第57話



「お前達は配置に着け。根神様は完全体だ。後は手筈通りに」

「御当主、それでは護衛が」

「既に封魔は追い出した。ここへ入ってこれる存在は居ない。それ故に、不要だ。何より、どこも人が足りない。行け」

「「はっ」」


弦巻家の当主の男の言葉を聞き、護衛の男達は足早にその場を去った。


弦巻家の当主の男は、ドーム状の洞窟の天井に張り付いている妖魔の群体を眺める。

多くの部下を失った。

だが、問題は無い。と当主の男は自身に言い聞かせた。


弦巻家は古くから、退魔師達の道具を製造する販売するの家だった。

そう言う家柄だった為、退魔師同士の潰し合いの対象になり難く、現代まで続くことになった。

物を作り出すのは専門の知識が必要だったからだ。


「ああ、やっとここまで来ました」


弦巻家の当主は心の底から安堵した表情を浮かべながら、天井で蠢いている数えきれないほどの妖魔の群体を眺める。


弦巻家は【家】を存続する為に、弦巻家は多くの屈辱に耐えてきた。

弦巻家は戦力が少ない。

退魔師としての能力も戦闘より物を作る方が得意だった。

その結果、他家から武力を背景に服従を強いられてきたことも多い。

長い弦巻家の歴史の中で、多くの物を失った。土地や技術、親族や尊厳。



「さぁ、始めましょう。根神様のお力を借りて邪魔者を殲滅を」


当主の男は手に持っていた封印されていた妖魔を操る為の宝玉を妖魔の群体へ向ける。

そして、当主の男は魔力を宝玉に注ぎ、青白い光が妖魔の群体へ伸びていく。


中心部に居る核となる眠っている植物の妖魔へ。


封印されてから、弦巻家は突然変異を遂げたこの妖魔を研究し続けてきた。

中心にいる核となる妖魔を刺激しなければ、他の妖魔は個別に操ることが出来ること。

分裂して数を増やし、妖魔の肉体は特定の薬品や属性の魔力を注ぐと性質が変化し、様々な薬の素材となること。


「一体、一体は弱いですが、戦いは数です。この数で押しつぶすことは十分に可能」


この植物の妖魔は昆虫の蟻のように、役割分担をしていることが分かっている。

戦闘だけを行う個体。この洞窟を作ったように労働を行う個体。分裂をして数を増やす個体。


「吸血鬼のように血。体液ではなく。サキュバスのように生命エネルギーを吸い取る力。しかも、無機物にも効果がある。素晴らしい力」


サキュバスは生物にしか効果が無い。

だが、当主の目の前にいる群体の妖魔、生物だけではなく、建物などもに力を吸い取り風化させることが出来る。

仮に敵が堅牢な建物に立てこもったとしても、建物の風化、崩壊させることが出来る。


「これからだ」


当主の男はこの時、満たされていた。

幼い頃より、家に縛り付けられ。武力だけしか取り柄のない退魔師の家から、力を背景に服従を強いられることも多かった。


ようやく、弦巻家が上に立つことが出来る。


だからこそ、当主の男は油断していた。

最後の最後で、気付けなかった。


自分と同じように屈辱に耐えていた者が直ぐ近くに、存在していることを。


「御当主様」

「なんですか?」


当主の男に声をかけてきたのは、この洞窟の管理者の老婆だった。

当主の男は後ろを振り返りもせずに、答える。


「根神様の復活と弦巻家の悲願達成を喜び申し上げます」

「ええ、これで弦巻家も」

「わたくしも待っておりました。これでようやく、母上の敵討ちが出来ます」


老婆の言葉を聞いた瞬間、当主の男は胸の奥に強い恐怖を感じ、反射的に背後にいる管理者の老婆を攻撃しようとした。

だが、手にしている封印されている群体の妖魔を制御する宝玉に魔力を注いでいる最中。

群体の妖魔の核となる妖魔への制御をする為の魔力を注ぐことを中断した場合、暴走する可能性がある。

その迷いが、致命的だった。


「キエエエエエェイィィッッ!!!」


管理者の老婆の甲高い、耳を塞ぎたくなるような悲痛な雄叫び。


老婆の両手から放たれる眼が潰れるほどの閃光、数十年間この日の為に溜め込んだ、純粋な魔力の砲撃。

弦巻家の当主の男と男が手にしていた群体の妖魔を制御する為の宝玉を飲み込んだ。

魔力の砲撃は五秒間続き、魔力の砲撃を撃ち終えた封印の管理者の老婆は、満面の笑みを浮かべながらその場に倒れ、息絶えた。


「…………、――ぐぁっ!! おおっ! きざまっ!!!」


管理者の老婆の命を引き換えにした、背後からの破壊的な魔力の砲撃。

当主の男は二十メートル以上も吹き飛ばされていた。

そして、自分が手にしていた封印されていた群体の妖魔の核を制御する宝玉は、完全に破壊されていることに気づく。


