第54話



姫子は昌の家から、花梨と共に迎えの車が待つ場所まで徒歩で移動し、車に乗った。

高級車などではなく、どこにでもある乗用車。

公的機関と敵対しているので、目立たない様に乗用車なのだろうと姫子は考えた。


車の後部座席に座る、自身の隣に座った花梨の姿を見て、そういえばと考える。

街を歩いているのに、くノ一姿の花梨が周りの人々がまったく花梨を気にしないことに不思議に思っていると。


「ああ、このくノ一衣装は、認識を阻害する効果が付いているでござるよ」

「そうなのですか?」

「そうでござる。だからこここまでくる間に周りの人達に注目されなかったでござる。普通の人には某の姿は学生に見えた筈でござるよ」


姫子はそれなら、学生服に戦闘用の効果を付ければ良いのでは? と思ったが、何も言わなかった。

五年前、短い間だったけれど花梨は忍者、くノ一に凄まじい拘りがあることを姫子は嫌と言うほど知っている。


「それで、かりん。今の弦巻家の状況って教えてもらえる?」

「弦巻家の状態はあまりよくはないでござるが、耐えているでござるな」

「耐えている?」


姫子の言葉に花梨は今年の夏頃から始まった、対魔省庁主体の対魔師の家々に対する粛清のことを語った。


最初は退魔省庁からの書面による犯罪の証拠と自首の通達。

とは言え、素直に自首するほど、真っ黒な退魔師の家は存在しない。


結果として、武が用意したドローンと武の影分身の補助が無ければ。

後に内乱と呼べるほどの激しい戦闘が、退魔師の家々と対魔省庁、対魔師局との間で起こる筈だった。


結果だけ言えば、そうはならなかったが。


「退魔省庁の用意した、新型の戦闘用のドローンがかなり強力だったのでござるよ。某も戦ったことがあるでござるが。最初の一撃で仕留められなかった時点で、全力で逃げたでござるが。即座に逃げなかったら危なかったでござるな」

