第3話

爆心地を捉えたドローンでの映像がテレビで流れている。


 ー 機械の国の北部は壊滅的な被害を受けています。爆心地一帯は全て焼失し、遺体一つ見つけられない状態です。機械の国と魔法の国の両国は‥‥


 ミローディアはテレビを消した。

 自分が間違っていた。何もかも。

 銃かナイフか、杖かを選び、ナイフを手に取った。

 ミローディアはミゲルの部屋をノックした。

「ミローディアです」

 ノックをし、私は中に入る。

 ミゲルは椅子に座り、広い机で書類のサインをしていた。

 ミゲルが顔を上げる。

 ミローディアは単刀直入に言った。

「やめて下さい。この計画は」

「怖くなったか」

 ミゲルが揶揄うように言う。

「お前は初め、賛成してくれたじゃないか」

「あの時は、銃が憎かった。でも今は、そんな事が些細な事だと思えるほど、死者を出した事を後悔しています。これ以上何かするなら‥‥」

「するなら?」

 ミローディアは走ってミゲルに接近し、喉元にナイフを突き付けて言った。

「あなたを殺してでも、止めます」

 ミゲルはペンを置いてミローディアと向き合う。

「どうして変わってしまったんだ?機械は憎くないのか?その手を失わせた物だぞ」

「私が‥間違っていました。もうそんな事は言ってられません。犠牲の上に成り立つものなんて、どんな物も、正しくは無い」

 ミローディアは意を決する。

 誰もミゲルに進言できない。こうして近づく事を許すのも、自分にだけだ。

 ナイフを握る手に力を込める。

 自分がやるしか無い。

 何度も考えた事だ。

「本当に俺を殺したければ、寝ている時に忍び込めば良いものを」

「最期に問いたかったのです‥‥ミゲルを殺したくはありません」

「甘いな」

 腹が立って、言った。

「沢山の人を殺して、目標がもし達成出来なかったら、どうするんですか。あなたはそれでも‥自分のことを正当化出来るんですか!?」

 ミゲルは拳銃を抜き出し、ミローディアに向けた。

 パン、と鼓膜が震える銃声と、不可思議な衝撃が身体を貫いた。

 立っていられずに膝をつく。

 脇腹が黒く染まっている。

 撃たれた。

 血よりも、その事実に激しく胸を抉られるようなショックを受けた。

 ミゲルが銃を使って私を撃った。

 私を‥‥

 ミゲルが言う。

「何度も言っただろう。計画の邪魔をするなら、容赦はしないと」

「どうして‥」

「掠めただけだ。最低限の血はストックしてある‥じっとしていろ」

 ミゲルは銃を投げ捨てて、背を向けた。

「あの時決意したことを忘れたのか。どうしてと問いたいのは俺の方だ」

 ミローディアは項垂れた。

 私のやっている事は裏切りでもある。

 最初は同じく機械を憎み、無くそうと手を取り合ったのだ。

 それにミゲルは私を助けてくれた。

 離れ離れになって、孤児として惨めな暮らしをしていた私を、迎えに来てくれた。

 孤児院を、みんなを守ってくれた。

 今は変わってしまっても、それは間違いない事実で、変わらない過去の大事なもの。

 ミゲルが椅子から立ち上がり、私を抱き寄せた。

 扉が開き、部下が入ってくる。

 不可解な状況に、全員が固まっている。

 ミゲルが囁く。

「お前が嫌だというなら‥‥構わない。計画を邪魔しないことを約束して、自由に生きれば良い」

 この人を孤独にしては、より暴走してしまうだろうというのは容易に想像できた。

 ミローディアは覚悟を決めて、口を開く。

「一緒に‥‥考えましょう。もう最後の一人まで来ましたし、爆弾を使わないで炙り出す方法もあるはずです」

「お前には酷いことをさせている」

「‥‥その言葉は、私もあなたに返します」

 もう逃れられない。

 罪を償うためには、他者を傷つけず、ミゲルを‥ミゲルを裏切らない方法でやっていくしかない。

 義手の付け根がジンと痛んだ。

 豪奢な絨毯を、じんわりと黒い血が汚していった。



   ー



 俺は部屋の隅にある机で勉強していた。

 問題は製図だ。設計図は一日目で全て覚えたが、コンパスと定規を使って描くのに時間がかかる。

 こればかりは慣れしかない。

 トントン、とドアが叩かれてトトが顔を出す。

 ご飯を持って来てくれた。

 トトは宿屋の女将と仲良くなり、台所を自由に貸してもらっているらしい。

 トトは机に配膳を置いた。

 小麦のパンは中心に切れ込みが入っていて、具材がたっぷり入っている。

「塩漬けのナヤウサギの薄切り肉、ヤギュウオオカミのミルクを発酵させて作ったチーズを薄切りして挟んでみました」

「頂きます」

 俺は一口食べて唸った。

 肉とチーズのしょっぱさが絶妙で口内に染み渡る。酸味と甘みが木の実の、サクサクした食感と相性抜群だ。

「最高だ。ごちそうさま」

 トトは温かいお茶を淹れてくれた。グラスに白い小花が浮いている。湯気と共に甘い良い香りが立ち上る。

 俺はお茶を啜りながら思わず言った。

「トトは料理が上手だよな」

「えへへ、ありがとうございます」

「料理人になれるんじゃないか?」

「料理人?」

「ご飯を作って仕事をする人。本当に飯が美味いからさ」

「私は神の眷属です。人の世界には住めないから無理ですよ」

「そうなの?でも今は許されてるじゃん」

「特別です。みんなが守って来たルールを私一人が崩す訳にはいきません」

「そっか」

「はい」

 俺はトトと見つめ合う。

 トトの瞳は海のように鮮やかなブルーで、見ていると安心する。

 俺は疑問に思っていたことをたずねた。

「言いたくなかったら良いんだけど、トトのご両親は、亡くなられたの?」

 ずっと気になっていたことだった。

 あのテントの中にトトの両親だと思われる人はいなかった。

 トトは何でもないように言った。

「私の両親は血の効果が特に強くて、私が6歳の頃に、人間に捕らえられて、おそらく、殺されてしまいました」

 俺は衝撃に目を見開いた。

「でも、それは事故みたいなものです。昔から私たちの一族が人間に利用されて殺される事はよくあって、対策も講じられています。私の親が死んでからは誰も被害に遭ってないです」

「そんなことがあったのか、聞いてごめんな」

「いいえ、私の小さい頃の話で、私はじぃ‥祖父と祖母に育てられました。二人は旅から引退してスイズの北の森に棲んでいます。なので、旅はちょっと寂しかったのですが、こうしてジンに会えて、最近は寂しくないです」

