第48話
夏休みが終わり、また新しい学生生活が始まる。
学校の体育館で行われた始業式は、まだ早朝ということもあり、気温はそこまでは暑くなかった。
俺達が教室に戻り、朝のホームルームが始まった頃になると、日が登ったことで教室の気温も上りまだまだ暑い日が続くなとちょっと憂鬱な気分になった。
教室のクーラーを点けろよ。とは思うが、今日は夏休みの課題の提出と連絡事項だけなので、教室のクーラーoffだ。
日本の夏の平均気温が上がったのと、ネットの普及で今まで見えなかった熱中症などの被害が世間に広がったためか。
今では全国の学校でクーラーが設置されているのは当たり前になっている。
学校でクーラーを使うことに小宮夫妻が少し驚いていたからな。
昔は暑くても我慢しろ。って言うのはそこそこお金持ちのお二人でも当たり前だったらしい。
それと気になったのは、シャナのことだ。
シャナは丈夫な女の子ではあるが一般人。
シャナが編入することになった学校のことをもう一度、しっかりと調べておこう。
そこまで考えていると、俺の中で今一番の問題の人物が、俺のクラスの教室に入って来た。
クラスメイト達も全員が教室に入って来たサマースーツの上からでも、鍛えられていることが分かる肉体を持つ白髪の外国人のオジ様に注目する。
始業式で既に連絡があったが、俺のクラスの担任の父親が倒れたらしく、俺のクラスの担任は急遽教師を辞めることになった。
良い先生だったので、俺のクラスだけではなく、他にも残念がっている生徒がいたのが印象的だった。
辞めることになった担任の代わりに新しく俺のクラスの担任の教師となった男性教師、それは。
「アレックス・アカルディだ。急遽、この学校で君達に勉強を教えることになった。よろしく頼む」
そう名乗った白髪の似合う渋いオジサマは、スカルドラゴンが空港で暴れた時に、俺がぶっ飛ばしたイタリアの元近衛騎士でアメリアさんのお爺さんのアックスだった。
アックスは全体を見渡して俺を見つけるが、何食わぬ顔で連絡事項を伝え始めた。
俺はこの事を何も聞いていなかったので、思わず縁眼さんにテレパシーを送ってしまった。
【これ、アンネから聞いていた?】
【いえ、何も聞いていないですね】
【騎士アックス。いや、騎士は辞めたと聞いているから。ただのアックスか。それでも、イタリアでも屈指の実力者をここに送って来る意味ってなんだ?】
【申し訳ありません。武様。分かりません】
【直接聞くしかないか】
俺はホームルームが終わり次第、アンネのメッセージを飛ばし、担任の教師となったアックスの元へ向かった。
☆
放課後、直ぐにでもアックスと話がしたかったのが、教師なので色々と事務手続きがあるらしい。
学校で待っていようか、考えているとアンネから連絡が来たので、俺は家に帰ることにした。それと縁眼さんも一緒に俺の家へ行くことになった。
麻山には軽く事情を説明。後日詳しい話をすると約束した。今頃はクラスの女の子達とカラオケにでも行っているのかな?
「それで、どういうことなのか説明してくれるんだろうな。アンネ。前に聞いた話だと彼は死刑を回避して、隠居するみたいなことを聞いたんだが?」
「そんなに怖い顔をしないでよ。確かに教師になることは、驚かせようとして何も言わなかったけど」
「いや、まあ、俺は驚くだけだったが。縁眼さんはかなり警戒していたぞ?」
「はい、正直、何事かと思いました」
午後、色々あって、昼食を食べ終えた後、俺の家のリビングにアンネ、アメリアさん、アックス。俺と縁眼さんの五人が集まった。
俺の座る三人掛けのソファに正面にアンネ。その後ろにアメリアさんとアックスが立っている。縁眼さんは俺の左隣に座っている。
「イタリアでも屈指の実力者が日本で教師となる。普通何か裏があると思われてもしょうがないんじゃないか?」
「うーん、まず。武にはちゃんと話しておこうかしら」
「何がだ?」
「アレックス、正確には騎士アックスは処刑されたことになっているのよ。表向き」
え、マジで? あー、一応。調べるべきだったか? いや、まあ、アンネに騙す意図は無かったようだし。別にいいか。
たぶん、俺に伝えた後にごたついたな。
「で、今までは死んだとことにして色々とお仕事をしていたんだけど、今回新しい仕事がアレックスに入ったの。私は最初は断ったんだけどね」
「断った? 何をだ?」
「私の護衛と武の観察」
「観察?」
ああ、監視か。でも、それは今でもいるよな? 露骨な監視は居ないが。アンネの配下のメイドがしっかりと隠れて俺の監視をしている。
何度か天気の悪い時に夜にお茶と夜食を持って行ったことがあるから知っているぞ。
場合によっては家に入れて、泊めたりもしたな。最初は「む、無理です!」と言っていたけど。
今では割とすんなり家に泊まるようになっているし、物置に使っていた小さめの部屋。監視のメイドやたまに男性の監視の人専用の休憩スペースになっているからな。
