第52話
それで、何故急にあんなことを? それと別にいいけど、血を吸うのも」
赤いカーペットが敷かれた自室の床に俺とアンネとアメリアさんは向かい合って座り、事情を聴くことにした。
ちなみに全員正座ではない。俺は平気だが、アンネとアメリアさんの二人は正座は難しいだろう。
二人とも出来なくはないが、足を崩してもらった方が気が散らなくて良いだろう。
あちらの世界ではこの世界程、吸血鬼が人の血を吸うことへのルールは無かった。
暗黙の了解はあったが。しっかりとした法律は無かった。
此方の世界ではそれなりに人から血を吸う法律が存在する。
今回のアンネの行動は割と問題がある。
まあ、大事にするつもりは無いが。
「じ、実は実家から連絡があってさ」
「実家?」
「武との仲はどれだけ進んだのかと、一族の女性陣、特にお母様から聞かれてしまって」
「回数は少ないが、俺の家に泊まることもあるし、デートもそれなりに。アメリアさんなにか?」
ああ、年上の女性達のそういう追及はかなり厄介だろうな。
あちらの世界でも結構、大変だったからな。
しかし、俺達の年齢で考えるなら、関係はかなり進んでいると思うぞ?
俺がそこまで言うと控えめにアメリアさんが視線で俺に何かを言いたいそうにしていたので話を振る。
「王妃様達はそこまで、仲が進展しているのに一度も吸血したことが無いことに驚いておりました。最初は武様が血を吸われることを忌避感があるのでは? と考えていたようですが。アンネローゼ様が恥ずかしがって吸血を提案すらしていないことが露見しまして」
「じ、実家からの煽りと圧力に負けたのよ」
あー、なるほど。あっちの世界でも仲間の勇者に送られた女の子が実家の圧力で暴走していたな。
「別に血が欲しいなら、言えば良かったじゃないか」
「武様、初めての吸血は吸血鬼にとっては、ファーストキスや初体験に近いモノなのです」
「アメリアさん、ファーストキスと初体験はかなり違いがあるので、ファーストキスだけの例えで良いかと」
俺は苦笑い気味でアメリアさんに答えておく。
ファーストキスと初体験はかなり差があるぞ? いや、長生きをする吸血鬼だからな。長い間生きていると身体の関係への抵抗感は少ないのかもしれないな。
「それで、強引に俺の血を吸った感想はどうだ?」
「うっ、えっとそれは……」
俺はアンネに少し、意地の悪い質問をした。するとアンネは顔を真っ赤にして狼狽える。
アンネは俺の血を吸って直ぐに凍り付いたかのように塊、そのまま恍惚とした表情で俺にガッチリとしがみ付いて血を啜り始めた。
途中で止めさせないと危ないくらいがっついてきたので、俺はアンネを引っぺがして、アメリアさんがしばらく介抱をしていた。
アメリアさん曰く「こういう状態はかなり珍しい」とのこと。
吸血行為で我を忘れるほどの美味な血は滅多になく。
夢中になって吸血行為、力関係が吸血鬼が上で人間が下だった時代の名残で、格下の人間の血を飲んで我を忘れることは、恥ずかしいことだと考えられている。
人の血を吸いながら、惚けておる間に人間によって、対吸血鬼用の武器で暗殺された事例もあるから、安全の為にも理性を失うな。と言う意味合いもあるのだろうが。
「とても、美味しかった。ビックリするくらい。香りも良かったからね」
「それは良かった」
「美味しすぎて、武が本当に人間なのか、凄く怪しくなっているわ」
「酷くね?」
「アンネローゼ様、血の味が武様に勝るとも劣らない方は相応の人数が居る筈ですので」
俺の言葉にアメリアさんがさりげなくフォローをしてくれた。
まあ、アンネ達基準で俺はぶっ飛んだ力があるから、人間じゃないと思われても仕方がないか。
後、アメリアさんから聞いたが。
吸血鬼へ血を売る専門の機関があるらしく、美味しい血を提供できる人の血はかなりの高額で売買されそうだ。
値段を見たら、劣化しない専門の入れ物に入った血液の小瓶に車が買える値段が付けられているようだな。
「でも、これで俺とアンネの仲は一歩前進って認識で良いのか?」