「そっか。何かあったら相談してくれ。我慢しないでちゃんと言えよ?」

 トトは無邪気にうなずいて、俺に抱きついてきた。

 温かい気持ちになる。

 何だか妹が出来たみたいで、嬉しかった。

「よしよし」 

 慣れていないが、俺はトトの頭にそっと手を置いた。



 午後は息抜きで、トトと街に出かけた。

 モックルに首輪をつけてお散歩をさせる。

 通りかかった人達が、俺に話しかける。

「可愛いワンちゃんね〜、触っていい?」

「どうぞ」

 モックルは牙を出さないように口を閉ざし、尻尾を振って対応する。

「とってもふさふさしてて、凛々しい顔ね。犬種は?」

「雑種(ミックス)です」

 大きいスーパーで夕飯の買い物をした後、杖を買いに行くことになった。

「杖屋なんて、本当にあるの?」

「ありますよ!付いてきて下さい。良さそうな老舗を見つけたんです」

「杖屋の老舗なんてあるのか」

 細い路地を付いていくと「WAND」という木彫りの看板がウィンドウに掛かっていた。

 木の扉を押して店内に入ると、ドアベルがチリンと鳴った。

 ウッドな香りがする。

 可愛らしいオルゴールの曲が流れていた。

 奥のレジに座っていた、丸いメガネを掛けたお爺さんと目が合う。

 お爺さんは、ニコリと笑む。

「いらっしゃい」

 俺も小さく頭を下げて、笑みを返した。

 店内はガラスのショーケースが並んでいた。

 ショーケースには、紅蓮のベルベットが敷かれている。小さい階段のようになっていて、杖が平行に置かれている。杖の横に値段の書かれた札がある。

 高い。桁が違う。

 どうやら先端のカバーを回すとペン先が出てきて、直ぐに描けるようになっているようだ。 

 他にも鉛筆や、シャープペンがある。

 トトが俺の手を引っ張って言う。

「ねぇジン、あの杖が欲しいです」

 ひょい、と黄金の杖を指差す。

 俺はトトの額を指で突いた。

「買えるわけ無いだろ」

 銀製の美しい杖、木製の太い杖‥色々ある。見ている分には面白い。

 コーナーが変わると、急にポップな杖になる。

 棒付きキャンディ、団子、チョコレートペンシル。

 本当に細長くて先端が尖っていれば何でも良いんだな。

 商品を見ていると、お爺さんの店主が話しかけて来た。

 まずい‥

「何かお目当てはありますか?」

「えーっと、自分の杖を」

「そうですか。どうです?気に入ったものはありました?」

「そうですね、まだ分かりません」

 このポップな杖なら買えるけど、ぺろぺろキャンディの杖なんて、一体誰が使うのか。しかも飴の部分が持ち手なんて、誰も思わないだろう。

 店主は俺を見ると、ニッコリ笑った。

「どうしてこんな形をしているか、分かりますか?」

「いえ、全く」

「フェイクは大事な要素ですよ。いかに相手よりも素早く先手を打てるか、が魔法の勝敗を分けます」

「なるほど」

 たしかに街での事件も洞窟でも、俺は先手を打たれている。

「相手の隙を突くんですね」

「そういう事です」

 予想外に奥が深い。

 お爺さんは言う。

「魔法は体内で作られて、物質を通して放出されます。物質と魔法の相性は人によって変わってきます。例えば私が「木」であるように、あなたの前に居たお客さんは「金属」でした」

「へぇ」

「私の店では、初めての方に合う杖の診断をさせて貰っています。やってみますか?」

 何だか面白そうだ。

 もう予算オーバーでも良いか。

「お願いします」

「では、そこに座って下さい」

 カウンターの奥へ案内される。

 店の裏側で、小部屋になっていた。床が軋む。

 一枚の紙を机の中から取り出し、店主は聞いてきた。

「あなたは普段、どんな魔法を使いますか?」

「まだ魔法を使ったことがなくて分かりません。でも近日中に幅広く使う予定です」

「あなたの特技は?」

 予想外の質問だ。

「機械と、暗記ですかね」

「苦手なものは?」

「嘘をつくことです」

「好きな食べ物は?」

「うーん、なんでも好きです」

「人生の目標は?」

「機械で人を笑顔にすることです」

「何色が好き?」

「青です」

「尊敬している人は?」

「父です」

「ガラスと銀と宝石の三つの指輪の中で一つ選ぶなら?」

「‥ガラスです」

「理由は?」

「‥安いから」

 お爺さんが笑う。

「正直に答えて下さい」

「‥綺麗だと思うから」

「回答ありがとうございました。オン」

 お爺さんが杖を振る。

 診断用紙がぺらりと浮遊して俺の元へ届く。

 

 glass sword


 俺は二度見した。

「‥ソード!?」

「少々お待ち下さい」

 お爺さんは地下へと続く階段に降りていく。

 ガタガタと音を立てた後、お爺さんは戻ってきた。大きな鉄の箱を抱えている。

 蓋を開けると、中に剣が入っていた。

「レイピアという種類の剣です。きっとあなたに合いますよ」

 いやいや‥‥

 突っ込みたいのを堪えて、俺は矛盾をついた。

「そもそもガラスって、剣じゃ斬ったらこっちが割れるじゃないですか」

「ああ、すみません説明不足でしたね。魔法には《強化魔法》というものがあるんですよ。ガラスの剣の刃を強化して、斬るのです。慣れてくれば機械も一刀両断出来ますよ。純度が高いので、魔法の強さもハッキリ出ますし、これ自体が杖として用いる事も出来ます」

「へぇ」

 面白い。

 購入してしまった。

 お爺さんは言う。

「一ヶ月の間は強化魔法の補償が付いているので、日常的にも持ち歩けます。一ヶ月以降は自身で強化魔法を掛けないと日常的に持ち歩けば割れたり欠損する可能性があるので注意して下さい」

