第53話


アンネに血を吸われた翌日のことだ。


「おはよう」

「おう、おはよう。なんだ、機嫌がよさそうだな。紙谷」


学校のクラスの教室に到着し、自分の席に座ると前の席の紙谷から挨拶されたので、何時ものように挨拶を返すと、紙谷は機嫌がよさそうだった。


「そう見えるか?」

「ああ、なにか。いや、もしかして親戚の女の子と何かあったか?」


俺がそう言うと分かるか。って表情をしながら、ちょっとのろける感じで一緒に住んでいる親戚の子のことを話してくれた。


「良い感じなら、良かったな。そういう自然と仲良くなれるのはいいと思うぞ。大事にしてやれ」


俺がそう言うと、紙谷はポカンとした表情で俺の顔を見ていた。


「どうした?」

「え、ああ、いやその。今一瞬だけ、桜宮が大人に見えた」

「え?」

「いや、こうなんていうの。渋い男に見えた」

「なんだよそれ」


俺がそう言うと紙谷も「わりぃ、変なことを言ったと謝って来た。

……説教臭い言い方になったからな?

まあ、肉体年齢は同級生達と同じだが、魂の年齢がな。

あまり考えない様にしよう。


それから、具体的な居候している親戚の女の子の話を聞いた。

大雑把に話を聞いただけだったが。


やはり結構な美少女らしい。大和撫子的な。


「縁眼さんみたいな感じか?」

「うーん、縁眼さんは知的というか、出来る女っぽい部分もあるじゃん」

「ああ、なるほど」


一応、次期当主だからな。

縁眼さんのお母さんは次期当主でもあったけれど、娘が優秀なので、自分はフォロー役になった方がいいと判断したようだ。


「姫子、ああええと、姫子って言うんだけれど」

「ふんふん」


名前を教えるつもりは無かったらしい。ちょっと慌てていたが俺は気にせずに先を促すと姫子と言う少女のことを話してくれた。

誰かに話したくて我慢していたな、紙谷の奴。


「純真無垢っていうの? 箱入り娘って言う奴?」

「あー、なるほど。屋敷でずっと育った世間知らずな感じ?」

「そうそう」


紙谷は嬉しそうにうなずく。

それからアレックス先生が来る短い間だったが、紙谷の惚気話は続いた。



昼休みになり、俺は紙谷と食堂で昼食を食べることになった。

午前最後の授業が体育だったこともあり。

男女別で男子はバスケ、女子はバレーだったのだが。そのまま、流れで食べることになった。


で、そこで少し盛り上がったのが。


「うまくダシ巻き卵を作ったな」

「ああ、久し振りに上手くいってさ。そういう姫宮のミニ春巻きもうまいぞ」


男同士で弁当のおかず交換をしたのだが。

紙谷も俺も親が仕事が多いので、自炊することが多い。


俺は異世界で料理をしていたこともあるから、スキルを使わなくてもプロ並みだと思っている。

そして、紙谷も意外と凝り性だったらしく。


交換したダシ巻き卵はかなり美味しい。


正直、男同士でこういうことをしているのは微妙な気分になるが。

お互いに料理が好きなので、料理談義で花を咲かせた。


ああ、懐かしい気持ちだ。

勇者仲間達も料理が出来なかった。面倒だと言う奴も途中から料理をするようになったんだよな。

食う専門も居なかったわけではないが。


何と言うか、勇者の人数が多いから、ハーレムとか普通の仲間。関係者が増えていくと自然と並み以上に料理が出来るようになったんだよな。

味覚が無かったアンドロイド勇者や実体が無かった精霊勇者もチートスキルで味覚を感じるセンサー作ったり、味覚を感じるスキルを手に入れたり。


「うん、旨かった。また交換しよう」

「ああ、ここ最近は居候が居るから凝ったものを作るようになったからな」


それから、紙谷と最近のドラマの話などをして、穏やかな時間を過ごした。



紙谷昌に姫子と名付けられた少女は、昌の家の昌の部屋でノートパソコンでインターネットで世界のことを調べていた。


監禁されて育った彼女にとって、外の世界の情報はとても新鮮だった。

そして、外の世界には自分達のような魔法を使える人間のことが秘匿されていることにショックを受けた。

外は怖くて危険が一杯だと教わってきた。

確かに危険なこともあるが。少女の力だと仮に通り魔に襲われても返り討ちに出来る。

何故、外へ出してもらえなかったのか。

何故、自分は粗雑に扱われていたのか。


何故? と、昌が学校へ行っている時、部屋で一人だと姫子はずっと悩んでいた。


