい頭痛に襲われて俺は床に膝を着いて頭を抱えた。

 情報と光が入り乱れる。

 そうだ、自分自身と闘った。階段が途中から水に浸かっている。草原が‥‥のっぺらぼうの人間が‥‥大きな機械がとぐろを巻くように‥‥

 断片的な記憶はあるが、時系列がハッキリしない。

 ふらつくと、誰かに支えられた。

「‥ミローディア」

「幻の絵画の中へ行くと、みんな記憶が曖昧になって、正確な情報が引き出せなくなってしまう」

 俺は頭を振って言う。

「大丈夫、覚えてる。記憶力には自信があるんだ」

 俺は目を閉じて、記憶を辿った。目に焼き付けた視覚の情報を、巻き戻して繋げていく。

 空白の部分を記憶の引き出しから、無理やり引き出す。

 隙間から指を突っ込んで引っ張ると、引き出しが軋んで一気に開いた。

 不可思議な感覚に襲われながら、俺は記憶を整える。

「呪いを解く方法は分からなかった。でも、ミゲルが言っている事がおかしいのは間違いない。終末の機械を起動させた所で得られるのは滅亡の未来だけだ。機械だけを世界から無くすなんて、そんな都合の良い話は無かったよ」

 ミローディアは震える手を組んで言う。

「‥‥やっぱり、オシシに騙されたんだ」

「オシシ?」

「あの精霊は裏切り者です。あなた達が逃げ出した場所には先回りして機械が待機していたのは、オシシが南西へ行くと情報を漏らしていたからです」

 俺は唖然とした。

「どうして‥」

 魔法を教えてくれて、親切にしてくれたのに。

 ミローディアは視線を落として言う。

「あの精霊が何を考えているのかは分かりませんが、オシシは嘘をつき、ミゲルを利用して自分の目的を達成しようとしています」

「一体何を‥」

 その時、激しい地震が来た。

 ドン、というような地響き。

 本棚が重い音を響かせて倒れる。本が落ちるドサドサとしいう音がする。

 トトのことが真っ先に思い浮かんだ。物にぶつかったり、下敷きになってなきゃいいが‥‥

 俺はミローディアに言った。

「また後で連絡する」

 


 大学を出て外を走ると、脆い石造りだけの建物は崩れたりしていた。

 宿は梁もあるから、造りはしっかりしているが‥‥

 心臓がバクバクと音を立てる。

 宿に帰ってくると、トトが駆け寄ってきた。

「ジン!!」

 トトが飛び込んで来て、俺は抱き止めた。

「良かった‥‥心配したよ」

 女将さんやアロイもいる。

 トトが言う。

「こっちの台詞です‥‥絵の方は?」

「見つけたよ。地下室も見てきた。呪いを解く方法は分からないけど、呪いが何をしたいのかは、分かった。それから‥‥」

 俺は言い淀む。

 澄んだ瞳で見つめられる程、俺の口は重たくなる。

 オシシが俺たちを最初から嵌めようとしていたことは直ぐには言えなかった。

 トトが首をかしげる。

「ジン?」

 あれだけオシシを信頼していたトトだ。ショックを受けるに決まっている。親代わりの様なものだろうし。

 俺は何を伝えるべきか考えた。



 予知夢とは状況が変わってきてる。

 トトは息を潜めて考えた。

 自分が見たのは、既にジンは帰って来ていて、一緒に何かを話している。そして、自分は「予知夢を見た」とジンに言う。そして、「誰かが来る」と主張する。

 そこで地震が来る。

 その後、停電して、隠れて、足音がして、夢が終わった。


「トト?」

 トトはハッとして顔を上げる。

 ジンが心配そうに言う。

「地震、怖かったか?大丈夫?」

 トトは笑ってしまった。

「もう、ジンは過保護ですよ、全然平気です」

「それなら良いけど」

 ジンは説明してくれた。

「おとぎ話は途中まで合ってたよ。実際は、人間と天使の作った機械は不完全で、悪魔が戦争に勝っている。今はその機械は停まっているけど、俺たちの飼ってる悪魔、呪いはその再起動を狙っているようだ」