「一ヶ月の間、魔法が続くんですか?魔法の継続ってどうするんですか?」

「おや、本当に初心者の方なのですね。《魔法の継続は設計図を何枚も重ねて連続で同じ魔法をかけ続ける》事で出来ます。職人さんが一日かけて魔法をかけてくれたんですよ」

「そうなんですね」

 大切にしよう。

「それからこれ、クーポンです。魔法の国に本店があります。もし寄る事があれば、是非ご贔屓に」

 チェーン店なのか。

 俺が想像していたよりも、杖屋というのはしっかり商売していた。一本でこれだけの金額なら、かなり儲かりそうだ。

 俺は買った剣を取り敢えずベルトに下げてみた。カバーで隠しているが、間違いなく相手を警戒させる代物だ。本当にこれで良かったのだろうか。

「まぁいっか」

 剣とは別に、もう一本ペン型の杖を購入しておいた。

 トトが強請ってきた、棒付きキャンディーの杖を買い、俺たちは無一文になった。

 トトが言う。

「まぁまぁ、スイズでは、宵越しのゼニーは持たないと言いますし」

「働いてない癖に何言ってんだ」

 明日は一日修理屋になりそうだった。



 あっという間に二週間が過ぎた。

 俺とアロイは宿のロビーのソファに座り、問題を出し合い、過去50年分のテストを行って、採点していた。

 アロイは紙をトントンと纏めて頬杖をつく。

「平均ランクはAか、まぁ座学は何とかなりそう‥‥え、お前‥採点、満点?」

 俺は紙を裏返して白紙に設計図を描き始める。

 正確性で性能が上がるなら、より洗練させた方が良い。

 俺は手を動かしながら答えた。

「問題は二次試験だな」

「‥お前天才?」

「記憶力が良いだけだよ。地頭はそうでもない」

「記憶力が良いって次元じゃねぇよ。どんな風に覚えてるんだ?コツとかあるのか?」

 俺は少し考えて言う。

「見たものが写真みたいに覚えておける。コツは、分からないな。何となく覚えてる」

「ふぅん。すごいな」

「でも、アロイが本屋とか、参考書とか教えてくれなかったら、ここまで来られなかった。改めて感謝してる」

「急に何だよ、水くさいな」

 アロイが笑い、拳を出してきた。

「明日頑張ろう」

「ああ」

 俺も拳をぶつけた。




 エントリーすると予め郵送で試験の詳細や自分の受験番号が送られてくる。

 試験本番を迎えた。

 スイズ中央魔法大学へ行き、その赤レンガの美しい外観に見惚れた。大きな噴水が飛沫を上げている。陽光を反射してキラキラと輝いていた。

 人も多い。志願者数は10250人。合格人数は200人。

「ジン、アロイ、頑張って」

 トトが応援してくれて、俺達はうなずいた。


 一日目。

 筆記は好感触だった。

 俺はテストを終えて直ぐ、二日目に備えて実技の練習をした。

 翌朝、魔法学校の正門に行くと、一次試験の合格者の番号が張り出されていた。

 一万人が千人に絞られる。

 7777

 自分の番号を発見した。

 トトが飛び上がって喜んでくれた。

「ジン!すごい!!おめでとう!!」

「ありがとう」

 アロイの番号もある。

 三人でハイタッチした。

 このまま合格者は二次試験へと臨む事になる。

 俺達は気合を入れて校内へ入った。

 アロイとは番号が離れているので、バラバラになる。

 扇形の長椅子がある広いホールに案内され、着席して待機する。しばらくすると、ワイン色のローブを羽織った学校の関係者が現れて移動を促して来た。

 校舎を出て、しばらく歩くと、コロシアムのような円形のスタジアムに辿り着いた。

 地面は土で覆われており、広大な運動場になっている。

 俺含めた一次試験突破の受験者は入場口で、試験官から設計図を描く紙と、杖のペンを受け取る。

 試験官に注意事項を再度説明される。

「受験者一人につき、二人試験官が監視しています。不正をした場合、その時点で失格となります。また、今渡した武器以外を使った場合も失格となります」

「あ」

 ガラスの剣を持ってきてしまった。

「武器を保管する場所ありますか?」

「無いです。使わなければ不正には当たりません」

 俺はガラスの剣を気に入っていた。割と高価なので、盗難を恐れて持ち歩いていたのだが、いつの間にか携帯するのが当たり前となり、今日も腰に下げてきてしまった。

 使わなければ良い話だが、少し邪魔だな。

 まぁ験担ぎ的なものだと思っておこう。

 渡された試験用の紙は筒のケースに入っており、ベルト状にくっ付いていて腰に巻いた。杖はインク主体の筆ペンだ。捻るとペン先が出てきて描けるようになっている。

 通常と異なるのは、ペンの所に嵌った小さな液晶だ。

 何かが表示されるのか?

 受験者が中に入ると、闘技場のように会場が湧いた。驚いて頭上を見上げると、ローブを着た生徒が座ってこちらを見下ろしている。

 なるほどこれが試験官か。

 コロシアムみたいだ。

 二時試験の内容はトップシークレットとされ、内容も毎年変わり、対策を立てられないようになっている。

 会場には巨大なモニターが四つ、四方に設置されており、場内の何もない地面を映していたが、その内の一つが切り替わった。

 客席を映す。

 みんな紺色のローブを着ている。これが制服なのか。

 一番高い席にカメラが移動する。

 教師は白いローブを羽織っているらしい。

 一人の女性がズームされた。

 栗色の肩までのショートカットが風で爽やかにたなびく。女性はそれを片手で押さえ、俺は目を留めた。

 二又のフックだ。

 白いローブから急に二本の金属が生えているので、目立つ。

 カメラは更にズームし、女性の隣に座る男を映し出す。

 黒髪で、目鼻立ちのくっきりした精悍な男だ。

 こちらは真っ黒のローブを着ていた。

 一人だけ色が違う。

 カメラはずっと男を写している。

 校長だろうか。

 男にはカリスマ的なオーラがあった。男の周りだけ空気が圧縮され、時間が遅れているような気がした。

 30代くらいだろうか。若く見える。

 男は立ち上がる。

 隣の義手の女性が、義手ではない方の手で用意したマイクを男に手渡した。ブツリ、とスイッチが入れられた。

 張りのあるバリトンの低い声で言う。

「まずは一次試験を合格したことを讃えよう。おめでとう。今から二次試験を行う。ルールは簡単だ」

 一呼吸おいて、男は言った。

「二次試験の内容は「ポイント制の戦闘」。ポイントが高い100位までを合格させる」

 受験者たちがざわつく。

「今から現れる《機械を倒した者は100点》《アシストは60点》更に、《ダメージの値》が加わったものが得点となる。ダメージの値はリアルタイムでその杖に記録され、会場のモニターにも反映される」

 俺はペンの液晶を見る。

 どういう仕組みかは分からないが、機械へのダメージと連動しているという事か。

 一体どんなアルゴリズムを組んでいるのだろう。

 男は黒いローブをマントのように翻して言った。

「今年の一次試験は平均得点が過去最高だ。満点も居る」

 モニター越しに男と目が合った気がした。

「期待している」

 男はそれだけ言うと、会場を去っていった。

 マイクは義手の女性に渡される。

 女性は言う。

「全員壁に移動して下さい。注意事項として、《爆発魔法》は禁止です。地形の利用は可能ですが、コロシアム自体を破壊した者はマイナス100点と見做します。観客席に居る上級生が監視しています。その他違反があれば即刻退場となります」

 全員が壁際、場内の端に円を描くように移動する。俺もそれに倣(なら)う。

 地面の中心がガコッと音を立て、スライドするように外れる。正方形の穴が空き、そこから俺の想像を遥かに超えるデカさの機械(マシン)が現れ、俺は唖然とした。

 まさに天を衝くような大きさで、背を反らして見ても、その全容は一度に視界に入れる事は不可能だ。

 さらに特徴的なのは、二足歩行。

 肩幅がある。そこから伸びる腕は、地面に着きそうなほど長い。先が太くなっていて、天秤を彷彿とさせる。赤銅色の分厚い装甲は鎧のようだった。銃弾も裕に弾かれそうな気配がある。

 こんな機械、一体誰が作ったんだ?

 機械の国でも見た事が無い。というか、こんなもの、何の為に開発するんだ。スイズの軍事開発の副産物か?

 そんな事を考えている間にも状況は進んでいた。

 モニターに10.9.8.7.‥とカウントが映され、観客も合わせてコールする。

 ブィィィーンと重低音のブザーが鳴り、二次試験が始まった。みんなが次々に魔法を起動させて、攻撃を仕掛ける。

 あらゆる色の光線が絡まり合って機械の装甲に衝突する。

 だが、機械に変化はない。

 全く効いていない。

 光が発生していることから、魔法は起動しているが、その後の火炎や冷凍などの現象を引き起こせていないようだ。

 どういう事だ?

 俺は地面に浮遊魔法の設計図を描く。

 左手で設計図に触れ、杖を機械に向ける。

「オン」

 杖の先から、真っ直ぐに蒼い光が放たれる。

 だが、機械には届かず、遮断されるように弾かれた。

 バリアのようなものでもあるのだろうか。届いていない。

 同じ感想を抱いた人間が、その正体を確かめようと機械に接近しようとする。

 だが、機械はガコン、と体を震わせると、上半身と下半身に切れ目を走らせた。両腕を横に伸ばし、上半身ごと、ブンブンと回転させ始める。

 間合いを埋める予想外の攻撃だ。巨大な鋼鉄の腕に強打されたら骨折だけでは済まないだろう。とんでもない試験だ。

 全員が再び距離をとった。

 まずあの機械がどんなものかを観察する必要がある。

 スタジアムの地形には特徴があった。地面には、人が隠れられる程の大きさの岩が生えるように点在している。

 俺は再度、地面に浮遊魔法の設計図を描く。

 岩に向かって杖を向けた。

「オン」

 蒼い光が閃いて、岩にぶつかる。岩はぼろぼろと土を落としながら、ゆっくりと持ち上がった。俺は助走を付けて、岩に飛び乗る。俺が乗ると微かに岩は沈み、ふわりと浮き上がって空を漂う。俺は高く上昇し、上空から機械に近づいた。

