第58話


これ、戦争映画みたいだな。と紙谷昌は思った。

半人型の蜘蛛のようなドローンに背負われる形で移送コンテナの入り口を開けて、周囲で行われている戦闘を眺めていると、改めて自分が本来なら踏み入れることのない世界へ来たんだと実感した。

姫子と出会い、植物が混ざりあった姫子の身体や、姫子のちょっとした魔法のようなもので、非現実的な事には慣れていたと思っていた。


だが、今目の前で行われている漫画やアニメのような大規模な戦闘を目の当たりにすると、まだまだ上があったんだなぁ。とどこか冷静に考えていた。


「「「「「忍法! 鎌居達」」」」」」


忍者の数十の影分身の忍者達が宙を舞い、周辺の被害を考慮しながら、淡い緑色の三日月型の風の刃で植物の根の妖魔を切り刻んでいく。

ちなみに、魔力は本来無色透明であるのだが。

武の場合は勇者になる前のゲームなどの影響で、無意識に属性が付与されている攻撃をする時にそれに合いそうな色を付けている。


「行け! ペン太郎! 体当たりだ!」

「うおぉぉっ! は、離せ! いくら俺でもあの植物の根の妖魔に直接触れられたらヤバイ!」


戦闘中に謎の忍者と入れ替わった武が近くに降り立ったペン太郎を素早く両手で抱き上げると敵が密集している場所にペン太郎を全力で投げようとする。

ペン太郎は機動力が高いので囮にするつもりだった。


「行け! ペン太郎! 身体に魔力をしっかりと纏って体当たりだ!」

「忍者! お前、後で覚えてろよぉぉっ!!」


ペン太郎をぶん投げて、武は影分身と入れ替わった外骨格のパワードスーツを影分身に指示を飛ばす。

そして、影分身の武は、封魔宝寿に声をかける。


「封魔宝寿さん。右から影分身を突破したのが来るぞ!」

「分かったでござる!」


目的地へ移動しながら、武達との戦闘で大きく数を減らした植物の根の化け物、もとい妖魔が武達の前に立ちはだかった。

だが、武達はそれを時間をかけながらではあるが、丁寧に倒していく。


忍者姿の武が本気を出せばもっと早くに妖魔は殲滅できるが。

この手の数が多い妖魔は、一匹でも逃がすとほぼ間違いなく後々面倒になることを経験しているので我慢して叩き潰していく。

それと武が本気を出して戦うと、周辺地域の地形に大きなダメージが出てしまう。

山々を粉砕したり、川を吹き飛ばしたりすれば、近くの街に住む住民も大きな影響が出る。


なりふり構わず殲滅しなければならないほど危険な妖魔なら、武は躊躇なく山と姫子ごと吹き飛ばしているが。


「まあ、魂食い系の魔物や邪神の眷属ってそれなりの種類が存在したからな」


今目の前で自分達に襲い掛かって来る植物の根の塊のような妖魔と勇者として戦った魔物や邪神の眷属の戦闘力を比べると目の前にいる植物の根の塊のような妖魔はハッキリ言えば雑魚だった。


「数が多いから、面倒だけど。まだ、楽な相手だ」


気を抜かずに戦いながら、余裕を持って妖魔を殲滅していく武。


「見えたでござるよ。あの洞窟でござるよ。御屋形様」

「分かった。影分身を追加しよう」


影分身を増やして周辺地域に存在している妖魔を狩るように命じて、武達は洞窟を目指した。


「少年!」

「は、はい!」

「覚悟を決めておけよ。彼女がどのような姿になっていようとも」


謎の忍者こと武の言葉に紙谷はしっかりと頷いた。




姫子は洞窟の天井にびっしりと張り付いていた植物の根のような妖魔の群体の中に引きずり込まれて、直ぐに自分が今意識を覚醒させているのか、夢を見ているのか分からなっていた。