「えっ」

「悪魔が見せる夢は、悪魔に都合の良い夢だけだ。結果的に良い方向に向かっていただけで、単に喜んで良い訳じゃ無い。むしろ、予知夢とは違うことをしないといけないんだ」

 どうしよう。

 つまり、自分は予知夢を見たって、ジンに言わない方が良いのだろうか。

 そもそも、自分が見たのは、ジンが幻の絵画の中から本当の情報を持ち帰ってくる未来じゃ無かった。

 ジンがその強い意志で、上(アノー)の予知夢を覆して来たという事。

 だから、地震が来るタイミングが違ったし、色々違うんだ。

「トト?」

「‥‥」

 どうして良いか分からなくなってきた。

 トトは恐る恐るたずねる。

「‥誰かが来る予定は、ありますか?」

「誰か来るのか」

 トトは曖昧に頷く。

 その時、店で女将さんが流していたラジオに、ノイズが入って聞こえにくくなる。

「あれ、おかしいわねぇ。最近急にノイズが入るようになって、電波が上手く届いて無いのかしら」

 ジンがピタリと動きを止めた。

「ジン?」

 ジンは即座に上着を脱ぎ、所持品をザッと机の上に出した。無言で全ての物の表面を指でなぞった後、最後に万年筆を手に取る。

 ジンは万年筆を解体し、何かを摘み上げた。

 ジンが顔を顰(しか)めて言った。

「やられた」

 アロイが身を乗り出す。

「盗聴器か」

「あの時だ。入学初日に図書館へ降りた時に、気を失って、おそらくミゲルに取り付けられた。そうだろう?」

 ジンは盗聴器に向かって問い、握り潰した。

 その時、電気が消えた。

 真っ暗になり、綺麗なラジオの音声だけが流れる。

 怖い。

 ジンがトトを引き寄せ、しっかりと守られる。

 その時、ガタン、と不自然に窓が揺れた。

 ジンがガラスの剣を構えながら、万年筆で木製のテーブルを削っている。

 ジンに囁かれる。

「テーブルの下に隠れてろ」

 言われた通り、身体を縮めて隙間に入る。

 ガシャン、とガラスが派手な音を立てて割れて、相手が中に入って来た。

 ジンが魔法を展開させる。

 相手と声が重なる。

「「オン」」

 無音。

 いっぱく置いて、目が焼ける程の凄まじい光が放たれる。

 《発光魔法》だ!敵と被った!

 パンパン、と銃声がする。

「痛っ」

 誰かが床に蹲る。

「アロイ!」

 ジンがテーブルを蹴って、凄まじい勢いで相手に飛び掛かる。押し倒した後、銃を取り上げて床に押さえつけた。

 だが、その時後ろから、ジンが撃たれた。

 目の前でジンが背中から勢いよく出血しているのを見て、気が動転して、トトは飛び出してしまった。

「ジン!」

 光が目を焼いた。

 目がチカチカして何も見えなくなり、その隙に捕らえられ、手首を腰に回して拘束具を付けられる。

 変な匂いのするハンカチを嗅がされて、睡魔に飲み込まれた。

 ジン‥‥ジン‥‥

 ごめんなさい。先に誰か来るって言っておけば良かった。



   ー



 ガタガタ、という震動音で目が覚めた。

 暗い。

 ここは何処だ?

 目の前に金属の太い棒。四方にあって身動きが取れない。

 触れると、猛獣を入れる檻のように、俺は直方体の檻に収監されていた。カーテンのように布で覆われていて、外がよく見えない。

 魔法も起動出来ない。服も着替えさせられていて、所持品も全て奪われていた。

 遅れて俺は何があったのか、思い出す。

 服の上から肩に手を当てたが、全く痛くなかった。囚人服のような灰色の服をたくし上げても、傷一つ見当たらない。

 つまり残される結果は一択。

「暗示魔法か」

 発光魔法の直ぐ後、いや、同時にもう一つ魔法が唱えられて、幻覚を見せられたのか。

 盲点を突かれた。

 俺は冷静に状況を考えようとしたが、トトの安否で胸が掻き乱された。

 耳を澄ませると、声が聞こえて来た。

「こいつが例の悪魔憑きって、本当なのかよ。ただのガキじゃねぇか」

「団長からの指示なんだ。間違いなんてあるはずが無い」

「よっぽどリスキーだろ。何だってこんな所まで‥」

「俺たちを信頼してくれているんだ。お前は団長に受けた恩を忘れたのか?怯えるな」

「‥‥たしかに俺は孤児院から大人になるまで支援を受けて自立してここまで来られたけど‥」

「もし支援を受けられなかったら、孤児院も破産、俺たちは行き場が無くなって三食もありつけない。魔法の国じゃ全部自給自足だ。スイズや機械の国と違って衛生面も最悪。当時流行ってた疫病でとっくの昔に死んでたさ」