 腕の関節はパイ生地のように金属が重なっていて、柔らかい動きが出来るようになっている。四脚の機械を倒した時のように、関節の付け根を直接攻撃する事は出来ない。

 肩の所に、目玉のような物が埋め込まれている。

 怪しい。目玉を破壊してみるか。

 魔法が効かないなら殴れば良い。

 俺は岩を急降下させる。ぐっと機械に近づいた時、ガコン、と機械の頭に、穴が空いた。

 俺は嫌な予感がして、岩にしがみ付きながら急旋回、撤退する。直後、俺の居た場所に機械は赤く細い光線を放った。激しい土煙と共に地面が真っ二つに穿たれる。

 あり得ない威力に、俺は愕然とする。

 試験にしては、やり過ぎだろ。

 四本足の機械のレーザービームを思い出した。

 よく似ている。

 息をつき、俺は何気なく会場の巨大な液晶モニターに視線を向け、驚きに目を見開いた。

 それぞれダメージ値が出始めている。

 0.2、0.5、大きいものでは2.3、5.8、とある。

 バリアは完全に無効化している訳では無いのか。

 チクチク攻撃するのも一つの手段か。

 時間は掛けられない。

 俺は6枚ほど素早く設計図を紙に描き、その紙を杖ごと左手で握った。

 着実に数字を伸ばしていく他の受験者を見て、俺と同じように、倒すかアシストの得点を狙っていた人間たちが焦り出す。

 一人の男が先ほどの俺を真似て、岩に乗り上げ、上空から急接近した。レーザーをスレスレで躱し、猛突進する。

 その時、機械は上空へ腕を振り上げ、複雑に腕を振り回し始めた。

 腕の勢いは凄まじく、こちらまで風圧が押し寄せて来る。

 男は予想外の攻撃に驚いて停滞した。

 機械は片方の下げた拳を男の死角へと移動する。男は気付いていない。

 あのアッパーにぶつかれば、骨折では済まない。

 俺は口から一枚設計図を引き抜き、杖の先を足に向ける。

『オン』

《強化魔法》を起動。

 蒼い閃光が、飛沫を上げるように足から噴き上がる。足が熱くなり、細胞の奥深くまで力が満ちるのを感じながら、強く踏み込んで跳躍した。

 超強化された足は、流星のような瞬発力を発揮し、機械の腕がアッパーを放つ直前、俺は男を抱えて、すれ違うように回避した。

 男の乗っていた大きな岩が、一瞬で土煙と化す。

 先回りして機械は跳躍の方向にレーザーを放つ。

 俺は咄嗟に機械の腕を蹴って、跳躍の軌道を斜めに逸らしたが、避け切れずに腕がレーザーを掠めた。

 黒い血が散る。

 ジュッと音がして、息が詰まるような痛みが全身を貫いた。

 俺は着地して男を下ろした。

 咥えていた紙を引き抜いて、男の手に押し付ける。

「逃げろ」

 男は設計図を見ると、俺の意図を理解して《強化魔法》で足を強化し、素早く戦線から離脱した。

 腕の肉の部分が焦げて抉れている。

 ズキズキとした凄まじい痛みで、息を吸う動きだけで精一杯だった。意識がハッキリある分、あの時よりも鮮明に痛みを感じる。火傷によってほぼ止血されているが、動くと皮膚が破けて血が流れる。

 機械が迫ってくる。目玉のようなものがギョロリと俺に向いて、なぜか機械は一度停止した。

 不可解な文字を光で表示する。


 εχθρός ευρεσις


 敵 発見


「敵?」

 俺が?

 敵なんて概念、試験に無いだろ。

 瞬間、機械は全身からチカチカと赤く光を発光させた。

 それが収まると、全身から太い蔦や草花を有り得ない速度で生やし始める。

 機械は腕を振り回し、白煙を噴き上げながら、今までの速度が嘘だったのかと思うほどの速さで俺に猛追し続けた。

 痛みで頭が回らない。夢中で走り続けたその時、機械が急に方向転換した。

 そして、受験者の方へ突っ込み「バコン」という音と共に何かが吹き飛んで行った。

 宙でくるくる回っているのは、人だった。

 壁に叩きつけられて、そのまま落下する。

 地面に落ちる前に、赤髪の人間‥‥アロイが滑り込んで受け止めたが、抱いた腕から溢(こぼ)れる手足が、あり得ない方向に反り返っていた。

 静寂が場を支配する。

 いっぱく置いて、悲鳴が上がった。

 機械は光の文字を何度か点滅させて、暴走を始めた。闇雲に腕を振り回し、レーザーを放射しながら殺戮しようと乱暴に動き回る。

 みんなパニックに陥って逃げ惑う。

 機械は俺を見ておかしくなった。

 俺のせいか。

 絶対にこれ以上の被害を食い止めなければ。

 俺はガラスの剣を引き抜いていた。

 地面に《強化魔法》の設計図を描き、杖でガラスの剣の刃をなぞる。

 蒼い光が煙のように立ち昇る。

 俺は手首を返して、剣を強く握り、地面を蹴った。

 赤い光が見える。

 赤銅色の拳を避け、身体を捻ってレーザーを躱す。両足で跳躍し、身体を回転させるようにして機械の腕を切断した。

 金属を切る甲高い音が機械の悲鳴に聞こえる。

 蒼い光芒が宙に弧を描く。

 すかさず横から拳が飛んでくる。俺は逆手に剣を握り直し、素早く自分の服に《浮遊魔法》をかけた。

「オン」

 咥えていた設計図が消費され、ふわりと身体が浮き上がる。急上昇して飛んでくる拳を躱すが、凄まじい風圧に負けて叩きつけられるように、地面に転がった。

 直ぐに踏み切って逃げようとするが、足が鉛のように重い。《強化魔法》が途切れた。

 胴体にガシン、と穴が空き、そこから無数の銃弾が飛んでくる。身体を縮めた時、赤い光が目の前を駆け抜けた。赤い光芒は展開して火炎放射と変わり、全ての銃弾を焼き焦がした。

 アロイの声が聞こえた。

「ジン!両肩の目玉を壊せば魔法は届く!」

「どういう事だ」

「足元の目玉を壊したら下のバリアが薄くなった。おそらく目玉とバリアはリンクしている!俺は左をやるから、ジンは右だ!」

「了解!」

 俺は再度身体に《強化魔法》をかける。

 機械の腕を躱し、地面を蹴って跳躍する。空中で前転し、左足を伸ばして踵落としを目玉に決めた。バリン、という音と共にガラスが散る。

 アロイが叫ぶように言う。

「今だ!!!」

 もう紙が無かった。

 その時、δεξιά(デクシア)の文字が右手の甲に降りて来た。そして、黒い文字は開いて収束し、《冷凍魔法》の設計図を描く。

 俺を使え、という様に光る。

 俺はガラスの剣を、機械の頭頂部に突き立てた。

 全身全霊で、魂から咆哮した。

「オン!!!!」

 空気が光った。地面が蒼く明滅する。

 次の瞬間、光が爆発し、目を焼いた。爆風で吹き飛ばされ、俺は受け身を取ったが、地面に叩き付けられる。

 金属が崩れるような音がして、目を開けると、前方には、巨大な氷柱で貫かれ、項垂れるようにして絶命している機械の姿があった。

 周囲は水晶のような氷が覆い尽くし、氷柱が地面から無数に突き出している。

 初めに見たグラウンドが嘘のようだ。

 本当に自分がやったのか?

 皆んなは?

