第55話



俺は紙谷の所へ直ぐに辿り着いた。


少し離れたビルの屋上から紙谷を見下ろしながら、俺は下へ降りて、紙谷に声をかけようとしたのだが。


良く考えら、時間的に学校に居る筈の俺がここにいるのはおかしいよな。



どうしよう。一応、無事は確認したから。帰るか? いや、どうして学校をサボっているのか聞いた方がいいか?

危険な感じは周囲にはしない。今は街中で人通りも多い。多少、裏道などを移動したりしているが。


俺は念のために索敵スキルの範囲を広げて、敵というか、何か変なものが存在しないか確認する。

何もないか、どうしよ。これ、声をかけるか? 慌てて出てきたけれど。

俺の早とちりだったか?


俺は少し考えて、声をかけることにした。

せっかくここに来たからな。


俺は私服ではなく、紺色のスーツに瞬時に着替える。

姿を消してからビルの屋上から飛び降りた。


そして、音も無く着地して周囲に人が居ないことを確認して姿を現し、紙谷を後を追いかけ、直ぐに追いつく。


追いついた紙谷はかなり焦っている様子だった。


「紙谷?」

「え?!」


俺が声をかけると紙谷は俺の姿を見て驚いていた。


「こんなところで何をしているんだ?」

「あ、いや、それは。って、桜宮は何でここに居るんだよ?」

「俺は家の法事っていうのかな。そういう面倒な関係で学校を休んだんだ」


家の都合だ。と言うと紙谷はバツの悪そうな表情をした。


「それで、紙谷は何故ここに? 何かあったのか?」

「え、ええ、あー。少しちょっとな」

「そうか、一応。確認するが、大丈夫なのか? あからさまにおかしな感じがするが」


紙谷は俺の言葉を聞いて、複雑な表情をした。

それから数秒、俺に相談するかどうか悩んだのだろう。

紙谷は軽く首を横に振り、


「大丈夫だ」

「本当か? 一応、知り合いに警察の関係者が」

「いや、そこまでのことじゃない」


俺が警察と言うと、紙谷は明らかにどうようした。

怪しい、警察を呼ぶと問題があるのか?


「分かった。それと、これは俺の連絡先だ」

「え?」


俺は胸ポケットから取り出したかのように、元々教えようとしていた電話番号とSNSの連絡先を描いた紙を取り出す。


「何があったかは知らない。けど、何かあったら連絡してくれ。警察が駄目なら、知り合いの探偵事務所を知っている」

「……探偵?」

「ま、何でも屋だ。俺の両親変な知り合いが多いから」


俺はそう言って、その場を立ち去った。

念の為に備えだけはしておくか。


(影分身を置いておく)