まるで戯れに、紙谷昌の家の湯舟に潜ったような感覚だった。


最初は目の前は真っ暗だったが、徐々に明るくなっていく。


ここは? そう思った時。

姫子が経っていたのは立派な鳥居がある神社だった。


そして、彼女は思い出した。


ああ、ここは私の家だ。

昌の家のパソコンで知った日本の歴史、戦国時代。


そうだ、自分は戦国時代に生まれた人間だったということを思い出した。


弦巻家は私のが生まれた家だ。

そして、私は妖魔と心を交わした。


そう、植物の根のような妖魔のコロと出会ったんだ。


『獣のような妖魔を手懐けることは過去にございました』

『ああ、だが。それは動物が妖魔化したモノだったからだ。少なくても飼いならすことが可能だと分かっているが。あの×××が』


ああ、そうか。私本当に自分の名前を忘れてしまったのね。

それに、眼の前にいる二人は恐らく父と爺だわ。


参道を歩く二人の男は参道の真ん中に立っている姫子とすれ違うが、姫子は二人の男と肉体が接触しても幽霊のように、二人の男の肉体をすり抜けてしまう。


今の私は幻のような存在なのね。

これは過去の私の記憶?


姫子はすれ違った二人の男の顔を見る。

だが、その顔はモザイクが掛かっているみたいで、顔がはっきりと見えない。

いや、姫子は二人のおt子の顔を思い出せない。


『だが、あの特殊な妖魔を滅するには勿体ない』

『では?』

『×××は死んだことにして、秘匿する』

『はっ』


この時の私はまだ、幼くて。コロを守る為に山奥で暮らすことになったんだった。


『コロが花を咲かせましたよ。父上』

『よくやった×××』


姫子の頭を撫でる顔にモザイクのようになっている貫禄のある雰囲気の男。

その男に頭を撫でられて、姫子は懐かしい気分となる。


父が上が花を持って部屋を出た。

当時の私はこの後のことを知らなかった。けど、多分だけれど、コロは何かしらの形で知っていたんだろうな。


『もっと花を回収をしてもよいのでは?』

『いや、下手に多く回収すれば妖魔が暴れるかもしれない。それにこれだけでも十分だ』


そうだったわ。コロが咲かせる花や木の実は、沢山採ろうとするとコロは怒る。


父はその辺りのことを分かっていたのね。


キュルル。


そんな鳴き声のようなモノが聞こえて、姫子が隣を見るとサッカーボールサイズの植物の種のような妖魔がふわふわと浮いていた。


久し振りねコロ。

姫子の言葉に植物の種のような妖魔は姫子にすり寄って来る。


思い出したわ。私とコロは。この後、五年くらいは静かに暮らせたのよね。

そして、退魔師達に私とコロの存在が見つかって、コロの生み出す花や木の実から作られる薬はとても効果が高くて。


妖魔退治なんて、表向きの理由。

本来の目的は金になる木となるコロを手に入れる為に、政治的に公家を動かした。


ああ、今思い返しても、理不尽な出来事だったわ。


弦巻家にも少なくない傷を受けて、私とコロは何ヶ月も日ノ本を追い回されて。


頭がボーっとするわ。


キュルル。


ああ、そうだ。そうだったわ。

思い出したわ。


退魔師達は、私の母を殺したのだったわ。幼馴染のサヨも。


キュルル。


ええ、ええ、覚えているわ。退魔師は必ず殺さないと。怨みを返さないと。

私から全てを奪った退魔師達。必ず殺してやるわ。


姫子がコロと呼んでいた植物の種の妖魔に手を伸ばすと、コロの身体の真ん中が割れて芽が伸びてくる。

その芽はぐんぐん伸びていき、同時に根も姫子へ伸びてくる。


うん、大丈夫。

今度は離れないから。


そうコロに告げた時、姫子はふと何かを思い出しかけて、首を傾げた。


「ああ、あの男の子。名前は何という名前だったかしら?」


薄っすらと目を開ける、姫子。