 参加者は救命ボートのようなものに乗せられて、遠くに避難している。

 安心した瞬間、視界がブラックアウトした。



 ふいに意識が浮上し、俺は目を覚ました。

 真っ白な天井。

 消毒液の匂いがする。

 左右に視線を向けると、点滴があり、俺の左手に繋がっていた。

 窓の外は暗い。

 右手は包帯が巻かれている。

 そうだ、レーザーで抉れたんだ。

 見た感じ、膨らんでいるので成形はされているようだ。

 トトに血を飲ませてもらったのだろう。

 俺は試験のことを一気に思い出した。

 ここは病院だ。運ばれたのか。

 トトが、俺のベッドに突っ伏して、眠っている。

 俺は身体を起こし、痛みに呻いた。

「痛っ」

 トトがビクリ、と目を覚ます。

 大きな目を見開いて、俺を見る。

「ごめん、起こしたな」

 ジンはうるうると目の縁に涙をため、腰にぎゅっと抱きついて来た。

 俺はトトの頭を撫でた。

「ごめん、心配かけたな」

 トトは首を横に振る。

 ずっとくっ付いているので、相当心配させてしまったようだ。俺は落ち着くまで頭を撫でてあげた。

 その間、俺は詳細に記憶を辿り、ガックリと肩を落とした。

「そうだ、俺不正で失格だ」

 しかも怪我まで負って良い事一つない。

 トトが腕を離し、言った。

「さっき、撤回したいって学校側から連絡がありました」

「え!?」

「えっと、確かアロイが電話を受けていたので、ちょっとアロイを呼んできます!」

 トトが扉を開けて出て行く。

 すぐにアロイを引き連れて来た。

「身体はどうだ?」

「大丈夫そうだ。心配かけたな‥‥試験で怪我をした人達は無事なのか」

 アロイは頷く。

「命に別状は無い。骨折だけだ。スイズの医療なら治せる」

「そうだったのか。良かった」

 俺が安堵して笑うと、アロイも笑みを返し、言った。

「電話の件だけど、直接話をしたいから都合の良い時間を教えてくれって言われてた。謝罪と感謝をしたいってさ」

「謝罪と感謝ねぇ‥緘口令じゃないのか?あんな意味不明な機械の事件、表沙汰に出来ないだろ」

「さぁな、そこまでは話を聞かないと分からん。試験から半日も経ってないからな」

「そうなのか。俺って何で気を失ったんだ?」

「腕やその他の傷からの出血性の貧血だ。輸血まではせずに、安静にすることになった。黒い血のことは何故か公になってない。学校側の都合が悪く揉み消してるのかもな」

「そうなのか。やっぱりあの機械と関係があるって事だろうか」

「可能性はありそうだな。で、時間はどうする?」

「今からで良い。俺から折り返す。番号教えてくれ」



 いつでもいいと言うと、一時間後にすぐ現れた。

 現れたのは校長ではなく、あの義手の女性だった。

 白いパンツに白いジャケットという服装で、あまり学内の格好と変わりが無かった。

「スイズ中央部魔法学校の講師をしています、ミローディアと言います。校長は多忙のため、私が代理で来ました。伝えるべき点を簡潔に伝えます。まず入学の手続きとご案内の用紙です。あなたは与えられた武器以外を用いるという不正をしましたが、ルールに縛られて目的を見失うのは最も愚かな事だと校長はおっしゃいました。私たちの学校の理念は実力のある人材を育て社会に貢献することですから、危機的状況から皆んなを救った勇気と行動力を評価し、ジンを二次試験合格者とします」

「え!つまり合格ですか?」

「そう言っています」

 トトが抱きついてくる。

「ジン、おめでとうございます!!」

「ありがとう」

 手放しに喜びたい所だが、追求すべき点が幾つかある。

「俺、あの機械について見覚えがあります。生きた機械で、四本脚の‥」

「その件に関しては口外しないで頂きたいと思います」

「ふぅん。どうして?」

「学校側としては、機械を外注しただけのことで、元はそこに責任がありますから」

「その元を教えてくれないか?口外しないから」

「私が命じられた役目は以上です」

 俺は言った。

「あの機械、俺の黒い血を見て敵と判断した。そして暴走した。俺はもともと機械の国の兵士で出兵していたんだ。それで爆弾を受けて呪いに罹り、血が黒くなった。俺は自分の身体をもとに戻したいだけなんだ。色々あって、ここに入学することに決めた。何か知っている事があったら教えて欲しい」

 少し間を空けて、ミローディアは言う。

「何のことか分かりません。他を当たって下さい」

 反応からして、ミローディアは何かを知っていそうだ。

 踵を返そうとするミローディアを引き留めるため、咄嗟に俺は言った。

「その義手、見せてもらえませんか?もっと良いものに出来るかもしれません」

 ミローディアが眉を顰める。

「それ、今はハーネス状でしょう?五本指で肌色で、リアルに近い種類があります。それは自分の意思のまま、自由に手を動かせるものです」

 ミローディアは、目を瞬いて言う。

「そんな夢みたいな話、ある訳‥」

「ありますよ。機械の国では筋電義手は定番です。脳の電気信号を繋げてイメージ通りに動かせます。表面をシリコン状に仕上げる事も出来ます。三日に一回充電が必要なのはまだ改良すべき点ですが、作ることが出来ます」

「‥そんな話、聞いたことが無いわ」

 敬語が崩れる。

 よく見ると、ミローディアはとても若くて、俺と大差ないように見えた。

「機械の国ではあります。俺は機械技師です。子供の腕を作った事があります。その子は縄跳びをしたり、自転車を漕いだりしています」

 トトが身を乗り出して言った。

「ジンの腕は確かですよ!どんなものでも直しちゃいますし、車だって作れます!」

 アロイも言う。

「本当だぜ。ここの宿屋代も急遽始めた修理屋で丸々稼いだものだ」

 ミローディアは言う。

「‥‥あなたが機械技師という情報は知っています。そんな事はどうでも良いのです‥」

 トトが手を広げて言う。

「もっと自由に動かせたら、きっと楽しいですよ!」

 ミローディアの眉がぴくりと動く。

 ミローディアの視線が自身のフックに移動した。

「どうして急に、そんなこと」

「俺、物作りが好きなんです。それで、人に笑ってもらえたら幸せだなと思います。口外もしません。これは仕事の終わった後の、雑談です。個人的に作ってみたいなって思いました」

 ミローディアはたずねる。

「本当に出来るの?」

「はい」

「‥‥本当?」

「はい、本当です」

 ミローディアは何かを考えるように沈黙した。

 そして、自分のフックの手を見つめていた。

 言いたいことがあるのに我慢して黙っている子供のようで、放っておけない気持ちになった。

 俺は打算を忘れ、ミローディアに近づいて言った。

「やらせて下さい。材料とか機材とか用意するのに時間がかかるかもしれませんが、作らせて下さい」

「‥どうして?」

「え?」

「私は何も言わないわよ」

「かまいません。俺が作りたいだけなので」

 おもむろに、ミローディアは鞄からメモ帳を出すと、ボールペンで何かを描き、バラリと紙を引き抜いて差し出してきた。

「工場」

「あ、採寸させて下さい」

「今?」

「今はメジャー持ってないので無理ですが、あとか‥」

「連絡先でも渡せば良いの?」

「お願いします」

 ミローディアは去って行った。

 トトとアロイが俺のもらった住所と電話番号を見る。

 アロイが言う。

「へぇ。杖の製造工場だな。あの人、良い所の出なのか?」

「全く知らない」

「まぁ話通してもらってるんだから、明日にでも電話してみたら?」

「そうする」

「これ成功したら、彼女を取り込めるんじゃ無いか?」

「どうだろ」

「そこ計算してたんじゃないのかよ」

「そりゃ仲良くなって情報を引き出したいけどさ、やるからにはちゃんとやりたいし‥‥喜んで欲しい」

 俺は記憶の中の設計図を思い出し、考えて頭の中で線を引いた。



 翌日、俺は工場へ行った。

 ミローディアから話は通っているらしく、直ぐにアポイントメントが取れた。

 スイズの街の北部にあり、宿から徒歩40分程度でかなり近い。

 工場では、杖作りの職人たちが力を合わせて働いていた。

 様々な種類の木から、木材が削り出され、杖を作っていく。石材は一枚の岩から、金属製品もパイプ状のものを溶接して作り上げる。大胆なカットから、一人一人の職人さんが丁寧に作っていく。