「‥‥」

「団長は言ってただろ、機械のある世界を無くしたいんだと。俺も同感だよ。組織は表向き、機械も魔法も受け入れようっていう感じになってるけど、俺達に本当の計画を教えてくれたのは、俺たちは機械の恐ろしさと罪深さを知っているからだと打ち明けてくれた。俺は茨の道を行く団長の力になりたいと思っている」

「‥‥」

 もう一人の男は、何も喋らなくなった。

 儀式用に俺を確保したかったのだろう。

 終末の機械を再起動させるには、悪魔に取り憑かれた人間が犠牲になる必要がある。

 盗聴器で聴かれていたから、終末の機械の秘密にたどり着いたこともバレていて、タイミング良く捕らわれた。

 ミゲルの方が一枚上手だ。

 トトはどうしているだろう。

「トト‥‥」

 アロイが撃たれたのも幻覚魔法だろうから、大丈夫だと信じたい。

 二人は無事だろうか。

 こんなにも不安に襲われたのは初めてで、俺は拳を握って堪えた。

 まずは状況把握だ。

 エンジン音と振動がするから、おそらく自分は車内にいる。

 車は急に停車し、ガタン、と扉の開く音がした。檻に掛かっていたカーテンが開かれ、運転をしていた男から、食パンを差し出された。

「おい、食えるか?」

 俺は受けとる。

「ありがとう。ここは何処だ?」

「魔法の国だ。団長からは待機命令が出ている。お前にも大人しく待ってもらう」

「待機命令?」

「儀式の準備が整ったらしい。良かったな、団長の計画が上手くいけば、お前の呪いも解けるだろう」

「いや‥‥」

 何故か真相を話すのに躊躇った。

 彼等はミゲルを信頼し、尊敬し、実際にその関係を築いた上でここまで計画を実行している。

 俺はたずねた。

「ミゲルの犯罪に手を貸す程の恩があるのか」

「ある。俺は文字の読み書きも出来なかったが、ミゲルに教わり、杖の会社にも就職できた。そして今家族もいる。家族を養うためにも、団長の意向には従わなきゃならない。機械の国には無いのかもしれないが、魔法の国には定め言葉というものがあってな、「受けた恩は時が遅れても返すべし、その循環で、世界は巡る」というものがある」

「‥‥そんな言葉に囚われて?」

「ああ」

 男達は檻の幕を押さえ、俺に向かってスプレーを掛けた。

 息を止めるが、カーテンで密閉され、俺は意識を失った。

 


 何日経過したかは分からない。

 高熱と激痛でまともに動けない。

 急に悪寒がし、両手で身体を抱いた。

 全身がぶるぶると異常なほどに震える。

 トトの血を飲まないで何日経った?

 胃がむかむかとして、俺は嘔吐した。

 黒い血だった。

 俺は死ぬのか。

 その時、激しい爆発音がした。

 車内が軋むように揺れる。

 爆風で衝撃を受けているようだ。

 戦闘機が上空を飛ぶ重低音も聞こえる。

 一体、外で何が起きているんだ。

 この檻さえ壊せたら。

 トトを助けないといけない。トトの身に何かあったら、と想像するだけで胸が引き絞られる。同じ呪いの人質なら生かされていると思いたいが‥‥俺は誓ったんだ、トトを守ると。