自身の身体から多量の植物の根や蔓が生えている。


だが、今の彼女は意識がはっきりしなかった。


キュルル。


「え、あ、コロ。うん、そうね。眠いわ」


姫子はそう告げて、ゆっくりと目を閉じた。


コロと呼ばれた妖魔は蔓の先から透明な液体を姫子の口元に運び、丁寧に飲ませる。

それは大昔、姫子とコロが退魔師達から追い回され、何日も何も食べられず、姫子が空腹で動けない時にコロが飲ませた甘い蜜だった。


「うん、美味しい」


懐かしい甘い蜜に、姫子は安心したように意識を手放した。

意識を手放した姫子をコロは優しく包み込む。


そして、ゆっくりとコロは動き出した。

強い意志を持って。




それは姫子と言う少女が居ると思われる洞窟の内部へ入ろうと入り口を守っている植物の根のような妖魔を蹴散らしている時だった。


「これは」

「これヤバいでござるな」

「え?え?」


忍者姿の俺と封魔宝寿がソレに気づき。

一般人の紙谷は困惑していた。


「ここだと狭いな。少し離れるぞ」


忍者の俺の言葉にそこから移動する。

そして、大きな葉や木々がこすれ合う音と共に洞窟の奥からソレが這い出てきた。


洞窟の入り口から出てきたのは巨大な腕だった。電車くらいなら掴めそうなくらいの大きさで、良く見ると植物の根のような質感ではない。

黒光りしている生々しい質感の触手のようなモノが一つに絡み合って一本の腕のようになっていた。


「植物が人間の肉のような物に変質しているな」

「遅かったでござるか?」

「可能性は高そうだな」

「そ、それってどういうことですか?!」


忍者姿の俺と封魔宝寿の会話に不穏なモノを感じたのだろう。

紙谷がそう叫んだ。


「はっきり言おう。あの妖魔はもしかしたら、姫子と言う少女と融合した可能性がある」

「そ、それって、つまり?」

「生きてはいるかもしれないが、精神がどうなっているか分からん」

「ま、待ってくれ! それじゃあ」


紙谷が取り乱しそうになったので俺は一喝した。


「落ち着け!」

「――っ?!」

「まだ、生きているのか、死んでいるのかどういう状態なのか分からない。ここからが本番だ」


あちらの世界で、こんなことはそれなりに回数があった。

だからこそ、厄介さも分かっている。


「封魔」

「はっ!」

「大技は使うな。意味わかるか?」

「あの妖魔と姫子殿が融合していた場合、あの妖魔へ傷をつけると、その傷のダメージが姫子殿に入る可能性があるでござるな?」

「そうだ。やりすぎるなよ」


話しているうちに洞窟の奥から真っ黒なのっぺらぼうの様な顔が、身体がタコのようにグネグネと身体を動かしながら、洞窟の入り口から出てくる。


「それと少年」

「は、はい」

「アドバイスだ」


俺はクラスメイトで、友達の幸せの未来の為にこう告げた。


「腕が無くなろうと足がもげようと、文字通り死んでも諦めるなよ。そこまでやっとスタート地点だ」

「はい!」

「俺が道は作ってやる」


最悪、首か心臓だけあれば、組成は出来るだろう。仲間達と作った装置を使えば。


まあ、仲間達は「これ、複製って言わない?」「いや、魂は同じだから、肉体を再生しただけと言えるのでは?」「でも記憶の欠落が多いわね」「今回は心臓でしたから、頭があると記憶とか割と平気ですが」みたいな。


かなりマッドな会話をしていた機械だけど。気にしないでおこう。


「いくぞぉっ!」


忍者姿の武は洞窟の入り口から完全に這い出てきた、四階建てのマンションビルよりも大きい人の形をした妖魔へ、影分身達と共に飛び掛かった。


下手に攻撃は出来ない。だが、やりようはある。


紙谷、本当に最後まで気張れよ。

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