 俺は感動した。

 工場長と話をした。

 機械技師という称号の一番の価値はそれだけで腕の良さを認めて貰えることだ。

 メタルソーの切断機や研磨加工機、溶接機も揃っているので、それらも貸してもらえる事になった。

 まずは材料集めだが、その前に仲間と仲良くなってコネクションを作ることから始めることにした。その日は雑用をしながら快談し、工房の仲間と仲良くなって、俺は酒場に連れて行ってもらった。

 陽気な話がひと段落して、コリン酒に口を付けた時、店内に流れていたラジオの音楽番組が、ニュースに切り替わった。

 スイズはテレビは主流ではなく、富裕層の機械、という位置づけだ。

 主な情報はラジオが主流となっている。

 自然と皆んなが耳を澄ませて、静かになる。

 

ー 機械の国の北部では魔法の国による爆弾が投下され、壊滅的な被害を受けました


ー これを受けて、機械の国は内地での防衛を強固にするため、北部から南部にかけて《魔法の国との国境に広く機械を配備させる》ことを宣言しました


 そんな事になっていたのか。

 そうか、四本足の機械に追い詰められたという情報を知っているのは俺だけで、その結果、爆弾による甚大な被害という事実だけが残ったんだ。

 あの四本脚の機械に、第三勢力だと自ら名乗っていた男が乗っていた以上、全て魔法の国によるものだとは考えにくいのではないだろうか。

 報告だけでもしないと‥だが、電波塔は立っていないし、電信線も無い。機械の国まで通話やコンタクトを取る事は難しい、というか無理だ。

 一度戻った方が良かったかもしれないが、今更そんな事思っても遅い。

 仲間の一人が俺にたずねてきた。

「機械の国ってのは、今どんな感じなんだ?」

「俺は北部に出兵していたんですが、爆撃を受けて戦線は崩壊して、訳あってここに居るので、現状は分かりません」

「そうなのか!大変だったな。無事でよかった」

 スイズの人達は優しい。

「でも、国境に機械を配置させたという話は初耳でした。これ以上の争いが起きなければ良いのですが‥」

 男達が口々に言い始める。

「まぁ、俺たちにはどうしようもないからなぁ」

「指示出す上官にでもならない限り、アリが拳を突き上げているのと同じ事だ」

「ここで戦争はやめろってデモをやっても、当事者たちには届きやしない」

 隣で飲んでいた他の男達が口を挟んできた。

「でも参加しないよりはマシだろ」

「そうだ、何もしないのは興味感心のない腑抜けがやる事だぜ」

 意見が飛び交う。

「具体的にデモをやって何が変わるのか教えろ」

「みんなの意識を変えていくんだよ。それが巡り巡ってなぁ‥」

「ハッ、馬鹿馬鹿しい。まだ寄付をした方がマシだ」

「それだって確実に届いているのかは分からねぇぜ?むしろ悪い奴らが中抜きしてるって聞くしよ?」

「ほら、そういう事なんだよ」

「神に祈るしかないんだよ」

「神がいたら戦争なんて起きてねぇよ」

 掴み合いの喧嘩に発展して、俺や他の人間が間に割り込んで止めに入った。

 果たして何が正解なのか、俺にも分からなかった。

 だが、やはり俺の持っている情報は伝えておかなければならない。



 宿に戻ってくると、アロイがロビーのソファーに座って、細い紙を読んでいた。

「どうした?」

 アロイが顔を上げて言う。

「何かあると思ってな、カムパネラ家の情報網で色々と調べさせてたんだ。そうしたら色々分かった事がある」

 俺は身を乗り出す。

 アロイは手紙を破って暖炉に放り込み、窓辺の桟にとまっていたトバトの足に小さなリングを取り付けた。

「リングの中に紙を絞って入れておくんだ」

 伝書鳩か。

 俺はハッとした。

「この鳥は、機械の国まで飛べるか?」

「微妙だな。飛ばせた事がない」

 俺は肩を落とした。

 事情を説明すると、アロイは言った。

「カムパネラ家で管理してるトバトは固体によって行ける場所が変わってくる。俺ん家(ち)から飛ばせば何とかなるかもしれない。内容を送るよ。どの道俺も情報を受け取ったサインを記したものを返さないといけないからな、とその前に俺の情報を聞いて欲しい」

「分かった」

 俺とアロイはソファーに座る。

 アロイは言った。

「あの義手の女性教諭、校長の養子だ」

「養子?」

 予想外の話に、俺は聞き返した。

「ああ。校長は世界でもシェア率一位を誇る杖のメーカーの社長でもある。孤児院を買収して、個人で経営しているらしい。独身でも引き取れたのは、特権なんだろう。だから工場にコネクションがあって、ジンを案内できた」

「ふぅん。でも、そこまでして引き取る理由は何だろう」

「そこまでは分からん。そして、校長は活動家としての面も持ち合わせている」

「何の活動だ?」

「魔法と機械の両方の良さを伝えるような、政治問題、国際問題、人権問題…まあ広い意味での活動って感じだな。政治には絡んでいないようだが」

「そうなのか」

「で、その組織には階級があって、バッジが付いているらしい。お前が今までどうしてきたのか、俺に説明してくれた時に、バッジ見せてくれただろう?手帳も合わせて、もう一度見せてくれ」

 俺は革の袋に保管していた男の所持品を取り出す。

 バッジは四角形で、四方がダイヤ型の四色に分かれている。

 アロイがバッジを摘んで言う。

「間違いない。これだよ。つまりお前が戦ったのはその活動家の仲間って訳だ」

「‥‥と言う事は、四本脚の機械と、あの校長が繋がったって事か。そうしたら、試験の機械も同じ校長が用意したものだと考えるのが妥当だよな」

「そう思う」

「四本脚の機械に追い詰められたっていう事から、爆弾も彼らが落としたと考えて良い気がする」

「同感だ。あの校長の名前はミゲルと言う。そいつとの接触は難しいから、まずはミローディアから話を聞き出すのがベストだろう」

 俺はそれらの事を含んだ内容を送った。 

 俺が一番信頼出来るのは父であり、俺を信じてくれるのもまた父だ。父は国からも仕事を請け負う機械技師で、人脈も広いし頼りになる。

 あとは運に任せるしかない。

 俺とアロイは窓を開けてトバトを見送った。



 ミローディアには連絡をしたが、気が変わったのか、計測に来てくれなかった。結果、俺は杖作りが上手くなり、社員にならないかと話を持ちかけられる程だった。

 そんな事をしている間に入学式になった。

 俺は入学式をすっぽかし、発行された学生証で図書館前の機械の認証を済ませて、中に入った。

 汽車の中で見た夢の、あの地下室を確認しなければならない。

 図書館は想像していた以上の広さで、円を描くように作られていた。中心に螺旋階段があり、その周りは全て本棚がぎっしきり詰まっている。人一人がようやく通れる程の幅で、うっかりすると迷ってしまいそうだ。