「あ、お昼。どうしようかな」


姫子は追われている身ではあるが、ずっと家の中では辛い。

外に出たいと思ったが、直ぐにその考えを捨てる。


「昌、早く帰ってこないかな」


昌は外に出る時、一応の変装をしている。

二人で居れば仮に警察官に職務質問をされても二人なら恋人同士だと言えば誤魔化しやすい。


一人だと色々とボロが出てしまう。大分世間のことを知ったが不安がある。


「ん?」


ふと視線を感じて、部屋のベランダに出られる窓の方を見ると。


――ベターっと、くノ一のっぽい恰好をした小柄で可愛らしい女の子が窓に張り付いていた。


顔もべったりと窓に押し付けているので、可愛い顔が台無しである。


「きゃああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

『しーっ! でござる! しーっ!』


くぐもった声で姫子に静かにするように言うくノ一少女。

そして、そのくノ一の声に姫子はアッと、五年前のことを思い出す。


「そ、その声、とござる言葉は、もしかして……かりん?」

『そうでござる! 忍者、花梨でござる!』


花梨は監禁されていた姫子が数週間だけだが、他家から交流の為に来ていた友人だった。


花梨が家の敷地内迷ってしまい、偶然二人は出会えた。


姫子は一瞬だけ迷ったが、窓のカギを開けて花梨を部屋に入れる。

抵抗してた場合、自分の居場所が分かってしまう。花梨を排除しても同じだろ。


事前の昌との話し合いでは戦って逃げる。と決めていたが。いざ、そうなると頭によぎるのは昌のことだ。


目の前の少女は優秀な忍びだと聞いてはいる。


戦えば勝てるかもしれないが。昌を巻き込みたくない。という思いの方が大きくなった。


「失礼するでござる!」

「ござる、やっぱり懐かしいね。それで、どうしてここに?」


笑顔で部屋に入って来る花梨、姫子は察しているがそう問いかけた。


「はい、お嬢様を迎えに来たでござるよ!」

「そ、そう」

「それに裏切り者も始末されたので、大丈夫でござるよ」

「裏切り者?」

「そうでござる! 言いがかりをつけてきた退魔師局の連中のどさくさに紛れて、お嬢様を捨て石にしようとしたバカ共でござるよ」

「どういうこと?」


自分は捨て石にされる。そう聞かされて、死にたくなかったから途中で逃げた。


「はい、御当主はお嬢様を隠れ家へ連れて行こうとしたのでござるよ。けれど、裏切り者が迎えの中に紛れていて、挙句にお嬢様のお力を使って逃げようとしたとか」

「お父様は、私を捨て石にするつもりは無かった?」

「はい、少なくても。某の眼にはお嬢様のことを血眼になって探しているように思えましたでござるよ」


幼い頃、少しだけ交流があった唯一の少女の言葉。嘘をつくことが苦手な少女。


「それとこの家の少年についてでござるが」

「かりん」

「大丈夫でござるよ。記憶の処理をしている時間はないでござる。だから、何も言わずに去る方がいいでござるよ」

「そ、それは」

「まあ、某はそう言うの苦手でござるし」


そんな理由で良いの? と姫子は思った。

けれど、姫子は戻らないと言えば、どうなるかを考えた。


花梨は他家の恐らく雇われた子だ。


けれど、次に迎えに来る人達は。


そこまで考えて、姫子は甘くみていたと後悔した。


彼女は自分がまったく気が付かないうちにベランダにまで近づかれていた。


これを家の者達が出来ないと言えるか?


「昌には手を出さない?」

「出す暇がないと思うでござるよ? それにお家の状態も考えると。仮にこの難局を切り抜けたとしても。一般人に一々手を出すのは面倒でござるよ」


姫子は悩んだが。今の自分に抗うすべはない。


「少しだけ準備をさせ」

「置手紙は駄目でござるよ。ここにお嬢さまが住んでいたことが露見した場合。それで退魔省庁に辿られるモノは置いていけないでござる」

「分かっているわ。それでも少しだけ」

「……分かったでござる」


一度、花梨に部屋の外出てもらい。

花梨は何かの役に立つかもしれないと、最後に自分の力を込めた木の実を、昌と二人で話し合った、貴重品の隠し場所へと置いてきた。



「行きましょう」

「はい、案内するでござるよ!」

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