 なんとかして脱出しないと。

 あの時のように右手で魔法が使えたら良いが、右(デクシア)の反応はもちろん、杖も無いから不可能だ。

 自力で脱出しなければ。

 檻の鍵はシリンダー式の南京錠。針金も無いからパッキングは無理だ。

 服は剥ぎ取られているが、下着には触れられてない。

 ふと閃く。

 俺は囚人服を脱ぎ、パンツを脱いだ。

 服をくれたお返しにと、トトはパンツを縫ってくれた。

 裁縫は初めてで、服は難しいからパンツになったらしいが、一生懸命縫ってくれていたのを覚えている。

 そして、使っていたのが、「ゴム」と「ボタン」だ。

「ごめん」

 手前に小さなボタンが付いていて、俺はそれを千切る。

 上の部分も引きちぎって、通してあったゴムを引き抜く。

 ゴムはちょうど良い厚さで、ネジの凹みに入り込み、抵抗を生んで滑り止めになる。ボタンはドライバー代わりだ。

 二つを使い、慎重にボタンを押すように回す。

 扉の蝶番(ちょうつがい)の部分のネジが外れてカコン、と音を立てた。

「よし」

 四つのネジを外す。下の蝶番も外すと、扉の片側が落ちて外れた。

 俺は檻の外に出る。

 中はトラックのような感じで、檻以外に荷物は積まれて無いので広く感じた。

 謎の工具箱が隅に置かれていて、開くと、ガラスの剣や荷物などが保管されていた。

 服を着て万年筆やガラスの剣をベルトに下げる。

 トラックを降りて、俺は唖然とした。

 あたりは火の海だ。

 さらに周囲は、小さな街の中。

 自分が今いるのは、小さな石橋の手前で、橋を渡った所に、石造りの小さな家が並んで建っている。

 全て、何から何まで石造りだ。石像建築が主流らしい。石を積み上げた場所に屋根を置いただけのゴツゴツした建築が並ぶ。窓ガラスだけはステンドグラスになっていて、独特の景観を作り出していた。

「‥まさか、魔法の国か」

 トラックで運ばれていた距離的にもあり得ない話じゃ無い。

 その時、雷が落ちたように周囲が光った。

 遅れて、爆炎が生じ、破壊された石の破片がこちらまで飛んできて、俺の顔、咄嗟に持ち上げた腕の皮膚を切った。

 爆弾が隕石のように降り注いで来る。

 人々の悲鳴が聴こえた。

 上空を飛ぶ、この戦闘機はbd29、機械の国の物だ。

 つまり‥‥戦争だ。

 ラジオで機械の国は国境に機械を配備させていると言っていた。一触即発の状態が崩れたのか。

 俺は自分の手を切り付け、黒い血で石畳に設計図を描いた。

 ガラスの剣と全身に、強力な《強化魔法》をかける。

 足に力を込めて跳躍し、落下してくる爆弾を着弾前に剣で貫いて破壊した。そのまますれ違う様に素早く距離をとり、身体を丸めて爆風を回避する。

 凄まじい破壊力で俺は吹き飛ばされ、建物の屋根の上に身体を打ち付けて転がった。強化魔法のお陰でさほどダメージは無いが、肉体と骨が軋むような衝撃が身体を震わせる。強化魔法を使っていなかったら、衝撃派で、身体は爆散していただろう。

