プロローグ・1

第1話 いずれこの身を灼く聖火

●二〇〇六年二月十六日・十七日


(1)

 廉士たかし伶里れいりがカルガリー空港のロビーに到着した時、テレビの周りには既に人が集まっていた。

 画面には第二滑走グループまでの選手全員の得点と順位が表示されていた。その名前と数字の文字列を見て、伶里の表情は一瞬確かに強張った。

 伶里の動揺に対し廉士は顔つきを変えなかった。だが胸中に寒色の何かが現れ、尾を引いて消えた。

 飛行機の搭乗時刻は最終グループ演技が終了した後になる。だが早めに宿を出て生中継で第三グループと最終グループの演技を観たいと伶里自身が言ったのだ。

 第三グループには同じ日本代表である小春川環こばるかわたまきが入っている。

 しかしそれでは、第二グループに入ったもう一人の日本代表の演技は観ないことになる。だがそれは伶里の廉士に対する気づかいだったのかもしれなかった。

 廉士は改めて伶里を見た。

 背後にも両脇にも白人たちが群れる中で、巻きも染めもしない長い黒髪にニット帽をかぶっている。それに加えてダウンジャケットを着こむという格好は、節約派の東洋人観光客でしかない。

 しかしその表情は恐ろしいほど張りつめていた。数日後に自身も同じ場所に立つ者として、テレビ画面越しにも伝わってくるオリンピックの緊張感を身体に取りこもうとしているのに違いなかった。

 選手のジャンプが決まるたびに周りの人間たちがカナダ人らしい率直さであげる歓声は、当日自分が会場で受けるざわめきと思って聴いているのだろう。

 第三グループの二番滑走はカナダの選手だった。

 以前から増えつづけていた立ち見客は今では既に人だかりになっている。凄まじい速さで英単語がゆきかい、熱気が膨れ上がる。その興奮にも伶里の集中にも同調できず、疎外感を覚える。

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