 ここまでは夢で見た通りと全く同じ。

 やはり、ここで合ってる。正夢だ。

 俺は螺旋階段を降りて、一目散に最下層に行き、壁伝いに走って夢で見たものを確認する。

「‥‥無い」

 絵が無かった。

 俺はフリーズする。

 絶対あると思っていた為、反動が凄い。

 落ち着け、と言い聞かせて、俺は四つん這いになって、地下室へと続くはずの床を探した。

 現在、入学式が行われているし、誰も人は来ないはずだ。俺が一心不乱に探していると、足音に気が付いて、振り返った。

 栗色の髪を肩口で切り揃えた目鼻立ちのスッとした女性が立っていた。

 白いローブにフックの義手が覗いている。

 ミローディアだ。

 俺は冗談を言う方では無いが、主張を冗談で誤魔化した。

「ちゃんと連絡を寄越したのに、釣れないですね」

 ミローディアはフックを横に払って言った。

「散策するのはやめなさい」

「散策していると、分かっているんですね」

「ここは通さない」

「どうしてですか」

「そういう命令だから」

「誰の」

「あなたに言う必要はありません」

「校長ですか?機械の国の北部の戦争で現れた機械には人が乗っていた。その人は殺されてしまったけれど、遺留品のバッジが校長の活動している組織の物と同じだった。男の手帳もある。明確な証拠があります。あの試験も同じ、生きた機械だろ」

 ミローディアは明らかに動揺していた。

 フックの手をヒュッと薙いで言う。

「私の意思でもあります。あなたは関わらなくて良い」

「俺は呪いを直したいんだ。お前たちの組織が作った爆弾についても、知りたいと思っている」

「‥‥あの爆弾はただの超高熱の爆弾です。呪いも直接爆弾によって発生するものではありません」

 理解するのにラグが生じた。

「なんだって?」

「爆弾はただの爆弾です。呪いは別物。だから、あなたのその痣、呪いは、簡単には治らない。けれど、私たちを放っておいてくれたら、呪いは治る」

「意味が分からない。俺がただぼうっと待っていれば、治るっていうのか?」

「はい」

「証拠は?そもそも、どうして呪いが痣って知っているんだ」

「どうしてだと思いますか?」

 俺は考えてハッとした。

「まさか‥」

 ミローディアはローブの襟のボタンを外して見せた。

 鎖骨の下、胸元に既視感のある痣がある。


 κάτω


 《カト》《下》という意味の古代文字だ。

 ミローディアは問う。

「あなたの文字はなんですか?」

 俺は口を閉ざした。

 ミローディアは言う。

「私も呪いがかかっている。私自身も呪いを解きたいから、こうして行動する。つまり、今、私と同じように何もしない事が、あなたが生き残る術(すべ)になる。それが証拠と言えないかしら」

 堂々とした物言いの裏で、ミローディアの手が震えていた。

 俺は近づいて言った。

「何のために爆弾を落とした?到底見過ごせるものじゃないけどな。お前たちのやっている事は無差別テロだ。魔法の国と機械の国の情勢にも油を注いで、取り返しのつかない事をした。凶悪犯罪者だ。それを見過ごして手を貸しているお前も同じだ」

 言っていたら腹が立ってきた。

 俺はミローディアの襟を掴んで揺さぶった。

「これで戦争が大きくなったらどうしてくれるんだ!」

 顔を真っ白にさせるミローディアを見て、俺は手を離す。

 この人は弱い人間だ。

 俺は精神に揺さぶりをかける事にした。

「お前は待っていれば呪いは治るって言うけど、それは本当なのか?虐殺を平気でする今のミゲルは、信頼に足る、正しいと心から納得できる人間なのか?」

「‥‥」

「俺は自分と目と耳で情報を確認したい。むしろ、自分の命のことなのに、他人に任せていて良いのか?お前も呪いを解きたいんじゃないのか?」

「‥あなたに何が分かるのですか」

「迷っているんじゃないのか?絶対に正しいと言い切れるのか?」

 視線がかち合う。

 ミローディアは二又のフックを逆さ手にして、俺に引っ掻くようにアッパーを放ってきた。

 俺はその腕を掴んで引き寄せる。

 バランスを取るために踏み出したミローディアの右足を、俺は右足で引っ掛けて、外側に薙ぎ払った。

 ミローディアの身体がふわりと仰向けに晒され、俺はそのまま床に押さえ付けた。

「そんな風に使うもんじゃないぜ」

「‥今何を‥」

「機械の国にある体術だ。お前に命令を下しているのはミゲルで間違いないな?」

「‥違います」

 ミゲルに育ててもらい、恩返しのためにも、命令には背きたくない、という感じだろうか。

 脅しで効かないとなると、もう一つは仲間にする事だ。

 この人は不安定だから、協力してくれる方に賭ける方が良い気がする。過去のことなど素性を調べていると知られれば不信感は強まるだろう。

 ここはまず、目的達成を目指そう。

 俺はたずねる。

「絵があるはずなんだ。何処にある?」

 ミローディアは首を振った。

「あなたは見つけられませんよ」

「どうして?」

「私も夢を見ているからです。呪いは生きています。呪いはとある目的を達成しようとします。それのために、宿主に夢を見せる。だから、あなたの邪魔が入るなら、私は何度でも駆けつける」

 俺は再度ミローディアの言葉を脳内で繰り返し、ザックリと把握した。

「なるほど。つまり、絵の場所に、呪いは俺を呼び寄せた。そして、とある目的を果たすために、重要な何かを教えようとしているのか。そしてその目的が果たせる枠は、おそらく一人、もしくは少人数に制限されていて、呪いがかかっている奴らの早い者勝ちであり、呪いは夢を見せる。そうして俺とお前は衝突した訳か」