 俺が‥俺たちが何気なく戦闘機に積んでいた爆弾は‥‥ここまでの威力があったのか。飛距離やエネルギーは理解していたものの、体感では次元が違う。

 たった一発でこの威力。

 やはり、兵器など作るべきじゃなかったんだ。

 ガラスの剣を持つ手が震えた。

 俺は何て物を作ってしまったんだ‥‥

 俺は降ってくる爆弾を捌き続けた。

 物陰に隠れる様に蹲っている人々に言う。

「逃げろ!」

 震えている。

 子供が泣いている。

 俺は血で設計図を描き、《冷凍魔法》を発動させた。

 腕を引き、地面と並行に剣を突き出す。

 地面に一直線に氷の壁が出来上がる。

 地面を穿つほどの衝撃で、氷の壁の手前に溝が出来た。

 俺は声を張って言った。

「氷の壁に沿ってある土の溝に隠れてくれ。防空壕代わりだ」

 みんながぽかんとしている。

 子供が俺を見て泣きながら言う。

「ぼーくーごーって何?あの、とんでるのは何?」

 俺はハッとした。

 そうか、魔法の国の人たちは、戦闘機や爆弾について知識が無いんだ。

「防空壕は、身を隠す場所だ。爆発は主に爆風と破片、崩れた障害物を狙って攻撃してくる。ここにいても、崩れた石の下敷きになって死ぬぞ!」

 直ぐに爆弾は落下してくる。

 俺は跳躍して、爆弾を貫き続ける。

 戦闘機が邪魔だが、無人機ではないので人を殺すことになるからダメだ。

 どこからか砲撃が相次いでいる。

 大地が抉れ、噴き上がるように散る土煙と共に、血粉を散らしながら人が吹き飛ぶ。

 リアルな戦争に俺は震えた。俺は遠征でも爆撃を受けただけで、戦争で戦うのは初めてだった。

 とにかく降り注ぐ爆弾を破壊し続けた。

 時間の感覚も無くなったその時、俺は建物の屋根から踏み切ろうとして、地面に落下した。

 《強化魔法》が切れた。 

 頭上に戦闘機が迫り来る。

 筋肉が悲鳴を上げて、手が震えて設計図が描けない。

 絶望した時、戦闘機は方向転換し、別の場所へと向かって行った。

 弾切れだろうか。

 俺が呼吸も荒く地面に手を着くと、隠れていた住民が出てきて言った。

「向こうの、山の下だ、あそこに機械が並んでいる。魔法の国の兵士も、みんな前線へ雪崩れ込んだ!助けてくれ!」

「‥‥」

 俺は呼吸を整え、手を休ませてから、指で地面に設計図を描いた。

 瓦礫に《浮遊魔法》をかけ、瓦礫に乗って上空を飛び、山の下を見下ろした。

 雪に覆われた雪原に、ずらっと戦車や砲撃が並んでいる。

 広大な雪原の中間に、金網が張っている。

 国境にとても近い。

 鉄塔の監視塔があり、塹壕に魔法の兵士がいて、魔法で攻撃を続けているが、各地で爆発や銃弾が飛び交い、攻撃する兵士と魔法の光がどんどん減っている。

 俺は山を急降下して戦場に飛び込んだ。

 凄まじい破壊力で飛んでくる砲撃を迎え撃ち、貫く。

 だが、砲撃の間に飛んでくるマシンガンが人々を無慈悲に撃っていった。筒状になっていて、一定範囲の生物に感知して攻撃するという物だ。

 何故、俺はこんな物を作る事が出来たのか‥‥工廠で国から与えられた仕事の一つだった。だが、それは言い訳に過ぎない。この惨劇を見れば‥‥こんな事になるとは‥魔法の国の兵士は無謀だ‥ここまで無謀とは思わなかったんだ、作戦の一つや二つ練ると思っていた‥‥

 否‥俺が兵器を作らなければ、こんな事にはならなかった。

 近くの人間が次々に撃たれて死んでいく。

 血煙と土煙が、景色を黒く染め上げる。

 俺は《冷凍魔法》で分厚い氷の盾を作り、言った。

「逃げろ!機械は俺が壊す!」

「そんなもの信じられるか!」

 俺は腕を振って声を張る。

「逃げろ!命は一つしかないんだぞ!」

 兵士たちは口々に言う。

「ここで引けば魔法の国でもっと犠牲が出る!」

「退いた方が負けだ!」

「命は惜しく無い!妻と子供を守るためなら!」

 ダメだ。

 説得できない。

 人は守るために戦い、武器を持つのだ。

 

 

   ー



「今のままでは、古代の悪魔の意識が弱すぎる。もっと呪いが身体を蝕むまで放置しなければならん。確実に悪魔と言うにはお前たちは中途半端な存在だ」

 バッと意識が覚醒した。

 オシシの声だ!

「‥‥オシシ?」

 オシシは誰かと話している。

 相手の男がオシシに問う。

「それは、私も含めますか?」

 オシシが答える。

「愚問だ」

 誰と話しているんだろう。

 目を開けると、自分は鉄で出来た黒い檻の中にいた。

 そして、今までの出来事を思い出した。

 すぐにオシシに声を掛けようかと思ったけど、様子が変だ。何か、別人のような感じがする。服装も精霊の綿生地のものではなく、ローブを羽織っている。

 嫌な予感がした。

 トトは檻の端に寄って、オシシが喋っている相手の男の顔を見た。

 あの入学試験の校長と同じ、ミゲルだ!