「お、おのれぇっ! 何故だ!! よくも! よくもぉ!! 我が家の悲願を!!」


怒りに身を任せて叫ぶ。同時に洞窟内が大きくざわめきだした。


「――ひっ!?」


当主の男が気が付いた時、天井に張り付いていた妖魔の群体は、一斉に地面へ向かって飛び降りてきた。


「くそぉっ!! くそくそくそくそくそぉっ!! まだだぁっ!!」


当主の男は考えるよりもはやく、激痛に耐えながら全力でその場から走り去る。


だが、当主の男は自分が防衛の戦力として、洞窟の外に妖魔を配置していた。

群体の妖魔の核は自分の近くに居ない妖魔に集合命令を出した。


結果として、当主の男は洞窟の外へ出る前に、洞窟の外から洞窟内部へ移動する妖魔の群体に飲み込まれ、命を吸われ、ミイラに様に脆くなった後。

外から洞窟内部存在する核となる妖魔の元へ向かう群体の妖魔の群れに踏みつぶされ、当主の男は粉々になった。




「うわ~」

「これは凄いでござるな」

「…………」


出来るだけハイペースで移動したお陰で、割と短時間で目標地点の近くまで来たのだが。

山を埋め尽くすほどの、何かがこっちへ向かってくる。


索敵スキルで全てが敵対的な存在だと分かっているが。みた瞬間、思わず「うわ~」と言ってしまった。


達は遠目でその姿を確認した。封魔宝寿は引きつった笑みを浮かべ、アルケニーの運搬用の箱から顔を出した紙谷はあまりの非現実的な光景に無言になっている。


まず、眼に入ったのが大きな山だ。

田舎道というか、登山と呼べるほどの人通りの少ない地域なのだが。

そのなかでもひときわ大きな山がある。


そして、今その山を覆い尽くす程の群体がわらわらとこちらに向かって来ている。


影分身の忍者に米沢さんに連絡を入れさせる。このままあの根っこの塊のような妖魔が街へ雪崩れ込めば、甚大な被害が出る。


今回は派手に戦わず、堅実に戦うつもりだったが。割りとサイズの大きい山を埋め尽くすほどの数。

倒すのにかなり時間が掛かるだろう。


後始末のことを考えて、地形を変えるほどの威力の魔法は使わないが、かなり派手になるだろうな。


「先ずは、露払いをしよう」

「あ、あの数を?!」


驚く紙谷に影分身に答えさせる。


「問題ない。封魔」

「は、はいでござる。御屋形様!」

「誰が、御屋形様だ」


封魔宝寿の言葉に俺は影分身にそう答えさせる。

どうやら、この宝寿と言う少女は忍者というモノが大好きらしい。


影分身だが。忍者の力の一端を知って、俺の配下になりたいと言ってきた。

正直、面倒だから勘弁してほしいが。

縁眼さん曰く、縁眼さん達の世代は才能と実力のある世代らしく。

宝寿もかなりの実力者らしいので、配下にする価値はあると言われた。


「ここで、その少年を護衛していろ」

「え!? ですが、某は御屋形様の近くでお力に」

「却下だ。俺と武の二人で先ずは数を減らしてくる」

「ふ、二人だけって、大丈夫なのかよ」


驚き不満そうな宝寿。紙谷は二人だけで露払いと聞いて、心配そうに俺を見てきた。


「大丈夫だ。この外骨格は優秀な装備だし、逃げ回れば問題ない」

「数は俺の影分身で補う。ハッキリ言うが、この数は厄介だ。一体一体は弱くても、触れれば魂を吸われる」


一般的な退魔師だとかなり危険な妖魔だ。

直ぐに目の前にいる山を覆い尽くしている、群体の妖魔を倒せる戦力は直ぐに用意できないだろう。


この数で近くの街へたどり着いたら、その街は冗談抜きで終わりだ。


「行くぞ」

「分かってる」


良し、二人から距離を取ったら、一度派手な魔法を目くらましのように使い。影分身の忍者と入れ替わろう。外骨格のパワードスーツでも戦えるが。動きやすい方がいい。


あと影分身を大量に生み出して、雑魚を削ろう。一匹でも逃がしたら大変だ。


適当なところで紙谷と宝寿と共に姫子という少女が連れ去られた洞窟の奥へ向かおうか。



紙谷昌は目の前で起こっている非現実的な光景を呆然と眺めていた。


武達が山を埋め尽くす、植物の根の塊のような化け物と戦い始めて数十分。

数が多いことや森や地形に配慮した戦いをしているため、武達は足止めをされている。


かなり距離はあるが、近代的な黒い忍者衣装の男が数百人に一気に増え。

山にあふれ返った植物の根の塊のような化け物を忍術のようなもので蹴散らし。


SF映画に出てきそうな外骨格のパワードスーツを身に着けたクラスメイトの姫宮武は、パワードスーツの両肩に装備したキャノン砲や両手に装備したマシンガンで吹き飛ばしていく。


