日常 アンネ




「おはよう。アンネ。アメリアさん」

「おはよう~、武」

「おはようございます。武様」


学校が休みの休日。二階の自室から一階の洗面台で朝の身支度を終えて家のリビングへ入ると、シャツと短パン姿のアンネがソファで寝転びながらゲーム機で何かゲームをしていた。


「すっかり馴染んでいるな」

「そう?」

「アメリアさん的にはこれ大丈夫なのか?」

「そうですね。人様の家でここまでされるのは本来お叱りになるべきなのでしょうが」

「あー、思い出した。俺が大丈夫だからってアメリアさんを止めたんだったな。せめて、この家でくらいはのびのびしておけって」


邪神のいる世界はガチで王族の義務が半端なく重かったからな。

特に邪神が現れた後、王族や高い魔力を持つ人達を国民を逃がすために、時間稼ぎで生贄にして大規模な魔法を使ったりもしていた。

高い魔力を保有しているのは高貴な血筋が多かった。


邪神が現れた初期の頃は、邪神の眷属を効率よく倒して、レベルが上がる前だったこともあり。

ぶっちゃけると勇者を見限っている国もあった。もちろん、民達もな。


弱い俺達に、邪神の眷属の軍勢に連戦連敗をしている俺達など、信用できるわけが無い。

結果、戦う力のない、魔力を多く保有している子供や老人が生贄に捧げられ、大規模な魔法の燃料となった。


「あんまり、無謀にしていると尻を揉むぞ」

「えっ!?」

「っ!?」


何気ない言葉だったが、アンネとアメリアさんが驚いた表情になる。


「ど、どうした?」

「え、いや、その武がそういうことを言うのって珍しいなって」


身体を起こしてソファに座るアンネ。

アメリアさんも俺を注目している。


「考えないわけではないよ? ただ、出会ってそんなに時間が経ってなかっただろう?」

「男の子って、もっとこう積極的じゃない?」

「アンネ、自分が王女だってことを忘れてないか? 常に侍女が近くにいるのに積極的になれる訳ないだろう? それにアンネは身分があるしな」


俺がそう言うと、アメリアさんは小首をかしげながら口を開く。


「意外と人目を気にするのですね」

「まあ、それなりに」

「そう言う割には後先考えずに暴れるわよね」

「あははは、まあ、即座に動いた方が結果的に良いことが多いからな」


あっちの世界で所謂、お約束を見守ったりすると甚大な被害が出るからな。

第二形態とか、裏切り者フラグとか。最初は「すげー! 四天王だ!」とか言っていたけど。

途中から、相手の肉体が変化している途中。所謂第二形態になっている途中でも勇者達で容赦なくフルボッコにしていたな。


もちろん、何でもかんでもフルボッコという訳ではない。

情報を引き出す為にあえて第二形態にさせたりとかな。


この辺は直感や野生の感、第六感などのスキルのレベルが高い勇者達の意見を聞きながら戦った。


未来予知レベルの奴も居たから、割と助かったんだよな。俺も感が良い方だけど。

流石にそのレベルではないし。


「ところで武、今日はどうするの?」

「アンネは休みなんだろう? 公務とか」

「ええ、今日はゆっくりできるわ」


縁眼さん達は用事があると言っていたな。


「じゃあ」


と俺が言いかけた時、テーブルの上に置いてあったアンネのスマホが鳴った。

そして、画面を見てアンネはちょっと驚いていた。


「どうした?」

「御婆様からメッセージが来たみたいで、なるほど」


アンネがスマホを操作しながら、メッセージを確認終えると俺の方へ顔を向けてこう言ってきた。


「ねぇ、武」

「なんだ?」

「買い物に付き合う気はない?」

「え?」




日本に限らず、魔法関係者達が集まっている街や村は世界中にある。


今回俺達が向かったのは外国人も多く格好に来る地域にある魔法街だ。

一般人には認知出来ない仕掛けが施されている。


その街の中を姿を変化出来る腕輪を付けた俺とアンネの二人で歩いていく。

アンネの護衛も当然いるのだが、それなりに距離をとって付いてくる。

護衛として大丈夫なのか? と思ったが。「問題ありません。何かしようとする動きの者。怪しい物は先手で排除しておきます」とアメリアさんが言っていたので、恐らくこの街は既に調査済みなのだろう。