 びっくりして、檻に頭をぶつけてしまった。

 ガコン、と音が響いて、二人が同時にこちらを見る。

「‥‥っ」

 オシシがミゲルに言う。

「少し二人で話したい事がある。外してくれるか」

 ミゲルは腕を組み、答える。

「10分後に戻ります」

「すまないな」

 ミゲルが部屋を出て行った。

 オシシが近付き、トトを見下ろして言う。

「周りが冷たかったのは、お前が、人間と言い張る悪魔の血を引いていたからだ」

「‥え?」

「お前の母親は掟を破り、悪魔と暮らした。そして生まれたのがお前だ」

「‥お母さんは何処?」

 トトの問いに答えず、オシシは告げた。

「お前は半分精霊の血、半分悪魔の血を引いている。お前の白い血を抜き続ければ、死を避けて悪魔の力が活性化するはずだ」

 オシシは机から何かを手に取ると、見せつけてきた。

 注射針とチューブ、透明な袋。

 これから待ち受ける恐怖に身体が震えた。

「‥ど、どうして‥信じてたのに‥」

「精霊である我々は悪魔を退治する立場。それなら人間の皮を被った悪魔は、すべて駆逐するのが我々の役目。お前はいつも、精霊の役目に拘っていただろう?」

「‥違う!人間は人間だ!」

「真の人間はとっくに滅びて、悪魔が人間を名乗っているだけだ。だから、初代の悪魔が人間から発露する。人間の正体は悪魔の子孫だ。おかしい話なのだよ」

「‥人間の正体が、悪魔なはず無い!絶対違う!嘘をつくな!」

 オシシが嗤って言う。

「自身の欲望を満たす為に他の生物を痛めつけ、殺す。些細な事で争いをして仲間で殺し合う。女子供も関係なく蹂躙し、愉しむ。他者を迫害し、自身の存在を確かめる。それこそ悪魔の所業じゃないか」

 オシシは檻を蹴って、告げた。

「お前の両親は死んでいる。諦める事だ」

 目の前が真っ暗になった時、ミゲルが戻ってきた。

 ブチン、と音がして、前方の液晶に、映像が表示される。

 雪原を上から見下ろした景色だ。

 戦車や大砲などの機械がずらりと並び、反対側には魔法の兵士がいた。

 兵士たちは機械に正面切って突進し、機械が細かい銃弾のようなもので次々に人を殺していく。

 土煙が上がり、爆発が起きて人が散る。

 今、こんな事が起きているのか。

 どうして‥‥

 ふと、映像の一角が拡大される。

 ミゲルが呟くように言う。

「何だ‥アレは‥」

 土煙が急に止んでいく。パタリと戦火が収まる。

 機械が切断、貫通されて、項垂れるように壊れていく。

 透明な光芒を描いて、戦場の妖精が魔法のように機械を壊し、氷の盾で人々を守っている。

 トトは檻を掴んだ。

 ジンだ!絶対にジンだ!