「そんなに?」

「一対一なら、某でも倒せるでござるが。数と連携が恐ろしいでござる」

「他の家はどうなったの?」

「大半がもうやられたでござるな。そこそこ大きい家はある程度は耐えたようでござるが」


花梨が静かに首を横に振るのを見て、姫子は溜息をつく。


「そんなに危ない状況なのに、何故花梨はここに? 花梨は傭兵よね? 逃げないの?」

「情報収集でござるよ。噂の忍者の」

「噂の?」

「ああ、お嬢様は知らないでござろうな。最近現れた、謎の龍殺しの忍者でござる」

「龍?」


姫子は自身の魔力が膨大だったため、暴走しないように幼い頃から魔力を操作することを一族の女性達に指南されていた。

その時に教わった、人が勝つことが出来ない存在の一つが、所謂ドラゴンだった。


「龍って、倒せるの?」

「多く犠牲を払えば出来るでござるな過去には倒した記録もあるでござるな。その場合は複数人で倒しているが、最近現れた忍者は一人で倒したらしいでござる」

「龍を一人で?」

「だからこそ、調べているのでござるよ。あまりにも荒唐無稽な話が多いでござるからな」


姫子は思った。本当にそんな強い人物が居るなら。どうにかして、味方に引き込めないかと。

弦巻家の状況は良くないようだ。このままでは、自分もどうなるか分からない。


「噂通りの実力なら、某が戦っても瞬殺でござろうな」

「その人は、敵なの?」

「対魔省庁側でござるな」


その言葉を聞いて、姫子は内心で溜息をついた。

味方にはなってくれないか。


「ただ、弦巻家の当主にはまだ切り札があるようでござるな」

「切り札?」

「まあ、切り札一つでこの現状が変わるとは思えないでござるが。傭兵でござるゆえ、危なくなったら逃げるさせてもらうでござるよ」

「そういうの、私の前で言って良いの?」

「言わなくても傭兵なんてそんなものでござるよ。報酬次第ではお嬢様も逃がしてあげるでござるよ」

「……そうね、それも考えておくわ」


姫子は花梨に支払えるものが何かあるかと考えて、自分で産み出せる木の実を考えたが。

何故、自分があの木の実を作れるのか分からない上に、そのことを知られるリスクを考慮して、今は依頼の報酬の候補から外した。

それ以外となると監禁され、紙谷昌の居候だった自分に花梨へ支払えるものは何もなく、心の中で大きくため息をついた。



花梨達は車で移動した後、姿を消すことが出来る腕輪の魔道具を身に着け。

花梨に抱きかかえられた状態で山奥へ移動した。


「ようやく到着でござるよ」

「やっとたどり着いたのね」


花梨は普通の人間ではありえないほどの身体能力で山を駆け抜け、一時間ほどで目的地に到着した。


「天然の洞窟?」

「それを利用した隠れ家、いや、秘密基地ってことでござるな」


一軒家ほどの大きさの洞窟の中に二人は入って行く。

洞窟の内部は真っ暗ではあるが。花梨が使い捨ての光を灯す符を使って姫子を洞窟の奥へと案内する。

十分ほど洞窟の内を進んで行くと花梨は立ち止り右手側の壁を触れる。


「まぼろし?」

「そうでござる。洞窟自体はまだ少し先があるでござるが、奥に隠し通路を作っては見つかりやすいでござるからな」

「そう言う物なの?」

「そうでござるよ」


花梨の後を付いていくと、地下へと続く階段があった。

五分ほど長い階段を下りていくと広い空間に辿り着く。


「お待ちしておりました。根神様」

「ねかみさま?」


花梨と姫子を出迎えたのは一人の和服の老婆だった。

薄暗い洞窟内で、突然老婆に声をかけられて姫子はビクリと身体を震わせる。


「出迎えご苦労でござる。侍女殿」

「花梨様。お役目ご苦労様です。御当主様から、次の仕事は三郎太さんから聞いてほしいと」

「分かったでござる。お嬢様、某は一度ここで。また会おうでござる」

「え、あ、うん」


姫子は友人が自分に背を向けて来た道を戻っていくのを不安そうに見つめる。


「根神様」

「……ねかみさまって、私のこと?」

「はい、御当主様から御説明があるはずです」


老婆の顔をじっと見つめていた姫子はそこで気づいた。


「貴女、もしかして目が見えない?」

「お見苦しいかとは思いますが、平にご容赦を」


老婆の眼は自分ではなく別なところを向ている。無機質な瞳に姫子が戸惑っていると、老婆は「此方で御座います」と手にしていた杖を突きながら、もう片方の手に持っていた懐中電灯を姫子の為に点けて、道を歩き出した。