それと最近の対魔師局の動きで色々とヤバイことをしでかしている奴等を大分掃除しているので危険度も下がっているらしい。


「この店か?」

「ええ、入りましょう」


アンネに連れられてやってきたのは、路地の奥に建てられた。

モダンと言えばいいのだろうか? 大正時代の西洋風の店だった。


危険は感じないが、念のために俺が先に店に入ろうと扉に触れると、じんわりと魔力を感じた。

この店自体にかなりレベルの高い守りの魔法が掛けられているようだ。


店の扉を開けると扉に付けられていたベルがカランカランと鳴って俺達の来店を知らせる。

店に入るとふわっとお香の香りを感じた。


良い匂いだな。危険はない。うん、記憶の片隅にある。ハニートラップのことを思い出したよ。

女の子と楽しくお酒を飲む場所と聞いて、日本人の勇者は男女関係なくキャバクラを想像した。

キャバクラなら、別にいいかと女性の日本の勇者も黙認したのだが。


あの世界では思いっきり娼館で、色々と危ない目に合うことがあったな。

後は、貴族女性とか、王族の女性とか。


「良い香りだな」


俺は呟きながら、アンネに大丈夫だと目線で伝えて俺達は店の奥のカウンターに座っている妙齢のアメジストのように美しいロングヘアの美女へ近づく。

うん、見るからに魔女って言う感じの恰好をしているな。

少し露出が多い気がするが。三角帽子を装備していれば、まさしく魔女だったな。


「んー? ああ、いらっしゃい。このような店にどのようなご用件で? お嬢ちゃんに坊ちゃん」


鑑定で目の前の人物がかなり高位の魔女だと分かった。

アンネの正体にも気付いているようだな。俺に対しては正体不明だが、王女の護衛か何かだと思っているのかな。


「実は祖母から、これを見せるようにと」


アンネがスマホの画面を見せると、美女は俺を見るとニヤリと笑った。


「お嬢ちゃんと坊ちゃんが使うのかい?」

「え?」

「うん? なあ、祖母からなんて言われたんだ?」

「え、えっとプレゼントだとしか」


「むふーっ、何も知らないのね。うーん、今見せてもらった画面の物はね。特別なお客様用なのよ」


ちょっと興奮した面持ちで美女は俺達に言う。


「そもそも、このお店が何のお店か知っているのかしら?」

「魔道具のお店でしょう?」


アンネがそう言った時、俺は周囲に置かれている箱などを素早く鑑定してみると思わず笑ってしまった。


「どうしたの?」

「いや、ああ、うん。なるほどね。入り口付近のは普通の香水などだったけど。なるほど、店の奥に行けばそう言う物が多いのか」


俺の言葉に笑みを浮かべる美女と困惑するアンネ。


「坊ちゃんは随分冷静だね。もしかして、経験があるのかい?」

「どうだろうな」


俺達のやり取りを聞いてアンネも「もしかして?」と察したのか、徐々に頬に赤みが増してくる。


「ここは所謂、アダルトショップだよ。お・じ・ょ・う・ち・ゃ・ん」


艶っぽくアンネに言うと、アンネは小声で怒りを込めながら「御婆様めっ!」と呟いた。


「でも、意外と普通の雑貨も置いているんですね」

「おや、良く分かったね。初めてここに来る奴等は、エログッズにばかり目をやるのに」


以外だと言う表情の美女に俺は自分の考えを伝えてみる。


「夫婦茶碗、いや、夫婦ティーカップ? みたいな。なんかこう。新婚グッズっぽいのが目に入ったので」

「新婚?」

「あははは、良い目をしているね。坊ちゃん。実はここはエログッズ専門店ってわけじゃないよ。まあ、ここ最近はそう言うグッズの比重が多くなっているけれどね」

「え、じゃあ何なの?」


アンネの疑問に美女は俺を見た。

お前ならば分かるんじゃないかって。


俺は少し考えて、改めて店内を見てみる。生活必需品が揃っていて。


どの家庭にも今は分からないが、一昔前なら、必ずあるような物が置かれている。

そこそこの広さの店内だが、店のスペースをとってしまう、立派なアンティークの化粧台や質の良い大きめの花瓶。


ああ、もしかして。


「ここって、もしかして。嫁入り道具。新婚が新しい生活をする為の準備をする為のお店?」


俺の回答に満足したのか笑顔で頷き、「合格だよ」と美女は言った。


「さて、お若いお二人さん。地域や時代によって、大分変化したけれど。新婚生活ってそれなりに大変でね。このお店はそう言う新婚さんをお手伝いするお店なのさ。朝から夜の方もね。最近は嫁入り道具を持参なんてことはめっきり少なくなったけどね」