「うん、監視って言いたいけど。武は誰が監視しようが直ぐに見つけてしまうでしょう? だから、私の護衛を増やしつつ。武の人となりを知る為にアックスが選ばれたの」
「なんで? 護衛なら十分じゃないか? それに場合によっては俺もアンネを守る為に動くぞ?」
「それはありがたいけれど。王家の面子もあるから、武に頼り切りなのは問題なのよ」
自国の王女の護衛が全滅した時の最後の切り札というか保険が他国の忍者。確かに王家としても駄目だな。
しかも、相手は見返りを求めず善意で助けるんだ。何も対策しないのは面子が潰れるか。
「そこで、罪を犯して本来なら処刑されるはずだったアックスと言うわけ。今はアレックスと名乗っているのよね?」
「はい。前の家は潰すことになりましたので」
「潰す?」
「はい、私の行った罪により、爵位や財産名前も没収されました。今の私の名前はアレックス・アカルディとなりました」
「それと今回のことで、アメリアの苗字もアカルディになったわ。そうしないと連座されていたし」
なるほどね。歴史ある家を潰す。その家の財産を没収。歴史ある名前も奪う。他にも色々とペナルティを付けた上でアックス。今はアレックスの死刑を回避させたんだな。
公的には死刑にされているのだろう。
過去にいくら功績があろうとも、そういうことをしないと示しがつかないだろうからな。
それと処刑した方が王家とアックスさん側にとってメリットもあったのだろうな。
「アックス、いや。アレックスさんは」
「呼び捨てで大丈夫ですよ」
「あー、咄嗟の時に呼び捨てだとマズいのでアレックス先生で」
「はい、武殿が呼びやすいように」
ちょっとやりずらい。前は爵位があったから普通に話していたが。今は爵位もない一般人だから、こういう場でも丁寧に対応されるな。
「確認ですが、アレックス先生が日本に来た目的はアンネの護衛の強化と俺の監視、いや観察だけですか?」
「それだけではありません。武殿のお手伝いをする為ですな」
「手伝い?」
アレックス先生の言葉に反応したのは縁眼さんだった。
ちょっと圧力を感じる。日本国内のことに口を出すなら、魔法関係の名家として対応をしない駄目だからな。
「はい、日本国内で今現在行われているしゅく、いえ戦い。武殿が中心にいると考えております」
「まあ、間違っていないな」
計画は縁眼家と徳守大臣だった。物資の提供は俺。
主な実行者は退魔省庁とその下位組織の退魔師局。それと縁眼家と関係のある退魔師達。
「我々としても、恩のある武殿のお手伝いを出来ればと」
「うーん、国内のことだからな」
「はい、少々、問題がありますね」
「そうですか」
戦力が足りないなら、見返りを用意して手伝ってもらう。みたいなことをしたかもしれないが。
「可能であれば武殿の戦闘ドローンの戦いを近くで確認したかったのですが」
「ああ、ドローンのことを知りたかったのか」
「はい、アンネローゼ様に渡された新しい戦闘ドローンですが、王家でも強い関心を持っております」
「俺の作った戦闘ドローンが、この戦いでどれくらい、役に立つのか見ておきたいと?」
アレックス先生は答えずに頷くだけにしている。言葉にはしないか。
言質は取らせないってことかな。まあ、それくらいは別にいいけどな。
言葉に出すのと頷くでは、大分違うから。
この辺は昔から政治というか面子というか。面倒だな。
「アンネ、アレはまだアンネの実家には売れないぞ? あれ、まだ未完成品だ」
「分かっているわ」
俺の言葉にそう答えるアンネ。少し不思議そうな表情をするアレックス先生。
「そうなのですか? こちらに送られてきた資料では、いつでも正式採用出来る性能だと思いましたが」
「ちゃんと修理できるのが俺だけだからな。売るわけにはいかないだろう」
「なるほど」
生産や修理など、色々と問題があるのは教えていたと思ったが。
ああ、アレックス先生が、上から詳しくは教えてもらっていないんだな。
俺なら、イタリアでドローンが壊れても直ぐに直しに行けるが。それでは、手間が掛かる。それに、実践でまだまだ問題点も洗いだししないとな。
「アレックス先生、手伝いは間に合っている。それとこれからは、俺の通っている学校の教師としても働くってことでいいのか?」
「アレックスが戦うのは緊急時だけだから、安心して。普段は教師として英語を教えるわ」
「分かった。それなら、こちらもそういう風に対応するさ」
それから、縁眼さんがいくつかアレックス先生に質問をして、この話は終わった。
ちょっと早いが午後のお茶の時間となった。
一般的な学生らしい時間とは言えないが、中々楽しい時間だ。
「実は五年ほど日本で暮らしていたことがありましてな」
「そうなんですか?」
アレックス先生の言葉に俺はちょっと驚く。