 ジン‥‥辛いけど、自分に出来る事を頑張るよ。

 両親が居なくても、私にはジンがいる。

 そのジンを失わない為にも、今出来ることを、諦めないでやるしかない。



   ー



 身体を下げて呼吸をする。

 激しい煙だ。

 草木は燃えて、人の死体も転がっている。

 砲撃によって、足と胸を打たれている。

 胸を抉られるような気持ちになって、俺は足を止めそうになる。

 何て酷(むご)い。

 砕けた隕石のように降り注ぐ爆弾を回避し、俺は走る。

 絵画の中で誓ったものが、俺の身体を動かしていた。

 兵器は要らない。

 人々が笑顔になれる機械だけ、それ以外は要らない。

 大地が噴火するように弾け、俺は吹き飛ばされるが、四つ足で着地すると、再度、武器を目指して獣のように走った。

 兵士たちの中に飛び込み、構えている銃に向かって、一束に剣を薙ぐ。

 地面に整列するように固定された戦車や砲撃も一直線に貫く。

 至近距離から銃弾が飛んできた。

 撃たれるのを覚悟するが、腕に何かが這いずる様な感覚が走り、咄嗟に剣を引いて唱えた。

「オン」

 右(デクシア)が解体し、右手の甲に《冷凍魔法》の痣が発生する。

 直ぐに展開させて、剣の先から氷の巨大な盾を作って受け止めた。

「こいつ魔法を使ってやがる!」

「早く殺せ!」

 各方面から弾が飛んでくる。

 全身を強化させているが、本来持っている物質の性質を強化するだけなので、人の皮膚は鎧とは違う。鉄の鎧がダイヤモンドの鎧になる事はあるが、人の皮膚は硬くなるだけだ。

 飛び込んで戦車を貫いた先に、よく知った顔の人間がいて、俺は立ち尽くした。

「‥父さん‥‥」

 揺れる炎の中で、父親が目を見開く。

「ジン!?」

 その時、急激に身体が重くなる。

 身体の《強化魔法》が切れた。

 俺は撃たれた。

 父さんごめん。

 作った機械を片っ端から破壊するなんて、酷いよな。燃料だって金が掛かる。凄まじい損害だ。理性では分かってる。でも‥‥正しくなかったんだ。

 このままじゃ殺される。

 奇跡的に魔法をかける時間がバラついて、足の強化は続いていた。

 俺は咄嗟の判断で、塹壕を抜けて、山へと戻った。

 木々の影に蹲るようにして隠れた。

 惨めだ。

 意志や気持ちだけではどうにもならない。

 右(デクシア)が死線を避けるとはいえ、今この体を司っているのは俺自身だ。

 一度冷静に作戦を立てよう。

 設計図がある限り、いや‥‥人は創作欲の塊だ。

 銃は、兵器は、何度でも作られる。

 人がいるかぎり。争いがある限り‥

 父さん‥‥

 血が出ている。

 上半身の服を脱いで、袖で縛って止血した。

 自身の想像以上に身体は疲れているらしく、気を失うように俺は草木の中で眠ってしまった。



 目が覚めると、知らない天井だった。

 木の屋根をしている。梁が無い事から、魔法の国の特殊な石造りの建築法だと分かる。

 乾いた草木の匂いがする。

 身体がチクチクする。

 見ると、干し草の上に寝ていた。

 隣を見ると、全身包帯の人間がいた。

 右も左も怪我人で、ゆっくり体を起こすと、そこら一帯が負傷した人で埋まっていた。

 戦場。

 これまでの事を思い出した。

 誰かがやって来た。

 赤髪の男性だ。

 ちょび髭を生やしていて、どこぞの貴族の様にも見える。だが、身なりは良くない。魔法の兵士と変わらず、茶色のローブとズボンでシンプルな格好をしていた。

 男は膝を付いて、俺に言ってきた。

「目が覚めたか。気分はどうだ」

「‥大丈夫です。すみません、助けてくださって」

 男は頷く。

「君の事は知っている。アロイから手紙が何通も飛んできた。まさかこんな所に居たとは」

「あなたは?」

「カムパネラ・ハロイ。アロイの父といえば通じるかな」

 俺は驚いて、アロイの父の顔を見た。

 たしかによく似ている。

「だから助けてくれたんですね。ありがとうございます。あの、ここは‥」

「我々の駐屯所のようなものだ。私達は義勇兵で、今前線で戦っている国に所属する兵士とは違うよ」

「そうなんですね、早く戻らないと‥」

 アロイの父は俺に手を差し出して言った。

「私は義勇兵のリーダーを務めている。犠牲を増やさないようにするのが目的だ。だから君の力を貸して欲しい」

 俺は首を振った。

「人は殺せません」

「私たちは国の兵士のように無策ではなく、作戦を立てて機械を破壊し、戦況を変えたいと思っている。君には複雑な事情があるそうだな。実は精霊の女の子に関して情報を持っている。アロイがトバトを追跡させていたんだ。カムパネラ家のトバトには発信機が付いている。電波塔の無い遠くへ行ってしまったら無理だったが、まだ観測できる範囲内にいる」

「どこに居るんですか!?」

「この国境に沿って20キロ、北へ向かった先にある工場だ。道中だけで良い。力を貸して欲しい。このままじゃ被害が大きくなる。人は殺さないと誓う」

 俺は考え、言った。

「他の、義勇兵の人たちと会って話してみたいです」

「分かった。連れてこよう」

「いえ、俺が行きます」

 俺は包帯を捨てて立ち上がった。

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