少しだけ残念そうにする美人。


なるほどね。アンネの祖母がここ紹介する訳だ。遠い異国で、国家を滅ぼせる力を持つ存在に孫娘が嫁ぐ。まあ、予定だ。


俺の事を良く知らない。そんな存在に可愛がっている孫娘を差し出すとなると。

立場上は何も言わなくても、祖母としては心配だろう。


「うん、まあ、合格かしらね。旦那さん」

「旦那さん?」

「だ、旦那って?! 将来的には間違ってないけど!」

「落ち着け。それで、合格とは?」


俺の問いに、美女は答えてくれた。


「身分の高い女が男に嫁ぐ。やっぱり心配だからね。だから、一緒にそこのお嬢ちゃんの嫁ぎ先の男も一緒にこの店に来るかどうか。一緒に来たのなら、その態度などを見るって訳さ」


これ、あまりにも態度が悪かったら、恐らくアンネの祖母が潜在的な敵となって何かと不利益が生じることになったな。


いや、もしかしたら、ここ一番でアンネかアンネの祖母が牙向いていたかも。

あっちの世界での女の子達との記憶は殆どないけど、知識や感覚が残っていて良かった。


「誤解が無いようにっておくが、俺と名前出していいか?」

「ええ、ここは盗聴や気にしなくていいわ。それに数日前からイタリアの吸血鬼の精鋭が対魔師局と一緒になって、この街の治安を改善したからね。アンネローゼ殿下が来るんじゃないかって噂になっているよ」


裏目に出ているな。多分、指揮系統が違うところなんだろう。


アンネが命令したんじゃなくて、アンネの祖母か。その関係者が指令を出しっぽいか。

外のアンネの護衛達は治安が改善されていて戸惑っているかもしれない。


「話を戻すよ。違う種族。身分違い。国籍も違う。文化も風習も違う。だからこそ、この店に来た貴方達二人が協力してこの店で買い物ができるかどうか調べたかったんだけどね」

「調べたかった?」

「ええ、でも、必要ないわね」

「どういうことだ?」


俺がそう言った瞬間、微かに美女の眼の奥が怪しくやや濃い紫色の光を出した。


「――アンネっ!!」

「待って!! 待って!! 落ち着いて、魔眼は使ってないから!!」


反射的に俺は美女が俺とアンネに魔眼を使ったと判断した。


だが、直ぐに土下座しそうな勢いで、凄く焦りながら「待って」と叫ぶ美女に俺とアンネは動きを止める。


「びっくりしたー! 凄まじい魔力と圧力でそのままペシャンコになるかと思ったわ」

「紛らわしいことをしないでください」

「ごめんごめん、実は私ずっとぼっちゃんを誘惑していたのよ。あ、魔法は使ってないわ。所謂フェロモンをこの店に充満させていたのよ」

「フェ、フェロモンって何でよ!?」

「アンネローゼ殿下の御婆様から頼まれたのよ。孫娘の夫となる人物は理性的なのかって」


ああ、なるほどね。確かに、知りたいわな。

孫娘が悲しむような男なら、やはりアンネの支援を手厚くしないといけないから。


「でも、ぼっちゃってば、私に欠片も興味ないから、正直おどろいたわ。貴方くらいの年齢なら、このくらいの露出度のローブでも勃起するのに」

「ぼっ、って何を言っているんですか?!」

「あ、もしかして、ED?」

「流石に男として不名誉なので、否定するよ。……そういうのを俺はコントロールしているだけだから」


この子、悟り開いているのかしら? と言われてしまった。

悟りって、大げさな。スキルで意図的にそう言うのを制御しているだけなんだがな。


「ん、んんっ、じゃあ、改めて。いらっしゃいませ。今日は何をお求めですか、お客様」


店のカウンターから出て来て、俺達に深く一礼する美人な魔女。


そう言えば、店で買い物してなかったな。


「せっかくだ。何か買って行こう」

「え、い、いいの?!」

「媚薬とかは無しな。縁眼さん達が怖いから」

「あ、うん。それは私も怖い」


俺の冗談にアンネは笑う。俺達を見て店の亭主の魔女はニコニコしていた。

少しだけ、アンネとの距離が縮まっ。ように思えた。






後日、俺は家に遊びに来た縁眼さんから、新しい薙刀を買ったって聞いて、俺は縁眼さんを二人で遊びに誘った。別にご機嫌を取りにいったわけじゃない。


それとアンネが縁眼さんが欲しがっていた欧州にしかない、魔法薬の原料をプレゼントしていた。



……今日も平和だな。って、思いながら俺は自室なのにさりげなく周囲を確認してから、一日を過ごしている。

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