 床に押さえていたミローディアが、ピクリとフックを震わせた。

「オン」

 フックからは鋭利な針が飛び出して、そこから黄色の光が放出し、後ろの本棚にぶつかる。

 本棚がふわりと浮き上がり、俺の真上へ移動する。

 一体どこに設計図を隠していたのか。

 設計図は肌に触れていれば発動する。

 ミローディアの胸元から、チラリと紙が見えた。

 ミローディアが言う。

「魔法使いはどんな時も、設計図を用意してから相手に話しかけますよ」

「胸は卑怯だろ」

「もう関わらないで下さい。腕の事は‥‥魔が刺しただけです。中途半端にしたことは、悪いと思っています。だから約束して下さい。もうここには来ないと」

 俺はミローディアの頭の上で右腕を拘束し、言葉で気を引きながら、万年筆で床を削っていた。

 浅く彫った設計図に手を当て、剣を引き出し、ペンを自分の剣に振って唱える。

「オン」

 《強化魔法》が発動。

 剣を逆手に持ち直し、ミローディアのフックから飛び出た鋭利な杖の部分を切断した。

 放たれていたミローディアの魔法が途切れて本棚が落下してくる。

 俺はミローディアの胸元に挟まっていた、もう一つの設計図を奪い取った。

 剣を上に突き上げる。

「オン」

 《浮遊魔法》が発動。

 青い光に包まれて、元の場所に本棚が戻る。

 俺はミローディアの鳩尾を剣の柄で打ち、気絶させた。

 話していても埒が開かない。というか苛々してくる。こういう、優柔不断な人間は嫌いだ。

 さっさと絵を探そう。



 授業を無視して、再び図書館中を探し回ったが、絵は無かった。

「はぁ‥」

 俺は深くため息をついて、床に転がった。

 俺は記憶力が良いから、広い場所でもしっかり棚を見て見落とさないルートを辿っているのに、無い。

 まだ意識を失っているミローディアを見て、金の鎖が目についた。

「すみません」

 金の鎖を引き抜くと、ブローチだと分かった。

 中を開けて見ると、子供の頃のミローディアが写っていた。

 大家族だ。親戚の家も集まっていて、賑やかで一枚の写真から楽しそうな様子が伝わってくるようだった。

 これは孤児‥になる前の写真だろうか。

 俺は写真のミローディアの手を見る。

 手がある。どうして手を失ったのか。

 事故か事件か。戦争か。

 俺はポケットからメジャーを取り出した。

 義手を作るには、ミローディアの腕の採寸が必要だった。気が変わらない内に、と常備していたのを忘れていた。

 この女は嫌いだが、義手作りを提案し、約束したのは俺の方だ。

 あの時は、まさかそんな事に手を貸している人じゃ無いと思っていたからな‥‥明確な証拠が出てきてしまい、本人が否定しなかった以上、間違いないのだろう。

 俺は仕事だと割り切って、ミローディアの義手や、腕回り、体格を計測した。

 やはり、彼女のフックは全身にベルトが巻いていて、身体の動きを使って開閉するようになっている。

 スイズでは五本指が主流らしいから、これは魔法の国の物だろうか。

 その時、首筋に衝撃が走った。

 俺は意識を失った。



「‥ジン!‥‥ジン!」

 俺は目を開ける。

 アロイが呆れ顔で俺を見下ろした。

「おい、帰るぞ」

 図書館の天井に時計があった。

 午後6時。

 俺は記憶を辿る。

 俺は絵探しに飽きて、呑気にミローディアの腕の計測をするという、余分なことを始め‥‥首に衝撃を受けた。

 何者かの襲撃。

 考えられるのはミゲルか?ミゲルはミローディアに邪魔の排除を指示し、かつ、絵の場所を知っている人物だ。

「探したんだぞ。まったく」

「ごめん」

 大学を出たら外は真っ暗だった。

「絵画は見つからなかったんだな?」

「ああ。そう、色々あってさ…」

 俺は待っていてくれたトトと夕飯を食べながら、二人に今日の出来事を話した。

「まず、ミローディアは俺と同じ、呪いの痣の持ち主だった」

「呪いの痣?」

 俺は右腕の袖を手繰り、デクシアの文字を見せる。

「これ、古代文字で『右』って意味だ。あんまり深く考えてなかったけど、ミローディアの『下』で確信した。トトの背中にあるのは『上』だろ。これらは関係あると思う。それで、上下右で言ったら左も存在するはずだ」

「‥偶然にしちゃ出来すぎてるな。でも、トトは呪いを受けてはいないんだろう?」

「それなんだけど、爆弾は呪いを与えるものじゃないらしい。正夢自体は俺はもともとあったから、関係なくて、呪いっていうよりも、寄生されてるというか、そんな概念な気がしてきた」

「どういう事ですか?」

 俺は考えていたことを話す。

「ミローディアは呪いには目的があって、その目的を果たさせるために俺をここまで連れてきたと言った。ミローディアも正夢を見て、俺が絵を見つけるのを阻止してきた。それぞれが牽制し合っていて、おそらくミローディアは、誰かのために俺を牽制している」

「ミゲルか」

「たぶんな。そうすると、残りは『左』で、ミゲルが持っている気がするんだ。そして、その為(な)そうとする事を、ミローディアは正しいと信じ切れていない。平気で人を殺せるんだから、ロクな企みじゃないだろう。それが何なのか、どうやって成せるのかが、図書館の地下室にある。今日の反応からして、ミローディアも自分の目で全てを確かめている訳じゃなさそうだ。つまり、俺は絶対に地下室へ行って真実を確かめる必要がある。ミゲルの計画を阻止するためにも」

 アロイが笑った。

「面白くなってきたな」

 俺は思い出して言う。

「アロイに調べて貰いたいことがある。ミローディアとミゲルの生い立ちについてだ」

 俺はミローディアの持っていた、ブローチの事を話した。

「そのブローチ持ってきてないのか」

「あー、うん」

「持って来いよ」

「大切そうな物だから、止めておいた」

 ミローディアは大丈夫だろうか。

 俺に秘密はバラしていないが、洞窟で少し部下が喋っていただけで殺されるような組織だ。

 トトが人差し指を顎に当てて首を傾げた。

「うーん。絵画はどこに行っちゃったんでしょう」

 俺は考えて言った。

「本当に全部探した。俺は記憶力に関しては良い感じだけど、通路全て回ったし、壁も床も確認した。つまり、普通には見つけられない」

 アロイが顎に手を置く。

「なるほど、何か出現条件があるのか」

 トトが言う。

「分かりました!!浮遊魔法で本棚を移動させているんですよ!」

「俺もそれは考えたけど、一個一個やってたらキリが無い。勝手に遊びで魔法を使うのは拘束違反だし、勘だけど、違うと思うんだ。もっと特殊な感じの‥‥例えば、だまし絵みたいな」

 アロイが言う。

「だまし絵なら、見ている奴もいるんじゃ無いか?」

「そうだな。とりあえず、絵についてはもう少し調べてみる」

「オッケー、じゃあ俺はミローディアの家族について深く探ってみるか」

「頼んだ」

 話がまとまりそうになったところで、トトが首を傾げて言った。

「あの、ミローディアさんって《下》の呪いにかかっているんですよね?私が大丈夫なのは、私自身が白い血だからってまぁ分かるような気がするんですけど‥大丈夫なんでしょうか」

「見た感じ、魂が侵食される、自我を失っている感じは全く無かった‥トトって、誰に呪いのことを教わった?」

「オシシです」

「‥‥おかしいな。俺はミローディアは嘘をつくのが苦手な人間だと思うから、タマオアイがただの高熱爆弾というのも本当な気がするんだ。現にトトにも痣がある訳だし。俺は呪いを治すために、占いみたいな奴で南東へ向えってオシシに言われて、色々あってここに居る訳だけど‥‥オシシもタマオアイが呪いの爆弾って信じ込んでいるんだろうか」

 トトが言う。

「オシシは嘘はつきません」

「そうだな。ごめん。でも、勘違いって可能性もあるからさ。白い血を飲まなきゃいけないのは本当なんだろうか」

 アロイが言う。

「試してみたらどうだ?」

「そうだな」


 俺は一週間実験してみた。

 普段は三日に一度くらいを摂取しているが、全く血を採らない生活を続けて、ある日、急に倒れた。

 気づけばベッドの上で、トトに看病されていた。

 全身を激痛が襲い、頭が割れるように痛い。

 皮膚が剥がれていくような、胸の奥が沸騰するような感覚に陥る。

 トトが泣きそうな顔をしているから、もう二度と実験はしないと思った。


 俺はトトの血を貰い、高熱が治ってから、三人で話した。

「つまり、呪いにかかったら血を摂取しないといけないのは本当になる。それなら、ミローディアとミゲルは‥」

 トトの言葉を思い出した。


 ー 昔から私たちの一族が人間に利用されて殺される事はよくあって


 まさか、精霊の血を使っている‥?

「殺されているのか?今すぐオシシに‥」

 トトが首を振る。

「殺されていないと思います‥何かあれば直ぐに大地の加護で生物たちが教えてくれますが、何もないです」

「‥という事は‥仲間が捕らえられているってことか?」

 トトが涙目で言った。

「お母さん、お父さん」

 俺はトトの肩を抱いた。

「絶対見つけよう」

 俺は新たに意志を固めた。


 俺はふと、疑問に思った。

 俺はトトを貧血‥神の罰を受けるほど血を貰ったことで、すぐに致死性の怪我から治った。

 ミローディアも白い血がもらえるなら、手も治るのではないだろうか。

 なぜ義手なんだろう‥手を治すほどの血が確保出来てないから、だろうか。

 呪いを打ち消すだけで精一杯なのかもしれない。

 だとしたら、精霊を一刻も早く助けないといけない。


 

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