騎士として働いていたなのなら、欧州から動けないと思ったが、話を聞くと意外と世界各地で旅行や仕事で飛び回っていたようだ。
「はい、近代になるまで、日本は極東の小さな田舎の島国だと思っておりましたが。三十年ほど前にこの国に来て考えが変わりましたよ」
「なるほどね」
「スシ、天ぷら、富士山。最初は意味不明でしたが、良い国ですな」
道理で休みの日に京都に観光しに行くと思った。
アックス先生は結構日本の文化や日本食が好きらしい。
アンネが日本食を食べるようになったきっかけもアレックス先生みたいだ。
アンネにとってアレックス先生は三人目のお爺ちゃんみたいだそうだ。
それと大分後で聞いた話だが、もしも王家が俺と戦う時場合、貴重な時間稼ぎが出来る人材として、アレックス先生は死刑に出来なかったらしい。だからアンネも最初は俺にアレックス先生は処刑されないと教えたようだな。
ちなみに、俺との戦いにアレックス先生が勝てなくても、時間稼ぎをしながら、戦略規模の魔法を時間稼ぎの連中もろとも叩き込む作戦が建てられていたらしい。
うん、確かにアレックス先生のような強さを持つ人達が複数で襲ってきたら、一発くらい高い威力の魔法を叩き込まれてもおかしくは無いな。
「何はともあれ、これからよろしくお願いしますね。アレックス先生」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
俺はアレックス先生と挨拶をしながら、自分の通う学校の警備をこっそり強化することを誓った。
痕跡を消して、アレックス先生を俺の通う学校に教師として赴任させたが。
これ、イタリア、もしくは欧州から絶対何か来るだろう。
あまり派手にならずに、色々と対策だけはしておこっと。
☆
少し時間は巻き戻る。
米沢加代はここ数カ月で激変した自分の立場を考え、内心溜息をつきながら局長室へ向かう。
他の政府の組織の建物に比べるとかなり質素。老朽化している施設の廊下を歩いていく。
そして、年季のはいった重厚な木製の扉ノックをし、中から応答を待ってから、扉を開いて中へ入った。
部屋は来客が会った時の為に最低限、恥ずかしくない程度に整えられている。
「良く来てくれた」
「はい、どのようなご用件でしょうか? 佐藤局長」
対魔師局の局長の佐藤大輔は、五十代の貫禄のある対魔師だ。
ここ十年ほど、現場に出ることは少なくなったが、現役の対魔師である。
「ふむ、実は先日縁眼家からこのような提案をされてね」
「これは?」
魔法で特殊な加工をされた書類を差し出され、それを受け取る米沢加代は書類に目を通していくうちに表情が険しくなっていく。
「正気ですか?」
「向こうから既にサンプルが送られて来ている」
「これから夏に入る前に、これらの準備を急ピッチで行うとなるとかなり大変ですよ」
「だが、見返りは大きい。既に私も確認している」
米沢は局長の佐藤大輔の決定が変わらないことを悟り、胃が痛む。
「特務対魔師部隊【陽炎】ですか」
「そうだ。君達の班は元々戦闘力が高く。優秀な元自衛官や元警察官も在籍している。中には特殊部隊員だった者もな」
局長の佐藤大輔は瞳には強い光を宿しながら、こう告げる。
「反撃の時だ。今まで我々は消極的にしか動けなかったが、忍者殿から提供された使える玩具のお陰で、対魔省庁の徳守大臣の方でも特務部隊を設立する」
「急いてはことを仕損じるといいますが?」
「ああ、分かっている。だが、積極的に動くべきだ。幸い、忍者の情報の裏付けも取っている」
「本当にやるのですね?」
「ああ、戦闘ドローンの先行量産型は世間が夏休みの半ばにコチラに到着する。君は特務対魔師部隊の【陽炎】の部隊長だ」
人員なども既に此方で準備していると言われ、逃げられないと米沢は頭を抱えたくなった。
「分かりました。私も今の日本の魔法業界のあり方については思うところがありますので」
米沢加代は何故、こんな危険で重要な役割に選ばれるのかと。と思いながら、局長室から立ち去った。
昔はお家再興を目指していたが、もうそんなことはどうでも良くなっている。そんな時に、このチャンスが巡って来るとは。
年齢的にそろそろ、彼氏を作って結婚して、のんびりしたいなぁ。と思っていたのに。
と米沢はストレス解消の為に、一時間ほど適当に理由をつけて外へ出かけ。カラオケで歌を熱唱してから、仕事に戻った。
叫ばないとやってられないことが、これから始まる。
「今年は夏休みは大分後になるかなぁ」
お盆などで、この時期は日本国内で霊的、魔法的に色々と起こる時期だ。
その上、新しく新設される特務対魔法師部隊の部隊長。
デスマーチ確定したので、米沢は自分の負担を軽くするために何人か巻き込んでやると心に決めた。
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