☆紙谷視点



桜宮を見送り、俺は桜宮から貰った紙を自分の財布の御札入れに突っ込んで、俺は一度家に戻ることにした。

事前に話し合っていた。


もし、家に何者かが押し入ってきたらどうするか。

どこに逃げるのか、俺達二人にしか分からない暗号的なモノもそれなりに用意した。


「木の実だけはあった」


姫子が産み出すことが出来る不思議な木の実。

事前に話し合っていた場所に置いてあった。


何かあった場合は暗号として別なモノを置くはずだ。

本当にどこにいる? 何があったんだ姫子。


事前に話し合った姫子が隠れやすい場所は全て回った。


「一度家に戻ろう」


俺は家に戻って、改めて家の中を調べた。

でも、何も無かった。


それから、俺は家の外と家を何度も往復して、姫子を探し続けた。

だが、姫子はどこにも居なかった。


明け方まで姫子を探し続けて、俺は家に一度戻ると。

あっという間に眠ってしまった。


目を覚ました俺は、適当に胃に冷蔵庫にあった食べ物を流し込んで、家を出ようとしたところで家のインターホンが鳴った。

突然のことに、俺の心臓がドクンッ! と激しく脈を打つ。


急に息苦しくなってくる。

俺は郵便か何かだと自分に言い聞かせ、警戒しながらもリビングから玄関へ行こうと思った直後。


「おはようでござる」

「うわぁっ!?」


背後から、女の声が聞こえて俺は飛び上がって驚いた。

反射的に背後を振り向くとそこに立っていたのは。


「ちょっとお邪魔するでござるよ」

「誰!?」


荒い息を吐きながら、ニヤニヤと笑う、ズタボロのくノ一のような恰好をした黒髪の美少女だった。



「某は花梨と申すでござるよ」

「は、はぁ」


突然現れたくノ一少女の花梨は、他人の家にもかかわらず「まあ、落ち着いてほしいでござる」と言いながら、紙谷昌をやや強引にソファに座らせ。

自分も昌の向かい側ソファに座り、自己紹介を始める。


「某実は傭兵をして、お嬢様。ああ、紙谷殿に分かるように言えば、姫子殿を探していたでござるよ」

「そ、それって」


花梨の言葉を聞いて、身体を強張らせる昌。だが、花梨は笑いながらこう続けた。


「安心してほしいでござる。姫子殿の実家は紙谷殿のことを知らぬでござるよ。ま、もう教える義理も義務もないでござるがな」


嘲笑う花梨に昌は内心で首を傾げる。どういう意味だ? と昌が質問する前に花梨は答えた。


「口封じに殺されかけたでござるよ。だから、もう弦巻家とは敵対関係でござるな」

「そ、それってどういう」

「いやぁ、某は姫子殿とは友達でござってな。このままだと姫子殿は家と一緒に死ぬ運命にあるでござるよ」


昌はその言葉を聞いて、ソファから勢いよく立ち上がる。


「落ち着くでござる。直ぐにどうこうなるわけではないでござるよ。紙谷殿はどこまで知っているでござるか?」

「な、なにをだ。いや、ですか?」

「普通に話していいでござるよ。予想していた通り。何も知らないようでござるな。ちゃんと教えるでござるから安心するでござる」


そこから、花梨はざっくりと、姫子の置かれている状況を伝えた。

政府の裏の組織、対魔省庁が違法な退魔師の粛清をしていること。

粛清対象になった姫子の実家の弦巻家。

姫子は実家の切り札の一つとして家に戻ったこと。


「切り札がどんなモノなのかは某には分からぬでござるが。少なくても現状を押し返せるモノらしいでござるな」

「……仮に負けたら、姫子はどうなる?」

「姫子は特別な力を持っているようでござるからな。捕まれば、適当に理由を付けて、ずっと軟禁状態は確実でござろう。それに、対魔省庁と戦えばいい訳はいくらでも付けられるでござるな」


花梨の言葉に昌の頭が一瞬で沸騰する。

怒りのあまり、視界がチカチカとしてきて、昌は荒くなった息を整える。


「どうすれば、姫子を助けられる?」

「うん、某も姫子殿を助けるために、紙谷殿の所へ来たのでござるよ」


ニヤッと笑みを浮かべる花梨、昌は姫子を助ける為に視野が狭くなっていた。

花梨はこの時点で自分の実家に連絡を入れていた。弦巻家の切り札の位置と、切り札の制御の方法の一部。それと姫子の人質になりえる少年、紙谷昌。


「紙谷殿が姫子殿を助けたいなら、協力してほしいでござる」

「ああ、俺一人じゃな何もできない。教えてくれどうすれば、姫子を助けられる」

「大丈夫でござる。良い作戦があるでござるよ」


ずいっと、花梨が昌に身体を近づけ、声を潜めて作戦を伝えようとした直後。



「へー、それはどんな作戦なのか。俺にもぜひ教えてほしいな」


突然聞こえてきた第三者の声に昌は驚き、花梨は声に混じった確かな殺意を感じ取り硬直した。


彼女は若くても経験豊富で才能のあるくノ一だ。本来なら、即座に逃げていた。


だが、彼女は本能的に逃げたら確実に死ぬと悟った。


猛烈に逃げ出したいが、それでも彼女はありったけの精神力をかき集めて、声が聞こえたリビングのドアの方へゆっくりと顔と視線を向ける。


そこに立っていたのは昌と同い年の一人の少年。


ラフな格好ではあるが。花梨は本能的に目の前の少年が身に着けている衣類が、並の攻撃では傷一つ付かないハイレベルの防具だと分かった。


――いつの間に!? 仕事中なら絶対に考えないことを考えてしまうほど、花梨は驚いた。


熟練の花梨がこの距離になるまで、少年の気配に気が付けなかった。奇襲されていた場合、自分は死んだことに気づくことはないと確信するほどだった。


「随分、危ないことをしようとしているようだな。紙谷。俺も少し付き合うよ。友達だからな」

「な、なんで!? 桜宮がここに、ってか、どうやって入って来たんだ?!」

「俺も魔法関係者だからな。ちょっと怪しいから監視していたんだ。最近なにかと物騒だからな」


桜宮武はゆっくりと花梨の方へ顔を向けて、こう告げた。


「まあ、色々と言いたいことはあるが先ずは、紙谷の同居人の姫子って女の子を助けに行こうか」


その武の言葉と同時に、花梨の頭の中に武の声が聞こえる。


『後で、ゆぅっくりとお話をしようか。封魔宝寿さん。あ、今は花梨って名乗っているのだったか?』


念話で告げられた言葉に、花梨は気絶しそうになるが、なんとか耐えてしまった。


いっそのこと一日くらい気絶したかったが、幼い頃からくノ一として生きてきたプライドが許さなかった。


『ど、どうやって、私の本名を知ったのか教えていただいても?』

『今、この場で、地獄へ落ちる覚悟があるのなら聞いていいぞ。俺、今友達が利用されそうになっているところを見て、怒ってるからさ』


ゆっくりと深呼吸をする花梨。

そして、彼女は昌と武へ口を開いた。


「じゃあ、さっそく。姫子殿を助けに行くでござるよ!」

「お、おう!」

「ああ、必ず助けような。紙谷」

「あ、ああ!」


から元気ではあるが、花梨は全力で姫子を助けて、眼の前に居る謎の人物に全力で媚びを売ることに決めた。


花梨は元々弦巻家が隠している切り札の奪取の為に行動していた。


だが、その考えは目の前に現れた。武が花梨にだけ分かるように調節した濃密な殺意と魔力で全部投げ捨てた。


目の前の存在を敵に回せば確実に死ぬ。


そう確信できるだけの実力差を感じられる程度には、花梨は強者だった。


「あ、ついでだから、誰か呼ぶ?」

「え?」

「誰かって誰?」

「うーん、縁眼家とか色々?」


武の言葉に盛大に頬を引きつらせる花梨。首を傾げる昌。


こうして、本来なら花梨の実家の精鋭だけで行われるはずだった極秘の弦巻家の切り札奪取作戦は頓挫。


謎の忍者(今回は武の影分身)と忍者の協力者の桜宮武(武のことは、そういう設定で対魔省庁と対魔師局に説明している)と縁眼家、対魔省庁、対魔師局などのメンバーが参加する大掛かりなものになった。

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