老婆は眼が見えないのに、懐中電灯で照らされた道を躊躇なく進んでいく。

歩く道は人の手が加えられているのか、でこぼこしておらず歩きやすかった。


しばらくして、周辺は薄暗く、歩く音以外は聞こえずに、だんだんと時間の感覚がなくなってきたところで乗用車くらいの穴の前に辿り着いた。


「この先の根の間に御当主様がお待ちです」

「父様が?」


姫子がそう言うと老婆の表情は複雑なものへと変わった。


「えっと、なにか?」

「何でもございません。お進みください」


小さく息を吐き、姫子は洞窟の中を進んでいく。

時間にして一分程。


洞窟の中を進んでいくと遠くから光が見えてきた。

どうやら、灯りがともされているらしい。


姫子が洞窟を抜けると、ドームのような広い空間があった。


「ようこそ」

「お父様」


空間を見渡す前に、数回しか聞いたことが無い男の声が耳に届いた。

視線を声のの方へ向けるとスーツ姿の五十代の白髪が混ざり始めた優し気な顔立ちの男が立っていた。


「まだ、そう呼びますか。いや、そう呼ぶしかないのかですね」

「……どういうことですか?」

「無事でよかったです」


その声と男の表情は安堵だと分かった。

だが、何故か姫子の胸の奥に嫌な予感が少しずつ湧き出てくる。


「これで、根神様を完全な状態になることができますね」


父親の言葉に、姫子は殆ど反射的に、その場から逃げようとした。

彼女は肉体を無意識に魔力で強化し、自身の身体から普段は隠している植物の蔓を生み出す。


即座に反転してその場から去ろうとしたが、全てが遅かった。

姫子の頭上と背後から無数の木の根のようなものが、姫子に絡みついてくる。


「これは?!」


あっという間に、植物の根に全身を埋め尽くされる姫子は常人ではありえない身体能力で根を引きちぎろうとするが、根はビクともしない。


「ああ、その根について、御説明させていただきますよ。根神様」

「その、ねかみさまっていうのはっ!?」


姫子は必死に自分に絡みついてくる根を引きちぎろうとするが、効果もなかった。

そのまま彼女は根に上へ引っ張られ、宙へ浮き上がる。


「そうですね。最後に御説明させていただきましょう」


当主の男は満面の笑みを浮かべながら口を開く。


「まず、わたくしは貴女の父親ではありません」

「どういうこと?」

「見えにくいでしょうが、上をご覧ください」


姫子はどうにか、天井を見上げると同時に当主の男の合図で設置されていた複数のライトが、洞窟の天井を照らす。

照らされた天井の闇から現れたのは。


「ひっ!?」


姫子が思わず小さな悲鳴を上げてしまうほどの無数の植物の群体だった。


「正確な記録が失っておりますので、大昔と言わせていただきます。アレは人と融合、増殖する突然変異した妖魔。貴女はその妖魔と心を通わせ。融合し長い年月封印され続けた我が一族の祖先でございます」

「……何を言っているの?」

「驚きましたよ。何百年も妖魔として融合して封印されていた人間がある日、何の前触れもなく分離して封印が解けてしまったのだから」


本当に困った。と、当主の男は首を横に振る。

男の言葉、態度に姫子の心臓の鼓動が激しく鳴り響き始める。


「封印が弱まり、今天井にいる根神様が完全に復活するのでは? と当時の私達は恐怖で夜も眠れませんでしたよ。ですが、貴女は記憶を失い。私へ少なからず親愛を持ってくれた」

「…………」


男の眼は笑っていなかった。そして、眼の奥が濁っていると姫子は感じた。

姫子の心の底から、嫌悪感が滲み出てくる。


「それ故に、私は貴女の父親となったのです。まあ、恐れ多くて、殆ど顔を見に行くことも出来ませんでしたが」

「どういうこと? 私は貴方の娘なのでは?」

「はい、娘ではありません。そして、貴女は根神様の元へ戻ってもらいます。やはり、貴女と融合していないと。根神様の子株の動きが悪いので」


子株と聞いて姫子は理解できなかった。


「な、なにをするつもりなの?」

「研究は粗方終わっております。貴女様には根神様として完全に復活してもらいます。ご安心ください。これからも、しっかりと貴女様は神として崇めさせていただきます。弦巻家の繁栄の為にも」

「ま、まちなさ――っ!?」



姫子は木の根に全身を絡め捕られたまま、天井に蔓延る植物の群体に飲み込まれていった。




指定された深い森の奥。少しだけ木々が無く開けた場所で次の仕事を待っていた花梨は落胆していた。


「一応、確認でござるが……正気でござるか? 貴殿等は」


傭兵であり、くノ一の花梨が指定された場所へ移動するとそこにやって来たのは、複数体の上位の式神と植物の根の化け物。そして、仕事の指示を出す三郎太と言う弦巻家の当主の秘書の一人だった。