「うっ、そういうことを真顔で言えるのズルくない? 私だけドキドキしているというか」
「ごめん、アンネと出会う前に一生分、色々あって驚いているからさ」
俺の言葉にアンネとアメリアさんが瞬時に何事が考える雰囲気となる。
「同い年の奴等に比べて、こういうことに冷静になるタイプだから、その辺はご了承ください。アンネ」
「もう、しょうがないな。それで武。その、えっと。武は私に血を提供するパートナーになってくれる?」
気恥ずかしそうにしながら、俺にそう聞いてきたアンネに俺は直ぐに「もちろんだ」と答えた。
拒否する理由がないな。
アンネは俺の答えを聞いて小さくガッツポーズをして、アメリアさんはカバンから俺が拒否しないと分かっていたのだろう。
用意していたパートナー契約書を取り出し、俺に差し出してくる。
俺は準備がいいな。と呟きながら、契約書の内容を読んでから。俺はアンネとの間に血を提供するパートナー契約を結んだ。
それと後で知ったが、血を提供するパートナー契約書を交わした相手が異性だと、大抵深い仲になるので。
吸血鬼にとって、この書類は婚約の証の一つにも数えられる。
後日、この事を知った縁眼さんとアンネが俺の家のリビングで十分ほど、魔力の混じった威圧をぶつけ合いながら穏やかに対話をしていた。
これは縁眼さんと麻山に何か用意した方がよさそうだな。
☆
紙谷昌は穏やかな日々を過ごしていた。
不安ではあるが、落ち着いている。
そして、今日も夕食後のお茶を姫子とリビングのソファに並んで座りながら、のんびり楽しんでいた。
「この紅茶、良い香りだな」
「最近、不安で眠れていないって聞いて、ネットで調べた紅茶なの」
「そうだな。確かに不安だったけど」
昌がマグカップに入れられた紅茶の香りを楽しんでみる。
スッとした爽やかな香りが鼻の奥へ自然に入り込んでくる。
「姫子の木の実のお陰で、身体能力が上がったからかな。結構、安心感があるな」
「うん、でも、あまり食べると昌の身体に悪いから」
「分かっている。俺もちょっと驚いているから」
それは先日、夜に近くの広場で軽くランニングをしていた時、最後の一週で昌が全力で地面を踏み込んだ時に起こった。
昌が全力で走ろうと足を踏み込んだ瞬間、地面が爆発するように抉れたのだ。
幸いなことに周りに目撃者はおらず、昌の足には怪我も痛みもなかった。
「ごめんなさい。昌の身体が一時的とはいえ、あそこまで強化されるなんて」
「でも、いざと言う時の切り札になることが分かったからさ」
昌が食べた姫子が作り出した木の実は、昌の身体能力を急激に引き上げることに成功した。
だが、それと同時に普通の人間である昌には反動が大きいモノだった。
木の実の効果が無くなった後、昌は強い筋肉痛に襲われ、数時間の間悶え苦しむことになった。
「本当は少しだけ魔力が増える筈だったんだけれど」
「魔法が使えるようになるより、分かりやすいからいいさ」
昌は姫子を守る為に力を欲した。
姫子が木の実を食べると魔法が使えるようになるかもしれないとも後で聞いた。
何かしら、力を得られるのであればそれで良いと。
姫子は昌に合わせて木の実を作り、魔力が含まれた木の実を昌に食べさせたが予想外の結果になり、少し落ち込んだが今は落ち着いている。
「うん、本当にいざと言う時切り札として使えばいい」
「そうだね。でも、何事も起こらないといいな」
「あ、ああ、そうだな」
昌は緊張しながらも、右腕を姫子の肩に伸ばして自分の方へと抱き寄せる。
姫子は少し驚きながらも昌の傍に身体を寄せる。
お互いに顔を赤くしながら、穏やかな時間が過ぎていった。
翌日、昌が学校から自宅に帰宅すると、自宅の昌の部屋居る筈の姫子は姿を消した。
昌が姫子に渡したスマホに連絡をしても連絡は入らず、昌は大慌てで自宅を飛び出した。
探す当てはない。昌は無我夢中で夜遅くまで街中を走り続けることになった。
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