日常 縁眼小夜子



学校の茶道部の部室。


今日は茶道部と華道部、両方部活が休みなのでちょっと使わせてもらうことになった。

まあ、茶道部も華道部も部員が少なくて、あまり活動的ではないが。


ちなみに縁眼さんは生粋のお嬢様と言うことで教養として茶道と華道が出来るので、二つの部員から頼まれて掛け持ちをしている。

と言っても参加出来るのは週一程度らしいが。


顧問の先生二人も運動部と違って大会に出るという訳ではないので、基本放置だ。


だから、部室の鍵は割と普通の借りることが出来る。

高い茶器や花瓶などがあるわけではないので、その辺かなり自由だ。


「今年の冬休みも忙しくなりそうですね」

「そうなのか?」

「はい、かなりの家が潰されました。その中には封印を管理していた家も幾つか」

「特殊技能を持った人材が人手が足りなくなると。確かに戦闘と言う点ではアルケニーなどドローンで代用できるが。封印などは専門知識が居るからな」

「はい、こちら側に引き込めた方が多いので、致命的ではないですが」

「その辺のことを俺はもう少し考えるべきだったな」

「そうですね。ですが、ちょうど世代交代が始まる時期でしたから、老人方を排除して若い世代に入れ替える。と言うことが出来たので」

「悪いことばかりではないが」

「はい」


放課後、俺と縁眼さんは茶道部の部室で二人きりの時間を作った。

俺としてもちょっと楽しみだったのだが。

お茶を立ててもらって、縁眼さから色々と退魔師の家々について話となった。


「それに武様が既にいくつかの封印を調整。または、封印を破って中身を滅ぼしてから、再封印したのはこちらでも分かっています」

「流石に気づいたか」

「ええ、これでも眼には自信があります」


うん、縁眼さんの眼は勇者のスキル並みだ。

流石に勇者仲間達の中でも上位の魔眼使いに比べれば弱いが。


この世界では最高峰だろう。俺も縁眼さんに観られていても気付かなかったし。

と言うか、今も観られているかも? と感じることはできるが、確証が無いんだよな。

敵意があれば直感スキルなどが反応するが。そうじゃないと分からないだろうな。


「弦巻家の姫子ちゃんの一件で、流石にああいうのが複数いると分かったからな。良く調べてから封印を破って滅ぼして、空っぽの祠を再度封印しているんだ」

「それは何故ですか?」

「ほら、封印が家の誇りだ。みたいな人もいるじゃん」

「ええ、まあ。数百年封印の維持を行っている家などは必然的に、そういう技術が高まりますから」

「あと封印を任せられている家は国から手当が出るんだろう? 中身の危険度に応じて」

「はい、雀の涙程度ですが」

「新しく封印がある土地を担当する退魔師の家には、ちょっとでもやる気を出してもらいたくてさ。だから、中身が無くても封印されているようにしているんだ。それに中身が空っぽでも封印の維持をする儀式の練習にもなるからな」