「はい、貴女の力はもう必要なくなったので。――やれ」


一斉に襲い掛かって来る式神と植物の化け物。


花梨は事前に雇い主が裏切った時の備えは常にしている。

この瞬間、花梨と弦巻家との関係は絶縁した。


「これは少し、マズいでござるな」


花梨は体内の奥で溜め込んでいた魔力を爆発させ、この死地からの抜け出す為に行動を開始した。





学校が終わり、俺は家に帰る前に本当に久しぶりにネットカフェへと向かった。

理由は単純にネットカフェで静かに漫画でも読もうと思ったからだ。


スマホの電子書籍で漫画を読むのにもある程度慣れたが、やはり紙の方で漫画を読みたいと思い、店に入ってのんびりと漫画を読んで過ごした。


静かな平和な日常を過ごしたいと思うと、どうしても周りにいるファンタジー共が気になってしまい。

中々忙しい日々を過ごしている。


アンネ達も用事があるので、たまにはこういう漫画だけを読む時間も悪くないだろう。


そう思っていたのが悪かったのか。小一時間と思っていたが、気が付いたら学生が利用できるギリギリの時間になってしまった。


周囲がすっかりと暗くなり、俺は急いで家に帰った。

その途中で、俺は見知った顔を見かけた。


慌てた様子で紙谷が街中を走り回っていたのだ。

まるで何かを探すように。


声をかけるかどうか迷っていると、スマホに連絡が入った。


「間の悪い」


対魔師局から、また被害が出たらしい。


俺は紙谷を見て、嫌な予感がしなかったので。先に退魔師局からの連絡を優先することにした。

一応、紙谷を鑑定したが、特に変な称号などは無かったので大丈夫だろう。



対魔師局で、情報を貰い。

色々と調べたが、何も進展が無かった。


謎の敵の正体はまだ分からない。

縁眼さんが今回の標的の弦巻家の当主がどこにいるのか調べているが、縁眼さんの眼が強力だが、しっかりと対策法も確立されている。

まあ、基本的には限られた人間しか出来ない難しい芸当で、本来は弦巻家では出来ないとされていたが。


事実、居場所が分からないので、弦巻家の当主は何かしているのだろう。


謎の敵も大きさや残っている魔力がまちまちで、捜索はやはり困難になっている。


「何人かの逃げた者は捕縛しましたが、本命はどこにいるか分かりませんね。どうやら、当主と認められた者しか知らない場所があるらしいですね」

「そうか。俺の影分身を多数使って怪しいところを虱潰しにするか?」

「最悪の場合はそれも考慮しておりますが。まだ、いくつか怪しいところがありますのでそこへ踏み込むもうと思います」


対魔師局の支部で米沢さん話をして、俺は家に帰った。

今回の犠牲者が一般市民なら、米沢さんも迷わず俺を頼っただろうが。今回は殉職だった。

ここで、俺を頼ると対魔師局の職員達の士気が下がることを懸念しているのだろうな。


最近はいい感じでやっていた。そこで躓き、更に俺の手を借りたら、ずっとそれを引きずる可能性がある。

敵討ちだ! と気合も入っているし。影分身を配置してせめて、一般市民に犠牲が出ない様にフォローだけしておくかな。



そして、翌日。

俺が学校に行くと紙谷は学校を休んでいた。

そして、一時間目が終わり。


教室で俺は縁眼さんと自然と目が合い、俺は少し考えて念話で縁眼さんに問いかけた。


――紙谷って、今どこにいるか視える?


――先生が紙谷さんは風邪で休む、と言っていましたが、自転車で街中を走り回っていますね。かなり焦っている様子です。


――俺、影分身を置いて行く。紙谷の所へ行くから、ナビゲートしてくれ。


――分かりました。


正体不明の敵がどこにいるか分からない状態で、放置は危険だ。

それに、なーんか、嫌な予感がするので俺は紙谷の所へ向かうことにした。


なんだろうな。この嫌な予感は俺のせいなのかな?


勇者だから、嫌な予感がするだけなのか?


はぁ、本当に勘弁してくれ。平穏な生活プリーズ!


一通り心のなかで叫んだ後、俺はフラグが立たない様に、無心で紙谷の所へ向かった。

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