そして、いつの間にか現れていた小さいペンギンはロケットのように空を飛び回りながら口から青白いビームを発射し、根っこの化け物を氷漬けにしていく。


戦い始めた時よりも目に見えて植物の根の塊の化け物の数は減ってきている。


「悪い夢でも見ている気分だ」

「某もでござるよ。御屋形様は強いと思っていたでござるが、数百の影分身を一瞬で産み出し、協力者の姫宮殿も科学と魔法の融合されたパワードスーツを使いこなしているでござる。極めつけがあの謎のペンギンでござるよ」

「あれ、本当にペンギンですか?」

「使い魔だと思うでござるが、あの強さは規格外でござるな。絶対に勝てないでござるよ。……即座に身売りして正解でござったな」


紙谷は最後の方は聞き取れなかったが、隣に居る自分より遥かに強い忍者が勝てないと言う存在。

そんな存在と肩を並べて戦っているクラスメイトを羨ましいと思う反面。


――ドンッ! ドン! ――ドゴォッン!!


爆音と爆風。その最前線で戦い続けるのは自分では恐怖で動けないと理解していた。


「安心するでござる」

「っ」

「誰だって、こんな大規模な戦闘を見れば、恐怖心を持つでござるよ。恥ずかしいことではござらんよ」


封魔宝寿の言葉を聞いて、複雑な気分になる紙谷だったが。


突然、地面が激しく揺れ始め、意識は戦場へと向けられる。


「な、なんだアレ! でかっ?!」

「ま、まだあんなのが、出てくるでござるか!?」


武達が戦い始めて、植物の根の塊のような化け物を半数以上を倒したところで、敵は切り札を投入した。


武達が知らないことだったが。

植物の根っこのような化け物は、封印される前、この周辺地域の地中深くに大量にの種を植えていた。


理由は当時の化け物が自分が死んだあとの為だった。


封印が解かれた今、急速に力を取り戻した植物の化け物は、封印される前に地中深くに埋めた。種を目覚めさせ。


一つの戦力として、今群体を攻撃している存在を排除しようとした。


遠目で見ても巨大な植物の根の化け物だった。高層ビルを複数束ねたような大きさ。

まさに巨大怪獣のような存在だった。


だが、そんな巨大怪獣も規格外の存在達の前では無力だった。



――秘伝忍法!


――リミッター解除 エネルギー充填!


――ペン・ギン!



「そ、それは、オーバーキル過ぎではござらんか?!」


魔力を感じられる封魔宝寿は慌てて叫び。

魔力を感じられない紙谷は何が起こるのか不安を感じた。


――極炎陣!!


――スター・ブラスター!!


――アルティメットォ・ビームゥッ!!



巨大怪獣のような植物の根の化け物は、地面に展開された巨大な真紅の陣から噴き出た炎に焼かれ。

左右から、高層ビル並みの極太の黄金の魔力砲撃と青白い魔力砲撃を叩き込まれ。


地上に出現して三十秒ほどで消し飛ばされた。



「「…………」」


迫力の戦闘シーンが売りの海外の映画でもここまでの演出は出来ないだろう。


と言えるほどの常識外れの攻撃を見て、封魔宝寿と紙谷昌は息をするのも忘れて、その場で固まって動けなかった。


そして、十秒ほどしてから、忍者が紙谷達の近くへ降り立った。


「粗方片付けた。後は影分身に任せて、先に進むぞ。案内を頼む」

「ぎょ、御意でござるよ! 御屋形様!!」


大量の冷汗を流しながら、封魔宝寿は移動を開始する。


「少年」

「は、はい」

「次はお前の番だ」

「え?」

「惚けている暇はないぞ。惚れた女の子を助けるんだろ」

「あ、えっと。はい」


紙谷昌は自分の身体が震えていることに気づいたが、姫子のことを思い出し。

即座に両手で自身の頬を叩いて、叫んだ。


「大丈夫です!」

「分かった」


無事でいてくれよ。姫子。


紙谷昌は心の中で何度も呟きながら、姫子の元へ向かった。




――植物の根のような妖魔か。

数や大きさに驚いたが。

触れれば危ないく、数の暴力が怖いが。


それ以外は大したことはないな。巨大化しても元々の防御力の低さは変わらない。

中身がスカスカだっしな。


影分身と入れ替わり。

忍者姿となった武は植物の根の塊の妖魔のス強さを考えていた。


「一般の退魔師だと危険だが。ここで全滅させれば問題ないな」


武は追加で影分身を作り出し、一気に畳み掛けることにした。


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