「そうですね。長い目を見れば、封印の維持をする技術を残しておくのは必要ですね」


退魔師は代わりがきかない人材なのに、かなり薄給だ。

いや、警察官や自衛官よりは貰っているが、それでも多いわけではないからな

だからこそ、長い歴史を持つ家や実力のある退魔師が好き勝手やっていたのかもしれない。

働きに応じて得るモノがないなら、誰だって好き勝ってやるだろうさ。


「やはり、美味しいな。もう一杯、お茶お代わり貰えるか?」

「はい」



それから、対退魔省庁と対魔師局の話を終えると、ようやく部室の空気は軽くなった。

一応、大事な話だったから、真面目に聞いていたが。

当初の予定通りになっているな。


「もう少し、行政には強くなってもらわないと」

「はい、私達も力を付けます」

「ああ、頑張ってくれ」

「期待してくださいね」


邪魔な奴等を滅ぼすだけなら、俺一人で出来る。

だが、俺の住んでいる世界は文明がファンタジーな中世時代の世界よりも進んでいる。

下手に暴れれば、面倒なことになる。

その辺のことを協力してくれる縁眼家には本当に助かっているな。


俺の平穏な生活をする為にはもう少し頑張らないと。


「では、難しい話はこの辺で」

「ん」

「実は今日はこのようなモノを持ってきたんです」


なんだ? と思っていると縁眼さんは部室隣。準備室へ移動して直ぐに戻って来た。

お盆に何か乗せてている。


「はい、どうぞ」

「これは、どら焼きか?」

「はい、どら焼きです。冷蔵庫に入れるので、冷やしても美味しいどら焼きの作り方を調べて作りました」


縁眼さんはわざわざ、ネットでレシピを見て作ったらしい。

どら焼きは勇者仲間達と作って、焼きたてを食べたことがあるな。

薄っすらとだけだが記憶が残っている。


「お口に合うといいんですが」

「いや、既にもう美味しそうなんだけど?」


縁眼さんが料理を上手いのは知っているから、安心して食べられるな。


「ではいただきます」

「はい」


インベントリから、消毒用のアルコールのウェットティッシュで手を拭いてから、お盆の上に置かれさ皿に盛りつけられている四つのどら焼きの一つに手を伸ばした。


綺麗な焼き目だ。お店で売っているみたいだ。

俺はちょっと緊張した表情の縁眼さんの前で、どら焼きに一口食べてみる。

うん、これは思った以上に美味い。


「縁眼さん、これ美味いよ」

「本当ですか?」

「ああ、生地も冷やしているのに固くないし。あんこもしっかりと優しい甘みだし」


俺の言葉にホッとする縁眼さん。

たまに俺の家で料理をしてくれているので料理上手なのは知っていたが、これはいいね。


「この抹茶にも合うね」

「それは良かったです」


俺は縁眼さんが入れてくれた、お茶を飲む。

縁眼さんの御茶の味はどこか静かな感じだ。穏やかと言うか。


あっちの世界で茶道のお茶は勇者仲間が飲ませてくれたので、俺もそれなりに飲んだことはあるが。

それとはまた違った美味しさだ。


あっちのお茶を入れてくれた勇者仲間は実家が日本舞踊だったか。そういう古い家出身で、一通りの教養を叩き込まれていて、あまり実家が好きではなかったが。

戦いが激化していくと、懐かしくなったのか。空いた時間に日本のお茶に近づけたお茶を飲んでいた。


アイツのお茶の味は縁眼さんとは違って、どこかこう品があると言うか、クールと言うか。

アイツは「日本茶は入れる人が違うと味が結構印象が変わる」と言っていたが、なるほど。

こういうことか。


「そういば、武様はお茶を飲んだことがあるのですか?」

「あるが、なんでだ?」

「その前から茶器の持ち方や受け取り方など、教わったような雰囲気があったので」

「友人から教わったんだ。確か九州の武家のお茶の作法だったか? まあ、自由に飲んでくれって言われて。基本的なことはそれとなーく教わったけど。最後は皆胡坐で座ったり、椅子もって来たり。かなり自由に飲んでたな」


勇者仲間のアイツの出身が九州だった筈だ。俺も詳しくは無いが。


「その方はどのような方だったのですか?」

「ああ、良い奴だったよ。田舎と言うか、九州男児的なことが大嫌いな奴でな。ま、友人の中で上位のバーサーカーだったが」


ま、最終的には全員バーサーカーだったがな。

じゃなければ、防衛の勇者以外全員が邪神に自爆特攻でコンボダメージでダメージ増大なんて狙わないからな。


「九州男児なのですか?」

「ああ、親が厳しくて余計に男らしい言動とかそう言うのが嫌いだったな」


そう言えば、アイツは元の世界に戻ったから。

夢を兼ねる為に行動を開始したのだろうか? 中二病という訳ではないが。

ゴシック系のビジュアルバンドが好きだったから。自分もバンドでも組んでみるって言っていたが。

上手くやれているだろうか?


「武様?」

「ああ、すまない。そう言えば、縁眼さんは洋菓子より和菓子の方が好きなのか?」

「いいえ、そんなことはありませんよ。ただ、食べる機会が和菓子の方が多いのでショートケーキやクレープも食べますよ」

「そうか。なら今度甘い物でも食べに行くか」

「え?」

「今日のお礼ってことでどうだ?」


俺の言葉に少し驚いていたが縁眼さんだったが。

直ぐに笑みを浮かべて、頷いてくれた。


「色々と店も多いみたいだから、どこか希望はあるか?」

「え、えっと、どういう者があるのか分かりませんから」

「なら、最初は近くのお店から行ってみるか?」

「はい」


こうして、次の休みの日に俺は縁眼さんと出かけることになった。




縁眼さんと俺が休日にやってきたのは、フルーツとクリームたっぷりでふわふわなホットケーキが有名なスイーツ店だ。

その店のフリルがたっぷりと付けられたオレンジ色を基調とした可愛らしいウェイトレスに窓際の席に案内されて座る。


「以外って言う訳でもないのかな? ホット―ケーキを食べたことが無いって」

「実は先日のどら焼きはホットケーキミックスを使ったレシピだったのですが、母達がいつの間にか材料を台所に用意していまして、材料が余ったらホットケーキも作ってみようと思っていたのですが」


味見や家の女性陣からの指導などがあって、作れなかったと。


「ま、食べなかったからこそ。この店に来たと思えば」

「そうですね」


それからしばらく、俺と縁眼さんはタッチパネル式のメニューを二人で操作しながら、今回頼まなかったメニューを見ながら、料理が来ることを待った。



「お待たせしました。ムーンライトがお二つですね」

「ありがとう」


今回頼んだのはこのお店の定番メニュー。初めてくる人はまずこれをとネットでもおススメされているスタンダードなホットケーキだ。


白くてきれいな皿の上には三枚のちょうどいい具合にふっくらと焼き上げられたホット―ケーキが乗せられている。


「凄いですね。とても美味しそうです」

「ああ、俺も楽しみだよ」


ホットケーキの上にはたっぷりとメープルシロップがホットケーキの左側には生クリームとカットされたいちごとブルーベリーが添えられいて、思った以上におしゃれな感じで、気分が良くなるな。

あっちの世界で女性陣が綺麗に盛り付けられたスイーツにキャーキャー喜んでいたのはこういうことだったのか。


「いただきます」

「はい、いただきます」


ナイフとフォークで、丁寧にホットケーキを切り分けて、生クリームやいちご、ブルーベリーと一緒にホットケーキを食べていく。


「とってもふわふわして、美味しいです。和菓子には無い食感と味ですね」

「ああ、俺も久し振りに食べたけど、やっぱり作り方を工夫しているのかな? 昔食べたモノも美味しかったけど、これも凄く美味しいな」


一つ一つちゃんと注文を受けてから作っていると聞いている。

ってことは、もしかしたら料理スキルを持っていたりするかもな。


この世界はゲームの世界ではない。

スキルを持っている人間は本当に貴重なんだが。


後でこっそり確認しておこう。

どの道、またこの店に食べに来ようと心に決める。


それから、色々と雑談をしながら、ホットケーキを食べ進めていき。


「これだけ美味しいなら、俺が他のメニューを頼んで半分こすればよかったな」

「え?」

「俺が頼んだメニューを半分切り分けて、縁眼さんが頼んだメニューを半分に切り分ける。切り分けたモノを交換すれば、二種類の味が楽しめたかなって」

「あ、なるほど。それも良かったですね」


今気づいたという表情をする縁眼さん。


「縁眼さん」

「はい」

「また、ここに来ようか」


俺の言葉を聞いて縁眼さんは一瞬固まり、「はい!」としっかりと頷いてくれた。


残念なことに縁眼さんは退魔師としての仕事があるので、三十分ほどで家に帰った。


「しまったな、あーんくらいしてもらうべきだったか?」


俺は失敗したと思ったが、次に食べに来た時にしてもらえばいいと考えて、家に帰った。




「今日のはデートですよね。短い時間でしたが」


自室の布団の上で左右にゴロゴロと転がる縁眼小夜子。


「ホットケーキ食べて帰るって、駄目な気がする。うぅっ、せめてあーんくらいやりたかったなぁ」


小夜子は何度か武にあーんを提案しようとしたが、恥ずかしくて残念していた。


というのも、恋愛に疎い彼女は最近仲良くなったクラスメイトから借りた少女漫画を読み始めた。

その漫画の中にあったに。あーんとあーんをした後に、男の子に食べさせたフォークを見て、このまま食べたら、間接キスに!? と言うのも知識としては知っていた。


箱入り娘でもあるため、間接キスにドキドキして頭を抱える小夜子。



「あー、もー!」


この後、行き場のない気持ちを自室で愚痴を言いながら、発散する小夜子。


そこには家の次期当主として、自分よりも年上で社会的地位を持つ大人達と真っ向から舌戦が出来る普段の彼女とは違う。

異性との関係に悩む年頃の女の子の姿があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る